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ACT23・LITTLE WITCH

 蛇ノ目宅。

 憔悴しきった様子の光太朗。蛇ノ目は彼の行動を責めることが出来なかった。

 先程の事故現場での光太朗の行動原理は全て、叔母である涼香を守ること、救うことだけに注がれていた。

 大切な人間を守りたい、という気持ちは分かる。他にも苦しみ、助けを求める人間を置いて動いたこと。

 交わす言葉もそこそこに、リングはそのまま蛇ノ目が預かることにした。

 事故現場では、蛇ノ目がモニタタリングしていたデータに異常な反応があった。現場では、蛇ノ目にも理解できない、何か得体の知れない力が働いたのも。それも含め、話を聞ける状況ではなさそうだった。

 少し、光太朗には身も心も休める時間が必要かも知れない。そう判断した。


 光太朗は力なく、家路へ向かう。

 右手がこれほどまで軽いのは久しぶりだ。

 右腕に何かを、誰かを救う力があっても、取り零すことがある。

 見ている者全てを救うことなど、甘い幻想なのだろうか。それが、たったひとりの女性だとしても。

 ポケットの中に手を入れた時、飛び出して来た時に家の鍵を施錠していないことに今更ながら気付いた。

 それほどまでに光太朗は身を焦がし、焦り、心のままに動いた。

 とにかく、今日は疲れた。

 家の先が見えてきた時、光太朗はそこに何者かの影を見た。

「鍵もかけないで、不用心じゃん?」

 薄い、赤い髪を2つに結った房が、夜風に揺れている。

 手には、身の丈ほどはある箒を手にし。肩からカバンを掛けた、少女。

 光太朗はその姿に見覚えがあった。

 不遜な笑みをその顔に称え、真っ直ぐで大きい瞳を光太朗へと差し向けている。

 トンネル内で出会った、謎の少女。

 あの時は気が動転し、その存在に何ら大きな不信感は抱かなかったが、冷静になってみると、異常性を思い起こさせる。

 高熱、黒煙で満ちるトンネル内を、防護服も、ましてやスケイルアーマーも身に纏わず、その姿のまま光太朗と行動を同じくしていたのだ。

「・・・誰だ?あんたは」

「あたしの名前はラネット・アルトラス。『リウィッチ』を目指す、魔法使いよ!」

 そう言って、自分をラネットと呼んだ少女はニヤリ、と光太朗に向かって快活な笑顔を向けたのだった。


 神野家のリビングには、テーブルを挟んでラネット。その対面には光太朗。テーブルには、家を飛び出す前と寸分違わぬ、冷めた食事が並んでいる。

 ラネットは、その料理を物珍しそうに眺めている。

「・・・・・・」

 百合花よりは年下、一織よりは年上、といったところだろうか。

 光太朗としても別の意味での興味はあった。

 人間が生身では足を踏み入れられない状況において、何の支障もなく動けていたこと。そして、怪我した人間を助けてくれたこと。

「君は、一体誰なんだ?何者なんだ?」

「言ったでしょ?アタシはリネット。魔法使いよ。・・・見習いだけど」

・・・魔法使い。

 いつもならその単語も一笑に付すところだが、似たような前例を知っているのと、実際に体験した不可思議な状況を、それを簡単に否定することが出来ないでいる理由だ。

「それだけでは説明は足りないだろう」

 突如、第三者の声が聞こえる。

 光太朗のものでも、ラネットのものでもない、深く、重い声が。

 肩に掛けたラネットのカバンがモゾモゾと動き、フラップを押しのけ何者かが姿を現す。

「お初お目にかかる」

 それは、犬だった。

 犬の犬種には詳しくないが、ブルドッグのような、顔にシワを宿している。

「あまり驚いていないようだな」

 その犬のぬいぐるみは、妙齢の渋い名俳優のような声色で、光太朗の顔を見上げている。光太朗も、似たような存在を知っているからだろう。さしたる驚きはない。

「私の名はロディマス。以後お見知りおきを」

 そう言って、ロディマスは目を伏せ、カバンの中から礼をするように首を縦に動かして見せた。

「我々は、ある目的のためこちらの世界に赴いた」

 こちらの世界、というキーワードで、目の前の少女が異なる地に住む存在だと気がつく。それに、喋る犬など自分たちの世界ではまずお目にかかれない。

「まさか、『マギアス』か?」

 その単語に、ラネット、ロディマス共に眉をひそめる。ロディマスの姿に半白半黒の知り合いの影を見たからだ。どちらかと言えば宇宙から来た存在には見えない。

「マギアス?否、我々の住む世界はそのような名ではない。我々は『ウィズラント』という場所から来た」

 マギアスでも、宇宙からでもない、ってことか。

「その、異世界からのお客さんが一体何の用なんだ」

「理解が早くて助かる」

 ロディマスがそう言った後。

「あたしたちは、ある目的のためにこの世界に来たわ」

