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ACT8・共闘

 白崎百合花はホワイトリリィなる奇妙なコスチュームを纏い、決めに走ったポーズを取っていたが、その姿を光太朗が直視することはなかった。

 明らかに姿が変貌したのにも関わらず、こちらに関心を示そうとしない光太朗に、百合花は眉をひそめる。

 その理由を代わりに答えたのは、黒毛白毛の猫だった。

「百合花。今一度己の姿をよく見てみるがいい」

 言われ、百合花は自分の姿を見てみる。

 服の上から下へと。その際、視線が上から下に動くのに連動するように、百合花は顔を赤くグラデーションさせてゆく。

 腰元に目が届く頃には、百合花の顔は真紅に染め上がっていた。

「い、いやぁ〜〜〜っ!?」

 光の速さで手でスカートを押さえる。

 なぜか理由は知らないが、白崎百合花の身長に対して、身につける衣装は目に見えて小さい。

 胸元は表面張力のように張り上げ、スカートは明らかに丈が合っていない。

「に、ニアっ!な、何これっ!?」

 半黒半白、ニアと呼ばれた猫は軽く息を吐く。

「当然だろう。あれから2年が経過している。その間、君の身体も成長しているだろう。いや、そう考えると感慨深いものがあるな」

 しみじみと答えるニアに対し、百合花は涙目になりながら、

「感傷に浸ってないで、コレ、なんとかしてよぉっ!」

 上を庇えば下が立たず、スカートを正しても、まともにその機能を務めそうにない。お陰で白いモノが見えてしまっている。

「あ!『絶対保護領域(アブソルトテリトリー)』が作動しているから、大丈夫だよね」

「あれは完全に花の聖飾(アルマドレス)で身体が覆われている状態でないと作動しない。すでに見えているものを見えていない状態にすることは無い」

 ニアの無慈悲な宣告に、百合花は再度悲鳴を上げた。

「・・・おい、その服、なんとかならないのか」

 正直、光太朗は百合花を直視出来ない。本人もこちらに恥辱に染まった目を向けることから、これが通常運転の服装ではないのは分かる。

「・・・仕方あるまい」

 ニアの背に円状の光が浮かぶ。再度、何かが飛び出す。それは布切れのような。

 飛び出した布切れは意思を持ったようにゆらりと空中を泳ぐと、百合花の腰元に巻き付く。明らかに丈の足りていないスカートの丈を補うように。

「間に合わせだが、それで今は勘弁してくれ」

 衣服を押し出すように主張する上半身の解決には至っていないが、百合花はそれでとりあえず納得したようで、顔を僅かに赤くさせたまま、衣服を確認。

「言ったろう。2年のブランクが有る、と」

「それってそういう意味だったの!?」

 2年。少なくとも百合花とニアという猫は、それからの顔なじみであるらしい。

「茶番はもういいか」

 声を発したのは、上にいる黒いローブに身を包んだ人物。

 百合花は改めて剣を構え、迎える。

 黒の外套が指を宙で折り曲げる。まるで見えない糸で人形を手繰るように。

「いでよ」

 すると、声と共に何かが揺れた。それは校舎の屋上の床。その上を陽炎のように揺らめく黒い影。

 細かい羽虫が集まるように、溶ける黒い粒子が収束。それが屋上の床にいくつも生まれる。

 そして。

 ず。

 せり上がるように何かが出現する。

 全身が黒い、獣を模したような体躯。

 特定の動物を明確に複写したようには見えない。犬のようだと言われれば犬だし、獅子のようだと言われればそうだ。とにかく、四肢を地につけた、獣の影。

「シェイドだ。人の意思を喰らい顕現する、我らの敵だ」

 ニアが光太朗の困惑に応えるように呟く。

