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ACT4・STAND UP! VIOLET VIPER

 改めて光太朗はヴァイオレットバイパーの法外なスペックを思い知る。

 確かに思い切り両足を漕いではいるが、それはジョギング、ランニングレベルだ。身体の動きを補助してくれる感覚。このままでは身体が悲鳴を上げるにはどれだけの時間が掛かるのか。光太朗は1日中走っていられる自信がある。

 軽やかに、微々たる力でしか走っていないのに、先を行く車に引き離されることもない。それどころか、こうして後続にまで追いついた。

 例の銀行から逃げ出した車だ。

 車の位置は、メットの内部のスクリーンの内部に映し出されている。

 このまま車にガス欠が起きるまで追い続けられる自信はあるが、異常な速度を出している逃走車をのうのうと公道をのさばらせておくわけにはいかない。何より危険だ。

「!」

 助手席の窓から、こちらに向かって身を乗り出す男。その行動の意味に、光太朗は表情を曇らせた。その男は、その手に拳銃らしき物を握っている。鈍く輝く銃口の先が光太朗を捉えていた。

 助手席の黒尽くめは、躊躇いもなく光太朗へと発砲した。

(バカかよっ!)

 街中で銃爪を引くことに躊躇すらしない。

 瞬きの間に押し迫る弾丸。

 だが、驚愕に目を見開いたのは発砲した男の方だった。

 前方から飛んできた弾丸を、まるでさも当たり前のように光太朗は眼の前で指で摘んでみせたからだ。

『フハハ。あの程度の速度の弾丸など、見切るのは容易いだろう。空を飛ぶ小鳥くらい可愛いものじゃて』

 メットの奥から聞こえてくる蛇ノ目の声は心底楽しそうだ。

『言っておくが、弾丸が遅いのではない。お主の反応が弾丸よりも早く、それを上回る速度で球を摘み上げたのじゃ』

 そう。見えているスピードが実際に遅くなっているわけではない。視認する速度は撃ち抜く弾道のそれだ。でも、それを目で捉え、確実に摘み上げることが出来た。

『だが、跳弾や打ち損じが怖い。一般人に被害が及ばぬよう、撃たれた銃弾はすべて処理しろ』

 普通に考えたら無茶な要求だ。だが、このヴァイオレットバイパーならそれが出来る。

 周りは明らかに異常な速度の車に表情を固まらせている。何より発砲音が一般人の意識を固まらせる。このまま時間を掛けていたらいずれ誰かが被害を被るかも知れない。

「だったら!」

 光太朗は足に力を込め、跳ぶ。

 走る車が眼下に小さく映る。そして。

「うぎゃあっ!」

 車内で悲鳴が起きる。跳躍した光太朗が、逃走車の屋根に飛び乗ったのだ。

 すぐさま助手席が反応し、窓から拳銃とともに上半身が飛び出す。

 至近距離での発砲にも僅かな逡巡すらない。一刻も早く屋根の上の光太朗を引き剥がしたいのだろう。

 だが、光太朗はそれすらもたやすく見切り、弾丸を手の中に収める。

「しつこい野郎だ!」

 拳銃を持ってしても撃ち落とせない事を異常に思ったのか、運転手の方はハンドルを勢いよく回転させ、車の軌道を大きく揺らす。

 が、遠心力を持ってしてもその願いは叶わなかった。ヴァイパーは指先を屋根に突き立て張り付いている。

「おい、さっさと諦めて止まれ」

 ガラス越しに問いかけるが、アクセルを踏む足を止める気配はない。

 仕方ない。

 光太朗は自ら屋根から跳躍。

 車の進む先、道路の数十メートル先へと着地し、逃走車を向え打つ。

 これを好機だと取ったのは強盗の方で、むしろ速度を上げ始める。轢き殺すことに何の呵責もない。

 光太朗の脳裏にあの日の光景がフラッシュバックする。  

 正直、車に関しては良い思い出はない。だが、光太朗に沸き立つものはこれを止めてやろうという気持ちがある。

 押し迫る車体。凶悪に口元を歪めるハンドルを握る黒尽くめ。

 車とヴァイパーが激突する。

 轟音が響き、車内のエアバッグが飛び出しながらも車体は前へ進む。

