ACT25・WISH GAST
ラネットとしても、光太朗に完全に気を許した訳では無い。
神野家の一室を寝床にすることを許可され、ラネットはその部屋で一夜を明かした。
朝。
その扉の前で、光太朗は呆然とする。
その扉は本来木の扉であるはずだ。それが、鈍色に輝く鉄で覆われていたからだ。扉に手を触れると、確かにそれは硬質の手触り。鉄板で設えた扉へと姿を変えている。
「魔法により、扉を防御魔法で変化させてもらった」
魔法を掛けた本人であるロディマスと、ラネットにしか開けることの出来ない、と。
「安心しろ、この家を出ていく時には元に戻してお返しする」、とロディマス。
男しか住んでいない家に身を置くことを、彼女サイドものんきに受け入れているわけではないのだろう。光太朗としても不慮、不要の接触が減るからだ。
「むぐ、なかなか美味いわね。これ」
朝食の席。
涼香の作り置きしてくれた食事を解凍し、ラネットの分も出してやる。
その口から出てくるのは称賛の言葉のようで、光太朗は嬉しかった。
ところで光太朗には気になっている事があった。
ラネットの目的が魔法使いを目指す、というのは分かった。
この家の前でリネットが名乗った時に聞いた単語。
「『リウィッチ』って、何なんだ?」
その光太朗の問いに、ラネットは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「リウィッチは、魔法使いの中でも、最上位、伝説の存在よ!」
・・・伝説、ねぇ。
「全知全能、全ての属性の魔法を操り、暗黒に覆われたウィルラントを救った、という伝承が残されているわ」
否のウィルラントを導いた、英雄よ。とラネットは誇らしげだ。
「リウィッチの存在は、ウィルラントでも謎に包まれた存在だ」
ロディマスが、カバンの中から言う。
「文献にはほぼ残らず、口伝にのみ伝わる存在。果たして称号なのか、人物の名なのかも定かではない」
「それが誰であろうと、ウィルラントに住む魔法使い全てが憧れる存在なのは間違いないわ」
まるで神格化の如く敬われているそれは、確かにウィルラントの英雄にも感じる。
そんな謎の少女との同居生活が始まっても、学校はある。
「・・・じゃあ、行ってくるけど」
「ほーい」
ラネットはリビングのソファに寝っ転がりながら、テレビに視線を向けている。
深い心配事を残しながら、光太朗は家を出る。何にせよ、この家に置くことを半強制的と言え、決定したのは光太朗だ。
まあ、常識人(?)らしいロディマスがいるから大丈夫、だとは思う。
そんないつもとは違う気持ちを引きずりながら、光太朗は学校への未知を行くのだった。
通学路の途中である公園が視界に見え始めた頃、光太朗はそこに見知った顔を見つけた。
「白崎・・・?」
公園入口の柱に背を預けつつ佇むそこには、百合花の姿があった。光太朗に真っ直ぐと視線を合わせること無く、どこか所在なさ気なその表情。
光太朗にとって、昨夜の百合花の態度の急変はわかりかねる事態だったが、彼女が何かの機嫌を損ねて帰ってしまったというのはなんとなく察していた。
「おはよう」
そう言って、百合花は光太朗へと近づいてくる。
「どうなの?」
その質問は、家に置いてきた訪問者の動向に対しての質問だろう。
今朝は涼香の作り置きしてくれた料理をふたりで食べた。
「ふぅん」
それが、久しく感じていなかった、蛇ノ目の元で食べる食事とは違う、それでいて懐かしい感覚を覚えたことは言わないが。
百合花は何かを気にするように周囲を見渡しながら、落ち着き無く髪の毛をいじったり、息を整えたり。やがて何か決意したように身を正す。
「あのね、神野くん」
自分のカバンに手を入れ、それを引き抜いた時に、その手には何かを持っていた。
薄い、長方形の立方体の包み。
「アフロディーテに教わって作ってみたの。お弁当。よかったら」
い、いらなかったら自分で食べるけど。と、明後日の方向を向きつつ、包みを差し出す格好のままの百合花。
「あ、おう」
光太朗は、それを思わず受け取る。