「簡単に説明すると、人間からエネルギーを奪い、それが奴らを形成する力になるの」

 黒いローブから目を話さずに、百合花が続ける。

 エネルギー・・・。まさか。

「下で倒れている連中の原因、これなのか」

 御名答、と言わんばかりにニアが頷く。

「最も、これだけの規模を一度に襲う状況は初めてだがな」

 ぐる。

 黒い影の獣が、不快な唸り声を上げる。

「神野君、できれば協力してくれると、ありがたいんだけど」

 明確な敵意を持つ、敵。光太朗も、このままとんずらする選択肢は無い。

「分かった。後でちゃんと説明しろ」

 くくく、とローブが笑いを噛み殺す。

「まるで生きてここから出られると言っているようだぞ。花の騎士(プリマエクス)ならともかく、ただの人間が敵う相手ではない」

 黒い獣の口腔。四肢の鋭い爪。その手にかかれば無事ではすまないだろう。

 光太朗は、右手のリングを180度回転。

「スケイルアップ!」

 そして、内側になったリングの盤面を腹部に通す。

「変身!」

 沸き立つような力の奔流。身体の中から飛び出したいと荒れ狂っているかのようで。

 体表から染み出る、力を備えた粘性の熱が大気に触れ、硬質化する。

 輝きを纏った鎧が生成。光太朗の視界を一瞬だけ紫煙が包み、すぐに開ける。

「・・・何だ?その姿は」

 見えない頭部に、驚愕を貼り付ける黒衣。

花の騎士(プリマエクス)でも、グランティールの神官でもない!?」

 紫色の鎧の出現に、黒い獣には毛を逆立てるように敵意を膨らませる。

「・・・くっ!行け!我がしもべ達よ!」

 黒衣の号令に、瞳すら黒で塗り潰した獣が地を蹴る。

 光太朗は半身を引き、地を蹴り飛びかかる黒い獣に向かってこぶしを撃ち抜く。

 感じたことのない感覚が腕を伝う。獣はいつも簡単に打ち砕かれる。

 触れた瞬間、柔らかい弾力のボールを突き破る感覚。獣の身体は破裂したボールのように爆散。しかし、瞬時に硬質なガラス片の輝きが地面に散らばる。

「な、なんだ!?」

「シェイドがその形を維持できなくなった時はそうなるの!」

 これが倒した、って事でいいんだよな。

 百合花は手にした短剣のようなもので、襲いかかるシェイドとやらを躊躇いもなく寸断している。同じく、砕けた破片が地面に舞う。

・・・ん?百合花の持つ短剣が形を変えている。

 持ち手を除けば、刀身は20センチ程の長さしか無かったはずだ。だが今はその倍ほどに刀身が伸びている。厳密には、20センチの先からさらに倍くらいの白い光の刃が伸びているのだ。

 その光の刃はバターを削るようにいとも簡単にシェイドを叩き割っていく。

 背後から迫る影も空から飛びかかる影も、舞うように、踊るように回避。すれ違いざまに薙ぐ剣が、獣の身体を砕いていく。

 横から飛びかかるシェイドを、光太朗は蹴りを叩き込み、破砕。

「神野君。残り、頼んでもいい?」

 残る獣は片手で数えるほどしかいない。戦った感触では、シェイドとやらはそれほど強くはなので請け負うのは構わない。

 百合花の腰の後ろ。白く結ばれているリボンがふわりと揺れる。

 百合花が小さく地を蹴る。軽く跳ねただけ。だが、それだけの事で、彼女の身体は勢いを宿し、天を駆ける。

 ローブが構え、手のひらに渦巻く黒い波動を収束させた。

 宙を走る百合花の構える光の刃と、ローブの放った黒い塊が交錯する。擦れあう異なる力が宙で弾け、黒と白の火花を咲かせる。

 百合花は空を自由に駆け、刃を振るう。

光破弾(スペクトルバレット)!」

 刃から射出された光弾は、ローブの放った漆黒のオーラと相殺して霧散する。

・・・おいおい、これは本当に現実世界で起きている出来事か?