 ヴァイパーの靴底がアスファルトと擦れ、焼けるような赤い火花が散る。

 瞬く間に車は減速。勢いを完全に失い、摩擦による黒煙を残しながら黒い軌道を残した。

 やがて、周囲は水を打ったように静かになる。

・・・ふう。ようやく止まったか。

 ヴァイオレットバイパーのボディには傷一つ付かず、逆に車体と止めるため両手で押さえつけた車の前方部分は紙の箱のようにひしゃげている。

 光太朗は鍵の掛かった運転席の扉を力任せに引っこ抜く。

 耳障りな音を立てながら、運転席の中はふたりの男が呆けた顔で、生気を失ったように背もたれに体を預けているのみだった。一体何が起きたのか分からない、そんな様子だ。ピクリとも動かないが、怪我をしていたり、死んでいるわけではなさそうだ。

 後部座席のドアも力任せに破壊すると、中は衝撃で物が散乱していた。金が入ったと思われるボストンバッグ。

 光太朗はそれを手に取る。ずしりと重さを感じる。こんな奴らに簡単に奪われていいものではない。

『その辺に置いておけば後で警察が回収するだろう』

 そして異質なのが機械の塊だ。大きさ的には発電機を連想させる。これも衝撃で半壊している。

『それが妨害電波発生装置だろう。それはこちらで回収しよう』

 悪人から奪ったところで誰が咎められようか、と蛇ノ目はご満悦だ。

 光太朗は後部座席に散乱する道具の中からおあつらえ向きにガムテープを手に取ると、座席に縛り付ける。奪った金同様、それも含めて警察に任せておく。

「こんなんでいいか」

『上出来じゃ。後は警察に任せて、ととっととずらかるぞ』

 その時。

 ぐおん。

 車のエンジンが掛かった。

 男たちはシートに縛り付けられている。アクセルを踏むどころか、ハンドルすら握れない状態のはずだ。

 それどころか。

 車体が動いている?

 軋むような音。

 車体が震えている。車として前進するという機能ではなく、車体自体が。

『なるほど。ただの銀行強盗にしては不釣り合いな機械を所持しているとは思ったが』

 蛇ノ目はこの異様な状況を冷静に分析。

「ぐ、え」

 それよりも。

 車体が変形し始め、それは運転席の形すらも変えていく。いや。天井が狭まり、ハンドルがひしゃげ、シートが折れ曲がろうとしている。

『任務に失敗すればふたりを消すつもりだったのだろう』

「呑気に言っている場合じゃないだろ!」

 光太朗は完全に隙間が無くなる前に、強引にシートごと引き抜く。運転席の男が、座席ごと道路の転がる。乱暴な扱いは我慢しろ。

 向こう側に行く時間すら惜しい。光太朗は足で助手席を押し出す。力を少し込めただけで向こうのシートも車体から引き剥がれ、道路に落下した。

 それを待っていたかのように、運転席が機械的に蠢き、人一人も入れないくらいに縮小。

 車体がせり上がる。まるで、子どものおもちゃのように車が変形し、人形を成す。

『ご丁寧に変形機構まで搭載か。これでは機械を取り出す事はできなさそうだ』

 妨害電波発生装置は折り畳まれた機体の中に収まるように内包された。

『暴れられたら被害が拡大する。やむを得ん。このまま奴は破壊しろ』

 人型に変形した車は、全長は5メートルほど。眼下の光太朗を顔のない目で捉え、敵意を滲ませる。

「破壊、って」

 車型ロボットが腕部へと変形させた扉を振りかぶる。

 ロボット腕部はすでに人間の胴回りほどはある。それを喰らえば常人なら吹き飛ぶどころか骨が粉々になるだろう。

 迫りくる鉄の塊の一撃を、光太朗は腕でいなして、避ける。

『エクストラアタック・モーションパターン』

 メットの中から奇怪な音声が流れ、光太朗は一瞬驚き、動きを止める。

「なんだ!?」

『メット内の画面に表示されとるパターンがあるじゃろ。その動きを踏襲しろ!』

 蛇ノ目のセリフとともに、メット内の画面には、ワイヤーフレームで象られたシルエットが、拳法の様な動きの後、蹴りを放つ。

・・・この動きをマネろ、って事か?

