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ACT9・追想、そして。

 2年前のある日。それは桜の花が舞う日だった。

 2年生に進級し、新しく始まる生活に胸を踊らせていた百合花は足取りも軽く学校に向かっていた。

 そんな希望に満ちた気持ちとは反対に、世間では奇妙な出来事が相次いでいた。

 老若男女、年齢も境遇も異なる共通点もない、あらゆる人間が意識を失う事件が度々起きる。

 医者でもその原因は特定できず、意識を失う原因が見当たらない。

 大気が汚染されている訳でもなく、何者かが薬品を蒔いた訳でもない。

 それと日を近くして、百合花の前に一匹の猫が姿を現す。

 半身を黒、半身を白の毛が覆う、珍しい毛並みの猫だった。

 人語を介するその猫は、百合花と接触。

 ニアと名乗るその猫は、連日人間界で起きている謎の昏倒事件の原因は、『アンチホープ』なる存在が裏で暗躍しているという。

 にわかには信じられない百合花の目の前で、黒い獣が姿を現す。

 人間の心の光、水晶花(フロスタル)と呼ばれるエネルギーを糧に顕現する怪物。

 異世界、『マギアス』に封印されていたアンチホープの長、デュミルアスは、自らに架せられた戒めを振り払うため、道化師と呼ばれる配下に人間から奪わせた水晶花(フロスタル)の輝きを使い、封印を解こうと画策する。

 マギアスの聖王都グランティールより使わされたニアは、アンチホープに対抗できる唯一の手段である花の聖飾(アルマドレス)の適合者を探すため、人間界に来たのだという。

 ニアに見初められた百合花は、なし崩し的に協力することとなり、『花の騎士(プリマエクス)』の力を得、戦いに身を置くことになる。

 そして、花の騎士(プリマエクス)達はデュミルアスの野望を打ち砕いた。それが、2年前の出来事である。


「事情を聞いた今でも俄には信じがたいな」

 百合花が体験した戦いの記憶を、光太朗は訝しげな表情で聞いていた。

 どれも、どこか幻想じみているし、現実感がない。

 だが、アンチホープなる敵組織の道化師とやらも現実に存在し、そいつが召喚したシェイドなる黒い化け物も。それが確実に現実の出来事だと示している。

 学校の屋上。昼休み。

 昼食がてらに光太朗と百合花は顔を突き合わせ、情報交換も含めて今後の方針を含めて話し合いの場を設けた。

 屋上には他に生徒たちが思い思いの場所で食事を取っている。まさかその近くで、一見すると頭がおかしいと疑われるような会話をしているとは夢にも思わないだろう。

 百合花の方から協力しようとの話を持ちかけて来たのだが、蛇ノ目にもこの事を報告。だが信頼に足る人物かどうか調べるため、今は傍観の行動をとっている。喋る猫などとてもじゃないが信じられないだろう。

 さらに、そのニアであるが今はこの場にいない。逃走した道化師の行方を追っている。

 光太朗がまず百合花から教わったのは水晶花(フロスタル)の性質だ。

 水晶花(フロスタル)は人間の心の輝き。精神力と言い換えてもいい、人間の根幹の部分。

 それが弱ると身体も力を失う。まさにバイオリズムの様だ。

 次に尋ねたのは、アンチホープについて。

 アンチホープとは、マギアスの住人とは対を成す存在で、世界を闇で覆うことこそが本懐の、人間とは異なる生命体。

 屋上に出た時に周囲が暗くなっていたのは、奴らが放つ術に寄るものらしい。

『闇晶空域』と呼ばれる、アンチホープに都合の良い特殊空間。その中で動けるのはアンチホープはもちろん、花の騎士(プリマエクス)とグランティールの神官くらいなものらしい。