 光太朗は、襲いかかるシェイドの顔面をパンチで吹き飛ばしながら、まるで別次元で起きている戦いを横目で見ていた。

 訳のわからない姿に変身したクラスメイトが、意味のわからない力を行使する超絶怪しい人物と戦いを繰り広げている。

「・・・くっ!?」

 戦いは、百合花の優勢。

 百合花の戦い方は洗練されていて、無駄がない。2年、という言葉から察するに、それ以前もシェイドなる化け物と戦ってきたと予想させる。

 黒衣の人物は劣勢に身を震わせ、百合花の攻撃をさばくことで精一杯だった。

 最後の蹴りで残ったシェイドを片付け、光太朗は百合花とローブの戦いに注視する。

 百合花の動きが加速し、振り抜きざまに黒衣を貫く。

「ぐ、ううっ!?」

 光の刃に貫かれても、黒衣の人物は鮮血を撒き散らすわけでもなかった。

 人ではない、のか?

花輪紋(セイクリッドサイン)!」

 百合花の剣から不可思議な光が放たれ、黒衣の身体を拘束する。動き、悶え捕縛から抜け出そうとするも、それは叶わない。

 百合花は剣を振るい、構える。

「何が目的?デュミルアスは滅び、戦う意味はない!」

・・・デュミルアス?またわからない単語で置いてけぼりを食らう。

「・・・デュミルアス様の意思はまだ滅んではいない」

 にやり、と黒衣の奥が歪んだ気がした。その余裕に意味を知ったのは次の瞬間だ。

「白崎!上だ!」

 百合花の頭上に黒い渦が巻き、何かの気配が生まれる。

 大きな顎を持つそれは、今までのシェイドよりも一回りも二回りも大きい黒の塊。それも、2体。我先に百合花を飲み込もうと漆黒の口腔が限界まで開け広げられる。

 百合花は黒衣の足止めに徹しているからか、動こうともしない。

・・・間に合わない!?

