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我に、まかせよ  作者: 熊谷 柿
第4章
12/18

 病を患っていたという。

 しょくへ向かう諸葛喬しょかつきょうを見送ったのは、わずか四年前のことだった。その実弟と相見えることは、もうなくなった。

 諸葛家で最も肩を落としたのは、諸葛恪しょかつかくだった。と蜀を兄弟それぞれで牽引けんいんし、近い将来、好敵手となるであろう相手は、弟の喬だと信じていた。

 西暦二二九年――。張昭ちょうしょう諸葛瑾しょかつきんら重臣たちの進言により、孫権そんけんは皇帝を僭称せんしょうすると、丹陽たんよう郡の健業けんぎょうへ遷都した。王から皇帝に栄進した孫権だったが、その立ち振る舞いは何ら変わるところがなかった。

 日々、肩の落としようが酷くなる諸葛恪を見かねた皇太子の孫登そんとうは、皇帝となった父の孫権に生まれて初めてせがんでみせた。

「諸葛恪の落ち込み様は、目も当てられぬほど。諸葛恪は、我が四友であり兄同然の存在。何とか助けてやりたいのです」

 眼光の力強さに、孫権は息を飲んだ。四友を付けて以来、覇気の片鱗が見えつつあった。

「おめえはどうすりゃあ、諸葛恪が活力を取り戻すと思う、孫登?」

 孫権は、不敵な笑みを浮かべると、孫登の培った力量を試すようにただした。

「諸葛恪は、難問であればあるほど活力を増す人です。要職に就け、それを生き甲斐とさせるのはいかがでしょう?」

 呵呵かかと大笑した孫権は、孫登の著しい成長に目を細めた。

「言うようになったじゃねえか、孫登。おめえの頼み、聞いてやるよ」

 孫権は快くがえんじると、すぐさま諸葛恪を節度官せつどかんに抜擢した。緻密な事務処理能力が要求される食糧や兵糧管理の要職である。併せて、末弟の諸葛融しょかつゆう騎都尉きとい(軍事を取り仕切る官職)の任に就かせた。

 しかし、その抜擢は、思いもよらぬところから反論を呼ぶことになった。

 豪壮なやしきの一室で、ひとりの壮漢そうかんが書状に冴えた眼差まなざしを落としていた。今や、上大将軍の地位にあった智勇兼備の陸遜りくそんだった。

「恥ずかしながら、我がおいの恪は大雑把な性格。軍事の要となる糧穀を扱わせるのは、国のためになりません。足下から陛下にこの旨をお伝えになり、転任させることを願って止みません」

 差出人は他でもない、蜀の丞相じょうしょう諸葛亮しょかつりょうだった。

 陸遜は、その書状を一読すると深い溜息をついた。陸遜にとって諸葛亮は、尊敬に値する好敵手だった。その諸葛亮が態態わざわざ書状を寄越していた。

 これまで諸葛恪の人となりを見てきた陸遜も、その指摘に異を唱えることができずにいた。人を人とも思わないような口振りも心配の種だった。

 意を決した陸遜は、小細工こざいくすることなく、諸葛亮からの書状を孫権に見せることにした。

「おいおい、隣国の人事に口を出すってのか⁉ 親族が足を引っ張るような真似すんのが許せねえってか!」

「事を成すのは人です。御存知のように諸葛亮は、諸葛恪と直接会った訳ではありません。恐るべきは、諸葛亮。諸葛瑾しょかつきんとの手紙の遣り取り、使者の費禕ひいから得た情報で、諸葛恪という人物を分析しております」

 孫権は、皮肉な笑みを陸遜へ向けた。

「随分と諸葛亮の肩を持つじゃねえか。先年の敵は、今日の友ってか?」

「甥にも叔父おじのような才覚があることは承知しています」

 真摯しんしな瞳の陸遜は、孫権に諭すように続けた。

「ですが、諸葛恪はまだ若い。糧穀りょうまつの取り扱いに不備があり、兵を養うことができなくなれば、同盟国とはいえ諸葛亮は呉に牙をくでしょう。身内の失敗に乗じ侵攻に及ぶことになるが良いかと、諸葛亮は暗に言っているのです」

「…………」

 陸遜の言を真剣に聞いた孫権は、嘆息を漏らした。

「わかったよ。おめえがそう言うなら、間違いねえだろ。諸葛恪は領兵(兵士の指揮)の役に転任させる」

 孫権の判断に、陸遜は安堵して拱手きょうしゅした。

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