『妨害電波発生装置がその変形機構も兼ねているようだ!それごと貫け!』

 今度は左腕部で吹き飛ばしに掛かるロボットの腕のスイングを、光太朗は蹴りのカウンターで返り討ちにする。

 光太朗の倍以上はある巨体が浮き、アスファルトに沈む。だが、ロボットは動きを止めることのない暴走車のようにすぐに立ち上がろうとする。

 光太朗はモーションパターンとやらになぞらえ、構える。

 左足を踏み込み、右足は後ろへ。

 何かが回転する駆動音が聞こえる。同時に感じるのは右足の異変。

 右足の大腿辺りから足首にかけて。螺旋のように青白い光が走る。溢れる力が渦巻くように。迸るエネルギーが収縮するように。

 軽く、重い。だが硬く、しなやかでもある。それはまるでヴェノムスケイルの性質と同じ。

 相反する感覚がない混ぜになり、それはやがて凝縮された力となる。

 ロボットが大きな腕を振りかぶり、眼下の光太朗へと叩き降ろされる。

 画面内の緑色の線で形成された人形の動きと、光太朗の動きがリンクする。

『バイパーストライク』

 電子音声が流れ、全身を力が貫く。

 振り上げられた光太朗の右足。

 振り下ろされるロボットの拳がかち合う。

 先程のように吹き飛ばすことはない。なぜなら、ロボットの腕部はヴァイパーの右靴底が触れた支点から、水飴のように捻り切れ、大きく空に吹き飛んだからだ。

 腕を失った衝撃で、ロボットの動きが一瞬止まる。光太朗はその隙を縫い、もう一撃蹴りを見舞う。

 胴体へ叩き込まれた必殺の一撃が衝撃が貫き。

 ばちん。

 何かが爆ぜる音が鳴り。

 一瞬の静寂の後。

 ズドオオオンッ!

 赤い閃光がアスファルトを焼く。

 黒煙を吹き出す大爆発。天を泳ぐロボットの右腕の残骸が路面に直撃。

 それだけでなく、機械の細かい部品までもが雨のように散らばる。その様子を意識を取り戻した犯人どころか、遠巻きに見ていた見物客さえも唖然とした表情でほうけていた。

 遠くから、それを待っていたかのように聞こえるパトカーのサイレンの音。

「まずいな」

 それは警察が現れる危機感だけでなく、メット内に表示された現在時刻のタイムリミットが押し迫ったことによるものだ。

「ま、待て」

 立ち去ろうとする光太朗を、縛られた黒尽くめが力もなく呼び止める。

「お、お前は一体何者だ?」

 苦しそうに息を吐きつつ、目を細めた片割れが問いかける。

 光太朗は僅かな間、逡巡し、

「正義のヒーローだ」

 それだけを言い残し、吹き出す黒煙を背に、光太朗はその場を飛び立ったのであった。


 休み時間の終了が押し迫ったことにより、学校まではヴァイパーでの移動を許された。

 昼休みが終了間際のためか、幸い屋上には人影はない。

 周囲に完全に人の気配がないことを確認して、光太朗は変身を解除させる。

 光太朗の体表から剥がれ落ちるように、紫色の鎧は砕け、美しい輝きすら残しながらヴェノムスケイルは粉となって空気中に溶けて消える。

 光太朗を包み込む毒の鎧は、本体の身体を離れた瞬間、毒性という硬質化する力を失い、剥がれ、霧散する。

 警戒は解かないまま、屋上を隠れるように移動し、出入り口まで向かう。人気はまるで無く、校舎の中には難無く入れた。

 銀行強盗という悪を下したのはいいが、最も忌むべき敵である、空腹という問題は解決しないままだった。

 なんとか教室に戻ってみると、転校生への包囲網は流石に次の授業が近いからか、昼休み前とは見る影もない。

 お陰で難無く自分の席に戻れるわけだが。

「・・・ごめんね。私のせいで席を追い出すことになっちゃって」

 申し訳無さそうに、百合花が光太朗に謝る。

「別にいい」

 そんなことよりも、なるべく動きを最小限にして空腹を紛らわせる方が大切だ。

 光太朗は百合花の心配もそこそこに、窓の外に視線を向け、残りの授業の切り抜け方を思案するのであった。

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