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我に、まかせよ  作者: 熊谷 柿
第4章
14/18

 盗みに入った他の三名を聞き取った陳表ちんひょうは、直ちに孫権そんけんへ報告した。

「やるじゃねえか、陳表! 益々親父に似てきたな!」

 喜びを見せた孫権に、陳表は破顔を返した。何よりも父親に似てきたと言われたことに嬉しさを覚えていた。

「褒美を取らせる。何を所望する、陳表、諸葛恪しょかつかく?」

施明しめいどのに恩赦を」

 玉座で意気揚々とした孫権に、陳表はかしこまって拱手きょうしゅした。

「チッ。つまらねえなあ。そんなんでいいのかよ。諸葛恪は?」

 舌打ちした孫権は、ぞんざいな態度になると諸葛恪にただした。

 後に孫権は、陳表から聞き取った親衛このえ軍の兵士三名を取り押さえると、その首をねた。

 孫権と陳表に恩義を感じた施明は、改心すると忠義を尽して懸命に働いた。後年、施明は将軍の地位にまで昇格した。

 拱手きょうしゅした諸葛恪は、冴えた眼差まなざしで孫権を見遣みやった。

丹陽たんようの太守に」

「――――⁉」

 孫権と陳表は、諸葛恪の望みにそろって目をくと言葉を失った。

 首都の健業けんぎょうに程近いが、丹陽の地勢は険しかった。山や谷が幾重にも入り組んでいる。その山野には古代からの異民族が潜んでいた。逃亡者や悪事を重ねた者まで身を隠している。山越さんえつ――。孫権の統治に対する不服従民であり、しばしば反乱を起こしていた。

 加えて、山では銅や鉄が産出する。それを用いて甲冑かっちゅうを自給することができた。武勇に優れ、戦を好み、気力は盛んだった。山を登って険阻の地を駈け巡り、やぶの中を突き進むことをいとわない。すきうかがい山から下り出て、近隣の城邑じょうゆうで略奪を働く。

 丹陽郡に置かれた首都の健業は、常に山越という匕首あいくちを突きつけられている状態だった。

「し、諸葛恪……、念のため聞くけど、丹陽は統治するに困難な土地柄だとわかっていて言っているんだよね……?」

 顔を引きつらせた陳表が、ずと尋ねた。

「当然だ」

 胸を張って答えた諸葛恪に、流石さすがの孫権も怪訝けげんの色を濃くして質した。

「正気か、諸葛恪? 弟を亡くしてからというもの、気を落とし過ぎて、おかしくなっちまったんじゃねえか?」 

 諸葛恪は鼻で笑うと、伏し目がちで返した。

「確かに、弟のきょうが世を去ってからというもの、長く気は滅入りました。しかし、思案していたのです。喬のいる天にも届く偉業を」

 諸葛恪は、孫権を見詰め返すと意気をみなぎらせた。

「この諸葛恪、丹陽に蟠踞ばんきょする山越を必ずや帰順させてみせましょう」

「――――⁉」

 孫権と陳表は、諸葛恪の言に再び仰天した。

 すぐさま気を取り直した孫権は、諸葛恪の眼差まなざしに真摯しんしの色を見て取ると、玉座から前のめりなって、諸葛恪をにらみ据えた。

「あの陸遜りくそんでさえ、反乱を平定するのに手を焼いた相手だぞ? どこから出てくるともわからない野蛮やばんな山越を、おめえに鎮撫ちんぶできんのか、諸葛恪?」

 諸葛恪は、昂然こうぜんと言い放った。

「私に、おまかせあれ――」

 刹那せつな、孫権に不気味な笑みが浮かぶと、猛虎のような覇気を帯びて下知した。

「おもしろそうじゃねえか! やってみせろ、諸葛恪!」

 すぐさま孫権は、諸葛恪を撫越ぶえつ将軍、領丹陽太守に任命した。

 諸葛恪が三十二歳、西暦二三四年のことだった。

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