「食費もふたり分になるわけだから、少しは自炊したほうがいいかもだよ。お昼はいつもパンだけみたいだし」
栄養面、金銭面での心配を早口で捲し立てた百合花は、それだけを言うと踵を返し、
「じ、じゃあ、私先に行くね」
小走りで学校に向かう百合花の姿を、ぼんやりとした思考の中、光太朗は見送るのだった。
昼休み。
校内では生徒たちが一時の休息を享受する中、それと同時に己の腹を満たすための行動を開始する。
授業終わりに学食へとダッシュする光景は連日絶えない。
光太朗は毎日出掛けにコンビニに寄り、パンを数個買うのみなので、その進軍の列に混じったことはない。
今日もそのはずだった。いつもと違うのはカバンの中がパンがもたらすものではない重さがあることだ。
「あれ?神野くん、お弁当なんだ。珍しいね」
小清水がその机にパンではなく、直方体の塊が乗ることに不思議な顔を浮かべていた。光太朗とかつて同じクラスだった者は、親しい親しくないに関わらず、光太朗がパン食であることを嫌でも分かるほど、昼に教室を出たことはない。
「ああ。白崎にもらった」
その発言に小清水だけでなく、クラス中の空気が凍り付いた。
「ちょ、神野くん!」
顔を真っ赤にさせつつ、隣の男子を睨みながらも詰め寄るのは百合花だ。
「なんで言っちゃうの!?」
「どういうこと!ゆりちゃん!」
友人の追求。クラスの男子の落胆の空気、様々な感情が渦巻き、昼休みの2年1組の教室は、阿鼻叫喚の空気に包まれたのだった。
「だから!これは!叔母さんが入院している神野くんのことを心配して!」
百合花の必死の弁明に納得したのしていないのか。
家族ではない蛇ノ目に頼まれた、と無理やり引き合いに出して言い訳がましくまくしたてる。
その場はひとまずの落ち着きを取り戻した。
男子たちを取り巻く落胆の空気は何とか蘇生。
「この状況でお弁当を食べ続けているの、逆に凄いね」
百合花はそんな教室の混乱もどこ吹く風、マイペースに弁当に箸を運び続けている光太朗を何処か非難めいた目で見る。
百合花が小清水に覆いかぶさらんばかりに釈明の言葉を吐き出す中、我関せずと言った様子の光太朗は、食事を冷静に続けていたのだ。
「美味かった」
「そりゃどうも・・・」
アンチホープと戦っていた時よりもを上回る疲労感を残し、百合花は自分の机に倒れ込むのだった。
「どうだったかね。初めての手作りお弁当の成果は」
意地悪そうに聞く蛇ノ目。その結果は、言葉にせずとも空っぽの弁当箱が如実に証明しているだろう。
百合花は未だ憮然とした表情。クラスの前で、あんなことまで詳らかにしなくてもいいのに、と。あの時のことを思い返すと、今でも肝が冷える。
昨夜。
光太朗の家を飛び出した後。
その足で百合花は蛇ノ目の研究所に向かった。
そこでアフロディーテに懇願したのは、決して得意とは言えない料理の向上だった。
それはあくまで、光太朗の食事環境を嘆いて差し伸べただけだ。あのラネットとかいう女の子とは何ら関係ない。うん。
と、そこに百合花にとって、もっとも忌むべき存在が現われた。光太朗と共に。
「おお、来たか」
蛇ノ目は熱いお茶をひとすすりしてから、目の前に現われたラネットに慧眼のような視線を差し向ける。
ラネットはキッチン・ダイニングを一瞥。
「・・・付いてこい、だなんて言うからん何事とかと思ったけど。・・・誰?このおじいちゃん」
「お初お目にかかる。ワシの名は蛇ノ目。しがない科学者じゃ」
「ふうん。で、その科学者とやらが、何の用?」
「ワシはヴァイオレットバイパーを通じて、あの夜、事故現場での様子をモニタリングしておった」
それは、光太朗にとって思い出したくもない事件。
「ワシの計算では、あの事故では数百人単位での負傷者が出る見込みじゃった。最悪死者ですらも、な」
だが、奇跡的に死者はでなかった。
幸運。
偶然。
それこそ奇跡。
だが、科学は絶対。計算上起こり得る事象は、全て現実の物になる、はずだった。
その考えは、百合花や一織という同じく不可思議な力を持つ存在と出会った今でも変わらない。