 だから、その中でも動ける光太朗を見た時、百合花は身体の違和感を聞いたのだ。

 本来なら普通の人間であれば、あの空間では動くどころか、意識を保つことすらも出来ない世界なのだから。

 それがヴェノムスケイルのおかげなのか、そもそも改造人間だからなのかはまだわからない。

 もし、アンチホープの残党の目的がデュミルアスに関することならば、力、そして仲間が必要だ。

「白崎が俺の水晶花(フロスタル)がどうのとか気にしていたのは、俺の水晶花(フロスタル)もシェイドみたいに奪われることを懸念していたからか」

 自意識過剰でなければ、白崎百合花の正体が分かるまで、やたら視線を感じたのはそうでなければ説明がつかない。

 水晶花(フロスタル)の輝きは、デュミルアスの封印を解くエネルギーであり、シェイドを生み出す触媒でもあるから。

「それもあるけど、私が持って気にしているのは別のこと」

 少し逡巡して、言いにくそうに、口を開く。

「神野君の水晶花(フロスタル)は雄々しく輝いていたけど、それとは正反対に弱々しくやせ細ってた」

 水晶花(フロスタル)がその人間を形成する心の柱であるのなら、輝きは生命のエネルギーそのもの。なら、水晶花(フロスタル)を象る花の軸は?