 光太朗小さく歯噛みし、は足先に力を込めた。

『バイパーストライク』

 輝く螺旋が力を生む。

 跳躍し、全てを砕く蹴りを一体目に叩き込む。続けて二撃目をもう一体に見舞う。

 砕けたシェイドの身体の残骸が雹のように屋上に打ち付ける。地面に激突するそばから黒い欠片、粉へと細かく砕ける。

 光太朗は空中から地面に着地。降りてきた方へ視線を向ける。そこには百合花の姿しかいなかった。

「逃げられたか」

 ニアは辺りの気配を伺いつつ、忌々しそうに呟いた。

 黒いローブの人物は、どこにもいない。

 光太朗は変身を解除。ヴェノムスケイルが剥がれ、宙に溶けてゆく。

 一方、百合花は変身を解かない。ニアと同じく周囲を伺っているが、その結果は同じのようだ。

「・・・説明はしてくれるんだろうな?」

 あまりにも色々なことが起こりすぎて混乱している。変身したのに、蛇ノ目からの通信が繋がらないのも変だ。この奇妙な空間のせいなのか。

「我は貴様の正体が巷で噂の紫仮面であることに驚いた」

 猫にまで伝わっているのかよ。

「そのことまでは伝えてはくれんかったな、百合花」

「神野君は正体を隠しているみたいだったし、一応」

 相手が猫だろうと、秘密は守ろうとしてたわけか。

「だが、水晶花(フロスタル)の輝きだけではこの空間で動ける理由は説明がつかんがな」

・・・またか。呆れながらも、一応聞く。

「フロスタル、って何だ」

水晶花(フロスタル)は、人間誰もが持つ心の力を具現化したもの」

 心の力。光太朗は自分で自分の胸に触れる。

水晶花(フロスタル)はその人の心の状態やバランスによって大きさや輝きを変えるの」

 心の動きによって変化する、それは心そのものに思える。

「時に水晶花(フロスタル)のバランスが崩れると、不安定になる。アンチホープはそこに漬け込み、水晶花(フロスタル)の輝きを奪い、シェイドの礎にするの」

 水晶花(フロスタル)は人間の心の力でもあり、シェイドを生み出す根源でもある。

「神野君と初めて出会った時のこと、覚えてる?」

 遅刻しそうだった登校時、百合花にとっては転校初日、だったか。曲がり角で絵に描いたようにぶつかったあの日。

「あの時、倒れた私を起き上がらせようとして、手を触れたよね」

 まともな人間なら、あのまま助けずに自分だけ先を行く選択肢はないだろう。

「その時、神野君の心の内が見えた」

 ニア、つまりグランティールの神官、そして花の騎士(プリマエクス)の能力のひとつ、と百合花は言う。

水晶花(フロスタル)の輝きは言わばバイオリズムを可視化したもの。神野君の水晶花(フロスタル)は、強く、勇壮さを兼ね備えた形をしていた」

 あの時百合花が光太朗が引き上げようとしたのにも関わらず、動きを止めていたのは、水晶花(フロスタル)の輝きを見ていたからなのか。

「・・・聞く限りではいい能力には聞こえないな。人の心の中を覗けるんだろ」

 相手の状態によってまるで機嫌のように輝きを変える水晶花(フロスタル)とやらの振り幅を知れれば、相手に対する態度も自在に変えられる。

 その言葉に反応したのはニアだ。

「彼女のことを何も知らないのに、勝手なことを抜かすのは控えてもらおう。望んで得た力と思うか」

 怒りに歪むニアの表情。

花の騎士(プリマエクス)になったのも、アンチホープから世界を守りたいという彼女の優しさからだ」

「ちょ、ちょっと」

 怒りを滲ませる猫を、百合花はなだめる。

「いいんだよ。私も最初は悩んでいなかったわけじゃなかったし」

 百合花自身も、水晶花(フロスタル)の色が見える、という能力に苦しんでいたのだろう。それが花の騎士(プリマエクス)の使命だとしても。

 百合花にたしなめられ、ニアは不服そうに後ろを向き、尻尾を揺らす。

「でも、これだけは信じて」

 百合花の真摯な顔が光太朗を見る。

「私は神野君の心に大きな強い意志を見たの。それは、私達と同じ勇気や困難に立ち向かう精神だと感じたわ」

 私達と同じ?勇気や困難に立ち向かう精神?

 バカ言え。

「俺の戦う理由は、借金のためさ。見たろ、あのカッコ悪いスーツを」

 悪どい笑みの老人の姿が脳裏に浮かぶ。命と引き換えに得た力と借金。それを返すのが光太朗の生きる意味。戦う原動力だ。

 だが、光太朗のその答えを百合花は本心ではないと気づいていた。

 なぜなら、水晶花(フロスタル)の輝きは嘘をつかないから。

「ねえ、神野君。提案があるんだけど」

 突如、百合花がそんなことを口にした。

「・・・提案?」

「戦う理由はどうあれ、私達の根本の目的は一致していると思うの」

 悪しき意志を持つ犯罪者から世の中を救い、借金の返済に当てる光太朗。

 百合花の目的は、アンチホープとやらに関連しているのだろう。

 人間から力を奪い、出現するシェイド。放っておけば、この世界は混乱に陥るだろう。

「ふたりで力を合わせれば、もっと世界を平和に導けるよ」

・・・協力、ね。

「だって、私達は同じ水晶花(フロスタル)の輝きを宿す戦士だから!」

 そう言って、百合花は自分の親指で自分の胸を指す。

 希望に満ちた、陰りのない顔。光太朗とは違い、自分に掛かる使命に何の疑問も抱いていない、純真な顔。

 と、その時。

 ばつんっ。

 何かが弾ける音がして、小さな感触が光太朗の頬に当たった。

 こん。と何かが床に転がる。

 視線で地面を追うと、それは小さな円状のもの。

 よく見ると、それはボタンだった。

 光太朗が目を前に視線向けると、顔を真っ赤にさせた百合花が、両手ではだけた胸元を抑えながらも、絶叫する1秒前だった。

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