 ラネットがロディマスの言葉を継ぎ、先と同じ言葉を示す。

「魔法使いとして、こっちの世界で修行し、魔法使い昇進試験の合格!」

 鼻息も荒く、ラネットは昇進試験とやらの合格を高く掲げる。

「そのためには、身を落ち着ける場所が必要だわ。どんな事件に遭遇しようと、フットワークを軽くできる住処が」

 光太朗の目を、ラネットのニヤリとした視線が捉える。

「どうやら、この家にはあんたしか住んでいないようだし、部屋も有り余っているでしょ?」

 本来の家主である父親と母親であるはずの部屋は今、息遣いも感じられないがらんどうなのは確かだ。

「・・・まさか、ここに住まわせろ、って言うつもりじゃないだろうな」

「察しも早くて助かる」と、ロディマス。

「何かが終わる度にあちらに帰るのもめんどいし」

 それはそちらの都合だろう。光太朗には、ラネットをこの家に置く必要も、義理も何ひとつ無い。涼香を救ってくれたことに尽力してくれたのには感謝しているが、それとこれとは話は別だ。

 光太朗の答えは想定内なのだろう。ラネットはその口元を笑みで形作って見せる。

「こちらの世界に来るにあたって、こちらのことを調べたわ。この世界が私達の世界とはまるで生活様相も、環境も異なるということ」

 そして、と続け、ラネットはカバンから何かを取り出す。

 それは、様々な綺羅びやかなデコレーションで施したスマートフォンだった。

 その画面を操作し、盤面を、光太朗へと向ける。

 そこには。

 ヴァイオレットバイパーの変身を解除する、スケイルアーマーが解けた瞬間の姿を収めた写真だった。

「あんたがこの世界の平和を守るヒーローとして活動しているのも知ってるわ。ゴンドラを助けていた場所に私もいたもの」

 光太朗の背筋が、冷たいもので流れている。

 光太朗がヴァイオレットバイパーとして戦っているのは、一部の人間しか知り得ないことだ。

「・・・脅すつもりか?」

 ラネットはその顔に邪悪な笑みを浮かべ、

「いいええ。協力しようって言ってんの。あんたは街の平和を守る、アタシはそのお零れをもらう。WIN WINの関係ってわけ」

「どういうことだ?」

 ラネットは、立ち上がると身に纏ったローブの裾の片側をめくる。そこには、細いロープに吊るされた何かが。

親指サイズの透明の小瓶。

 空の小瓶がロープにくくりつけられ、それが何十個も連なっている。

 その空の小瓶の中のひとつ。ひとつだけに中身が入っている。

「人と人との結びつきが強く起きた時、そこに強力な輝きを生むわ、これはその結晶『願いの欠片(ウィッシュガスト)』」

 一見、水のような液体だ。瓶の中に、液体であるという証明の波が揺れている

 例えるなら、瓶に詰めた液体に、ラメやラインストーンをまぶしたような。温かな光すら感じる。

「・・・願いの欠片(ウィッシュガスト)?」

 少なくともそれは、光太朗の初めて耳にする単語だ。百合花からも、一織からも聞いたことはない。

「これを規定数集めることが、あたしの目的。それが昇進試験」

 空瓶は軽く見ただけでも、片手では数え切れないほどある。それを全て一杯にするのか?骨の折れる作業に思える。

「それはいつまで掛かるんだ」

 期限がわからないと、簡単に頷けないところがある。いや、まだこの家に置くと決まったわけではない。今も光太朗にはどういう言い訳でラネットを追い返そうか画策しているところだ。

「一本貯めるのは簡単だったわね。何しろこれは、あんたから採取したヤツだから」

「・・・何だって?」

 あの瓶に満ちた液体が、自分から出たものだと?

「あの、怪我した女の人に寄り添っているあんたが生み出した輝きよ」

 あの時。

 救い出した涼香の無事な顔をそのメットの中に映していた時。あの時に?

「凄まじい純度の高い願いの欠片(ウィッシュガスト)だわ。これクラスが揃えば、誰も文句言わないでしょ!」

「あの母君を想う貴殿の心。こちらが見るのも眩しいほどの輝きを籠もっておりました。よほど大切に想っているのでしょうな」

 何か、触れられたくない部分に触られたようで、光太朗は身体を熱くすると共に、自分の顔が焼けていくのを感じる。

「やっぱり肉親との繋がりが、最も強い輝きを生む!ここに居ればより良い願いの欠片(ウィッシュガスト)が手に入りそう!」

「・・・あの女性は、母親じゃない」

 その、複雑なもので歪む光太朗の表情を見て、ロディマスは目を伏せる。

「・・・そうであったか。心無い配慮、謝罪する」

 そんな身体を沈ませるロディマスとは違い、ラネットは極めて陽気にスマホ画面を押し付け、

「で、どうすんの?ここに置いてくれんの?くれないの?」

 その選択肢の答えは、実質ひとつしかないのだろう。

 ラネットの邪悪な笑みが、怪しく揺れる。

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