不可思議な力は不可思議なりに、そこには何かしらの理論、原因がある。
完全な人の手に余る異常な力は存在しない。そこには、何かしらの要因がある。
そして爆発は起きた。
だが、その炎に飲み込まれた人間は、誰のひとりもいなかった。これが現実だ。
「その時に、こちらが捉えた奇妙な反応だ。ワシの研究所の計器が、異常を示し、次の瞬間には全ての人間が救出されていた」
それは、光太朗も感じていた。
トンネルの中でラネットがうそぶいた「時間を止めた」という発言。
「お嬢ちゃんが不可思議な能力を持つ魔法使いなる存在というのは光太朗から聞いている」
時間を止める。その間に怪我人を引き上げたのだろう。事実、光太朗はその中で怪我人を救出した。
普通なら馬鹿らしく突っぱねているその現象も、全ての人間が助かったのなら、疑う理由はない。
蛇ノ目の興味は、さしあたってラネットの能力の正体。そして、彼女の能力だ。
「ああ、あれね」
ラネットはそれは既に過ぎ去った過去のように。思い出したかのように表情を変えながら、懐に手を入れた。
細い鎖で繋がった何か。その先には銀色の円盤状の物体。
実際に見たことはないが、光太朗にはなんとなくわかる。盤面に二本の針があるそれは、懐中時計というものだ。
「あたしたちみたいな存在は、どこか異世界に赴いた時、何か身の危険を感じた時に時間を止めて危機を回避することが許されてるの。あの時は、これを使って止めたわ」
「・・・それを、触らせて貰ってもよいかな」
「いいけど、コレ自体は普通の懐中時計よ?時間停止の魔法も、私じゃなくて賢者様が込めてくれたものだから、一発限りの奥の手だもん」
懐中時計を外し、ラネットはそれを蛇ノ目へと差し出す。
蛇ノ目はモノクル越しにあらゆる角度から眺めるが、ラネットの言う通り、それは何の変哲もない懐中時計なのだろう。それは間もなく主の元へ戻った。
時間停止は、見習いの魔法使いには到底行使できない上位魔法であるのと、一度こっきりの、ラネットの言葉通りの緊急非難の手段であること。
「では、お嬢ちゃんはそんな奥の手を使ってまで、あの事故の収束に尽力してくれた、ということか?」
蛇ノ目のその言葉に、ラネットは不敵な笑みを浮かべ。
「あんな大事故の現場だったら、願いの欠片の発現があると思ったからよ。実際、上質の検体が取れたわけだし」
嬉しそうに、小瓶の連なる懐をラネットは手でぽん、と叩いて見せる。
「その、願いの欠片なる存在の生み出される条件は、一体どんなものなのだ?」
蛇ノ目の問いに入れ替わるように、ロディマスがカバンのフラップを押しのけ、顔を覗かせる。
「それは私から説明しよう」
ロディマスがカバンから身体を抜き取り、床に華麗に着地。
「願いの欠片とは、人と人との繋がりが生み出す絆の結晶。恋人、夫婦、家族、親子、友人、師弟、兄弟、姉妹。全ての人間の繋がりの間に、その輝きの種はある」
そう言って、ロディマスはその場にいる全員の顔眺めるように一瞥。
「では、我々の間にも願いの欠片が生まれる可能性はあるのじゃな?」
そうだ、とロディマスは首の動きで肯定。
「ただし、そのふたりからは、ひとつの関係の願いの欠片しか採取できない」
「・・・どういうことだ?」
「例えば」
ロディマスは目で蛇ノ目、光太朗を指し、
「貴殿らふたりが友人なら、友人色の願いの欠片が生まれる。そして、それはその関係のままでは二度と生まれない」
そう前置きした後、
「貴殿等が『家族』となったのなら、新たに家族色の願いの欠片が生まれる可能性がある」
ひとつの関係からはひとつの願いの欠片しか生まれない。これがルールであるらしい。
「もっとも、その質の違いには上下があるがね」
「その点、あんたから生まれた願いの欠片は、思いも寄らない上質なものだったわ!」
ラネットが取り出した、光太朗と涼香の間から生まれたという願いの欠片。
「純度も高い、本物の『その関係』からでもなかなかお目にかかれない代物よ」
ロディマスの目が、穏やかなものになり、口を開いた。
「紛れもない、『家族色』の願いの欠片だ」




