表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/12

ACT7・花の騎士

「・・・なん、で」

 光太朗は「ここに」と、言葉を続けるつもりだったが、自分でもわかるくらい喉元が硬い。

「だって、ここ私の通学路だよ」

 さして驚いている様子もなく、百合花は言う。光太朗は、百合花とその先の曲がり角でぶつかったのを思い出す。

「そ、そうか。じゃあな」

 そそくさと、光太朗は百合花の横を通り過ぎる。一連の行動を百合花が『見ていない』という希望的観測に賭けて。

「ねえ、今の何だったの?」

 だが、その希望はいとも容易く打ち砕かれた。百合花の言葉は光太朗にとって何よりも残酷な事実を物語っている。

「・・・『紫仮面』の正体、神野君だったんだね」

 はっきりと、見られている。言い訳のしようのないくらいに。

 生活が砕かれる音が背後から聞こえてくる。街で噂の紫仮面の正体を見たのだ。クラスの人間に言伝でもすれば、瞬く間に正体は伝播するだろう。

・・・だが、百合花の恐ろしいまでの冷静さは一体何だ。

 驚いてはいたが、目に見えて動揺していたのは最初の僅かな間のみ。今度は反対に近寄ってきて、光太朗の右手のリングを興味深そうに凝視している。

「あまり驚いてはいないようだな」

 世間を騒がすヒーローの正体見たり。クラスにも知りたがっている奴もいる。

「んー・・・」

 百合花は口元に指を当て、しばし逡巡。

「私も似たようなことをやっていたからかも」

「・・・何だって?」

 光太朗の疑問が解決するまでもなく、すぐさま百合花は真顔に戻り、

「こっちの話。要するに、正体はバレたくないんだよね」

「黙っていてくれたら、ありがたい」

 当然だ。誰が好き好んで正体をさらさなきゃならない。

 だが、まだ白崎百合花という女子生徒が信頼に足る人間かどうかはわからない。

 それどころか、クラスと関わりを持たない光太朗に、どれだけ心を許せる人間がいるだろうか。それは限りなくゼロと言っていい。

 もしかしたら、明日登校した途端に話が知れ渡っているかも知れない。

「ちなみに、この事を知っている人って他にもいるの?」

「いるわけ無いだろ」

 そもそも話す相手がいない。実は変身ヒーローだって?頭を疑われる。

 首を横に振って否定した光太朗に、なぜか百合花は顔をほころばせた。

「じゃあ、これはふたりだけの秘密だね」

・・・どういう腹づもりだ?

 百合花の胸の内が見えない。弱みを握ったという余裕のつもりか。

 笑顔を向ける百合花の目的を、光太朗は読み解けないでいた。


 百合花と別れた後、光太朗は帰るつもりの足が動くはずもなく、そのまま公園のベンチに腰を沈めた。

 辺りはすっかり夕闇に暮れていた。まるで自分の今の心の内部にいるかのようだ。

「悪い、博士。正体がバレた」

『そうか』

 さっきの今の話。

 自分の油断。慢心が招いた結果だ。  

 うっかりでは済まない不甲斐なさに、光太朗は自分の髪をかきむしる。

『まあ、いつかは訪れるピンチだとは思っていたがな』

 蛇ノ目は意外と焦る素振りも見せない。正体がバレるれるということは、蛇ノ目にも都合が悪いことのはず。

『相手がひとりなら問題は無かろう。その娘は同じクラスなのだろう?ならば、いくらでもやりようはある』

 声だけの蛇ノ目がニヤリと笑った気がした。・・・何をする気だよ。

 確かに百合花は隣の席。監視のし易い位置ではある。

 かと言って、それが安心材料にはならなかった。


 白崎百合花はすっかりクラスにも溶け込み、今やクラスの中心人物だ。

 それでも未だ他のクラスからの野次馬の目が途絶えることはない。

 今もクラスの女子と愉しそうに会話をしている。はっきり言って、光太朗には関係のないことだ。会話の議題が紫仮面でなければ。

 会話に背を向けつつ、背中では神経を注ぐ。・・・何をやっているんだ、俺は。

 百合花の右隣の席、小清水は紫仮面ではなく、紫の君、だなんて新たな名前で呼び始める始末。颯爽と事件現場から去る姿が格好いいのだそう。・・・当然だが、正体がバレないよう、急いでいるに過ぎない。