「だから神野君は勇気を持つ雄々しい人であると同時に、なにかその内に悩みを秘めているんじゃないか、って」

 水晶花(フロスタル)はその人物の心を映す鏡でもある。

「勇壮でたくましい光が、繊細で華奢な芯を覆っている、珍しい形状をしていた」

 百合花の言葉に、光太朗は小さく吐き捨てる。

「は、俺が繊細だと?」

 そんな事、今まで一度も感じたことのない感情だ。

「だとしたら、高校生にして背負った借金のせいじゃないのか」

 それ以外に心労の原因などないだろう。

「とにかく、白崎の言う共闘も、俺は頷けない。俺の力なんか無くても、どうにかなりそうだったじゃないか」

 あの道化師の攻撃も、苦戦している様子もなかった。光太朗が手を貸すまでもないだろう。逆に、光太朗の借金を返すのに、百合花の手は借りようとは思わない。

 光太朗は空になったパンの袋をビニール袋に詰め、

「俺は俺で忙しい。世界を救う手伝いなら、よそを当たってくれ」

 アンチホープとかいう奴らが世界を闇で覆うより、光太朗は自分の事で一杯なのが現状だ。複雑な表情の百合花を残し、光太朗は屋上を後にする。

 教室に戻るべく階段を一段降りたところで、光太朗の右腕が振動する。

「・・・博士か?」

『おう、今学校か』

 またスクランブル要請か。

『お主が言っていた不思議なお嬢ちゃんの話、興味深かったぞ』

 あの戦いは、もちろん蛇ノ目には報告した。だが、リングにはその戦いは記録されなかった。

 変身時の反応が研究所に伝わらなかったことも含めて、蛇ノ目は百合花に興味を示した。

『今日、放課後そのお嬢ちゃんを連れて研究所に寄れ。ぜひ会ってみたい』

 ついさっき協力の申し入れを断って突っぱねたばかりだ。今更戻るのはカッコ悪いだろ・・・。

『・・・どうした?光太朗』

 返事がない事を奇妙に思った蛇ノ目が問いかける。

「あ、ああ。なんでもない」

『じゃあ、放課後、待っておるからな』

 そう言い残し、通信が切れた。

 光太朗は一度来た道を振り返る。そこには屋上へと続く扉ある。

 ため息を吐き、足取りも重く来た道を引き返す。

 百合花はまだ食事中で、ひとり弁当箱を広げたままだ。

 行ったはずの光太朗の姿に気づき、少し気まずそうな表情を浮かべる。

「・・・神野君。忘れ物?」

 無論、パンしか持っていっていない光太朗にそんなものはない。

 光太朗は言いにくそうに、視線を横に反らしたまま、蛇ノ目の言伝を告げる。

「白崎、共学校が終わったら時間あるか」

「・・・えっ?」

 思ってもいない言葉だったのか、百合花の動きが一瞬止まる。

「共闘の話は別としても、お前に合わせたい人がいる」

 それで、百合花は察したようだ。

「・・・わかった」

 その時の百合花の顔は、不思議と晴れやかに見えた。


 授業が全て終わり、放課後。

「白崎さん。よかったら今日遊びにいかない?」

 百合花の隣の席のクラスメイトに誘われるも、百合花は複雑な表情を浮かべる。その誘いはとても嬉しいが、今日はそれどころではないのだ。

 見ると、もうすでに光太朗は教室の扉に向かっているところだ。

「あ、ごめんね?今日は外せない用事があって。今度また誘ってくれると嬉しいな」

 そう言いながらそそくさとカバンを手に取ると、席を立つ。

 その白崎の慌てぶりを見て、顔をニヤけさせるのは別の女子生徒。

「あれ?そんなに慌てて、もしかしてデート、とか?」

 すると百合花は顔を真っ赤にさせ、

「え!?そ、そんないいものじゃあないよっ」

 手を振りながらも、否定。ならばその用事はなんなのだ、と追求を受ける前に百合花は小走りで教室を後にする。

「ま、待ってよ神野君!」

 そう言いながら、百合花は教室を後にした。

 背後で女子たちの黄色い悲鳴と、男子共の落胆の慟哭が響いたのを百合花は知る良しもなかった。


 光太朗を先導に、数歩後ろを行く百合花。地たこともない道を、クラスメイトの後に続き、追う。

 会話はない。

 向かう先に、知るべき何かが待っているのだろう。

 横を流れる背景に家屋の姿がなくなり、緩やかな丘に着く。

 百合花の視線の先には、ごく普通の一軒家。その隣には普通ではない瓦礫の山の頂が壁越しに除く。

 どうやら光太朗の目的地はそこであると、百合花は感じた。

 建物の輪郭が近づくに連れ、ぽつんと見える人影が手にしたほうきを使い、軒先を清掃していた。

 現れた男女のふたり組に、無機質な瞳が差し向けられる。

「おかえりなさいませ。光太朗様」

 抑揚のない声色に、光太朗は眉を潜め、困惑した表情。

「その呼び方、やめてくれないか。アフロディーテ」

 メイドロボの真っ当な仕事ぶりは感心するが、光太朗はアフロディーテに敬われる理由はない。

「博士、居るか?」

「はい、研究室でお待ちです」

 光太朗は、目で百合花を呼ぶ。

 百合花は小走りで光太朗の隣につけると、小声で「誰?」と聞く。

「ここの主のメイドロボ」

 その答えに、百合花は得心したように頷いた。

「道理で水晶花(フロスタル)が見えないと思った」

 やはり機械にはそういうものは備わってないのか。

 玄関からすぐ横に入れば地下に続く階段がある。

 多分、1階の清潔さと地下の乱雑さのギャップに驚いたのは百合花も同じだろう。