 そんなどうでもいい情報を得るくらい、常に隣人を気にしなくてはいけなくなった。

 昼休みに百合花を囲む人の輪も、落ち着きを見せてくれたおかげで自分の席で昼食を取ることも可能になって久しい。

 パンの袋を開けながら隣にちらりと視線をやれば、弁当を広げる百合花と目が合う。

 百合花は微かに表情を崩し、光太朗に微笑みかけた。

・・・まったく意図がわからない。

 その意味を考えるよりも先に、百合花は友人と昼食の図を広げている。

 百合花はクラスメイトにも光太朗の正体を明かしてはいないようだった。

 光太朗は、そんな百合花の横顔に怪訝な目を向けることしか出来なかった。


 昼食も終わり、次の授業までの時間。

「駅前で通行人が昏倒?・・・最近多いな、こういうの」

「ちょっと前にもそんな事件があったよな」

 少し前の席の男子生徒がスマートフォンの画面に目を落としながら、談笑している。

 人間が突然意識を失い昏倒する事件。

 数年前にも度々ニュースで取り上げられていた。文字通り、人が突然意識を失い、倒れる。

 特殊なガスでも、細菌によるものでもない。外的要因が何も見つからない奇妙な事件だ。

 年齢、性別を問わず、あらゆる年代の人間が地面に倒れ伏せる。

 気絶した人間は、もれなく倒れる前後の記憶も失い、目覚めた時には倒れたことすら覚えていないという。

 命に別状はないものの、一時期は立ち上がることすら困難な状態で目覚めることから、過度の疲労では、という専門家もいた。だが、数多く倒れた人間を襲う全ての原因がそれだとは簡単に頷けない。

 実は蛇ノ目もその事件を調べてはいたが、知識の専門外であるのを理由にヴァイパーの出撃を見送っていた。出動した所で何をどうすればいいのかわからないのが本音だ。

「おーい、授業を始めるぞ」

 前方の扉が開き教師が現れ、授業開始のチャイムが鳴る。無駄話をしていた他の生徒も自分の席に戻り。

 どさっ。

 チャイムとは違う音が聞こえる。

 どかっ。

 今しがた来た教師が何故か教壇に倒れ伏せる。

「・・・どう、なっているんだ」

 震える声で言葉を絞り出す。倒れたのは教師だけじゃない。

 連続する転倒音。

 クラスの人間全てが、机の上に突っ伏していた。

 いや。正確には光太朗と、隣の人間を除くふたりが、だ。

 奇異の目で見る光太朗の目を、百合花も何故か驚いた表情で返す。

「神野君、平気なの?」

 その言葉を意味することが全くわからない。何故光太朗と百合花を除く人間が全て眠るように気絶しているのか。

 そして、光太朗とは違い、なぜ百合花はこの状況下に置いて驚きを慌てる様子すら見せないのか。

 さきほど男子が言っていた、人間が昏倒する事件。さっきの今に言っていたことが現実に起きている。

「神野君、体調は大丈夫?」

・・・誰かが倒れる寸前、何かが自分の身体を覆う感覚はした。

 いや、そんなことよりも。

 光太朗は教室を飛び出す。

 隣のクラスは光太朗のクラス同様、全ての人間が同じ姿で倒れている。

「無駄よ。みんな、力を奪われ倒れてる」

 廊下に現れた百合花がそんな事を呟く。そんな事が、なぜわかる?

 力を奪われた?この現象の原因を知っている?

「・・・お前の仕業か?」

 頭が混乱しそうだ。少なくとも、白崎百合花という女子生徒は、この非現実な光景に心当たりがある。 

 警戒心を膨らませ、転校生を睨むように構える光太朗に、百合花は慌てて両手を左右に振った。

「ち、違うよ!私じゃない!むしろ逆!」

 それだけじゃない。その解決方法すら心得ている。そんな口ぶりだ。

 何かに気がついたように、百合花の視線が上を向く。天井ではなく、もっと先の。

「屋上!」

 何かに気づいた百合花が駆け出す。慌てて光太朗はその後を追う。

 百合花の目的地は屋上らしく、階段を軽快に駆け上がる。曲がり角をひとつ曲がったところで、横から小さな影が飛び込んでくる。

 それは、四足歩行の形をしていた。

 それに驚く様子もなく、百合花は肩にその動物らしき影を迎え入れる。

「百合花。シェイドの反応がある」

「うん。こっちでも捕捉した」

 光太朗はその動物に見覚えがあった。

 半身が黒毛で、半身が白毛の毛並み。  

 何より人語を喋るその動物を。

「あっ!お前!」

 廊下の静寂を裂く叫び声に、猫は胡乱な目を光太朗へと向けた。

「あれ?知り合いなの?」

 百合花が肩に乗る猫に視線を送る。

「ああ。枝でくつろいでいる至福の時を、無遠慮にも身体を弄られてぶち壊された」

 いや、その時は喋るどころか、枝に取り残された猫だと思っていたんだ。

 と言うか、当たり前に喋る事を認めてしまっているけど。異常な光景だ。

 喋る猫のことも百合花は承知のようだし、一体何がどうなっているんだ。

「君の望む答えがこの上にある」

 猫が光太朗の頭の中を読み取ったように、疑問の答えを提示する。

 百合花を先頭とし、屋上への扉に到達。ここに来るまでの間も、横目で見る他の教室は、人は存在するのに、人が丸ごと消えたかのような静けさで満ちていた。

 そして、いつの間にか窓の外の風景は闇に覆われていた。空を雲で覆われたときのような閉鎖的な暗さ。まだ、時計の時刻は太陽が落ちる時間では当然ない。

 この扉の先に、この状況の根源がいるのか。

 百合花がドアノブをひねり、押し込む。

 屋上は不快になる空気に満ちていて、水の中に押し込めれたような息苦しさすら感じる。屋上は本来、柔らかな風を迎え入れる開けた場所であるはずなのに。

 何かを探すように、百合花が周囲を見回す。

「百合花、上だ」

 猫の注視に、百合花はその声を追う。

 屋上の更に上。はしごを隔てた貯水槽の立方体。

 傍らに、何かがいる。

 漆黒の全身を覆うローブに身を包んだ、何者か。差し込む太陽の光がまばらなこの状況では、その外套の奥の表情は伺い知れない。

 ただひとつ分かることは、この様な状況でも、あんな格好をしている奴がまともではないと言うことだ。

 外套の奥の見えない目がこちらを向く。

 その姿を認め、猫が尻尾を逆立てる。

「アンチホープの道化師だ」

「分かってる」

 やはり、百合花たちはこの現実を異常とは思っていないようだった。

 それどころか、ローブの人物に向ける、強い意思の籠もった瞳。

「・・・グランティールの手の者か?違うな、匂いが別物だ」

 黒衣の人物は一体何を言っている?

 光太朗の預かり知らないところで、何かが起きている。

「行くぞ、百合花」

 猫が吠える。

「うん!」

 それに応えるように、百合花が力強く頷いた。

 猫の背中に異変が起きる。円状の光が生まれる。幾何学模様の刻まれた、光のリングが。

 信じられないことが起きた。

その光の輪から何か、棒状の物が射出される。百合花はそれを躊躇いなく空中でキャッチ。

「だが、油断するなよ。言ってもブランクは2年の空きがある」

「分かってる!」

 猫の注意に、百合花は凛々しい顔を崩さない。

 百合花は猫が放った棒状の物を構える。それはまるで刃の短い剣のよう。だが、鋭い刃の煌きはない。あくまで剣の刃を模した何かだ。それで何かを斬ったり、突いたりする用途のものではないのだろう。

「これは僥幸!我らを阻む物が釣れるとはな!」

 黒衣の奥の、見えない表情が歓喜を吐く。

「これだけ派手に動いておきながら、それはないんじゃない?」

「・・・こちらも物入りでな。荒々しい手を使わせてもらった」

・・・付いていけない。一体何がどうなっているんだ。

 百合花は何故か、光太朗にちらりと視線を送り、微笑む。

 そして、険しい顔をローブの人物へと返し、手にした短剣のようなものを構え直した。

「カラフル・コネクト・ルミナース!」

 突如、百合花が奇妙な文言を連ねる。それはまるで呪文のような。いや、もっと幼く、例えるなら幼稚な変身の魔法か。

 百合花が言葉を紡ぎ終えた刹那。

 清廉な風が香り、溢れる光が地面を照らす。

 かざした短剣の先から、光の輪が生まれ、天に弾き出される。空中で回転するそれは、布の質感に変化する。

 輪のようなものは、スカートだ。スカートを含むドレスを象ったそれは、まるで命を宿したように揺れる。

 宙で風に揺れるスカートから下に視線を戻した時、光太朗はぎょっとした。

 白崎百合花の姿が裸だったからだ。

 厳密に言えば、裸ではない。

 裸を輪郭とするシルエットで、不自然な程の光量で覆われていたからだ。

 それでも、直視に困る悩ましい姿なのは確かで。

 空中から振ってきたスカートの輪に、百合花は腕を上げ、通し、身に纏う。しなやかな肢体が布地で覆われる。

 そして。

 百合花の髪の毛が意思を持ったようにうねり、頭のてっぺんから毛先に向かって波の如くその色を純白に変えた。

 黒い髪から、彼女の名前になぞらえた、百合の花のように。

「無垢なる花の騎士(プリマエクス)!」

 高らかに叫び、

「ホワイトリリィ!」

 百合花。いや、ホワイトリリィと名乗りを上げる少女は、勇壮なる表情で剣を構えたのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