 地下の階段を降りる度に物が以上に増えていく光景に、百合花は周囲を見回す回数で驚きを示した。

 研究所への扉を開けると、老獪な笑みが出迎えた。

「おお、来たな」

 蛇ノ目の視線は、光太朗の背後の少女へ。

「君が例のお嬢ちゃんか」

 蛇ノ目の表情は新たな研究対象を目の前にしたかのような興味に溢れた顔をしていた。

「大方のあらましは光太朗から聞いたぞい」

 謎の奇妙な力を行使するクラスメイトの話を。

「あの・・・」

 困惑の表情を浮かべたのは百合花で。

「おお、まずは自己紹介をせねばな」

 蛇ノ目の自称科学者という肩書にも、百合花は驚きを崩すことはなかった。

「単刀直入に言うと、ワシは君の能力に興味がある」

 光太朗からの報告が本当ならば、世間を賑わす昏倒事件の原因が明らかになる。

 道化師なる存在が現れたときも、光太朗との通信が途絶えた。特殊な空間により、自慢の技術が阻害された。

 蛇ノ目は興味が止まらない。自らの研究技術の及ばない世界がまだこの世にあるのだと。

 マギアスなる異世界のことも含めて、少女の存在は新たな探求の扉を開けてくれた。それに引き合わせてくれた光太朗には感謝してもしきれない。

「奇妙な剣に、奇妙な衣服か。宙を自在に舞う能力は、その衣服によるものか。もしくは変身したことに寄る付随したものなのか」

「博士、白崎が困ってるぞ」

「すまんすまん。久方ぶりに未知の叡智に出会うと、興奮が抑えきれないタチでな」

 蛇ノ目は襟を正し、軽く咳払い。

「ものは相談じゃが、光太朗が見たという変身を見せてもらえるとは可能か?」

 百合花は困ったように頬を搔く。

「えーと、変身に必要な道具は、あの、なんて説明したらいいですかね」

 百合花の視線が困ったように宙を描く。

「調整のためアギアスに持って帰っているんです」

 花の聖飾(アルマドレス)の丈は百合花におよそ短かったからだろうな。調整という名の仕立て直し、と言ったところか。

「目にしたところで、貴方に我々の叡智が理解できるとも思わんがな」

 この場にいる誰でもない声が聞こえたのは、パソコンモニターからだ。にょ、とモニターの裏手から半黒半白の猫が出現する。

花の聖飾(アルマドレス)を手にしたところで、人間の学者に真理には到底辿り着けん」

 ニア、と呼ぶ百合花の肩に、パソコンデスクから軽やかに飛び乗った。

花の聖飾(アルマドレス)の調整が終わった。もうあんな不様な姿をさらすこともないだろう」

 烈火の如く顔を染め、百合花がニア!と叫び詰め寄る。百合花にとってあの姿は思い出したくもない恥部だろう。

「おお。君が噂の喋る猫か」

「・・・言うほど驚いてはいないようだな」

「目の前の現象にいちいち驚いていたら、科学者は務まらんわい」

 横で百合花が光太朗にぼそりと、

「・・・純真な人だね」

 それは幼いとも取れる。現に、蛇ノ目の水晶花(フロスタル)は子どものように無邪気な花で揺れている、らしい。

「百合花を、彼女を呼んだのはなぜだ?」

「ワシは一連の昏倒事件は専門外だが、興味は示していた。研究の糧になるかもと思っての」

 逆に言えば、今まではその現場に光太朗を向かわせることはなかった。

「ワシはお嬢ちゃんの能力を含むそちらの技術に興味がある。そちらのお嬢ちゃんも、そちらの目的のために光太朗を引き入れようとしたようではないか」

 利害は一致する、と蛇ノ目は笑う。

 アンチホープの戦いに、ヴァイパーを加勢させようというのか。

「そちらもできることならこっちの金策に手を貸して欲しい」

 値踏みをするように、ニアの顔が蛇ノ目の足元から白髪までを走る。

「謀ろうとしても無駄だぞ?貴公が信頼に足る人物かどうかは我にはわからん」

 猫の目から見ても、蛇ノ目の姿は怪しいことこの上ないだろう。

「ワシのことはともかく、そちらのお嬢ちゃんはすでに光太朗を信頼しているのではないか?」

 蛇ノ目の指摘に、百合花は顔を爆発させるように赤く染め、

「え?な、何を?」

 光太朗の目が百合花に向き、赤みを更に増大させる。

「でなければ、大人しくノコノコ着いてくる軽率な行動などしないだろうし、お嬢ちゃんは光太朗の人間性を知っているのだろう?」

 水晶花(フロスタル)は人の善悪を判別する能力ではない。分かるのは、人の心の振れ幅だけだ。

 だけど、その揺り動く花の動きは、人間らしい輝きと意志、そして勇気を兼ね備えていることを百合花は知っている。

 自分たちと同じ、誰かを守るために身体を厭わない、勇者の心を。

 ニアの見透かすような目が滑り、百合花を捉える。

「・・・君が望むなら、我はそれでも良い。ただ忘れるな、我らの目的はあくまでもアンチホープだと言うことを」

 蛇ノ目は破顔し、両の手を叩く。

「では、契約完了ということで良いかの。いやはや、研究が捗りそうだ」

 ただひとり難しい顔をしているのは光太朗だ。

「・・・迷惑、だったかな」

 共闘を言い出したのは百合花だからだ。

「俺もニアと同じだ。博士が言うのなら、それでもいい」

 だから、自分が口を挟むべきことではないのだ。

 隣では、百合花の憂うような瞳が光太朗を見つめていた。

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