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ACT22・ANOTHER MAGICAL GIRL

 台所には、涼香が持ち込んだ食料の数々が並んでいる。

 冷凍庫には作り置きの料理。冷蔵庫にも無数のタッパーが詰め込まれ、それが一面を覆っている。インスタントやレトルト食品も、まとめて台所の一画に収まっている。

 本当に涼香には頭が上がらない。

 だが、彼女の助けを両親を失った直後はまともに、その優しさと共に受ける気にはならなかった。

 光太朗を助けるその気持ちさえ、当時の自分には全て打算的に思えて、疑心暗鬼に感じて。

 光太朗が感情をグシャグシャにさせて放つどんなに汚い言葉も、渦巻く黒い感情も、彼女は本当の母親のように、親身になって受け止めてくれていた。

 それは、姉の忘れ形見だから、残された子供を哀れに思ったからなのだろうが。

 涼香は月に数度ほど神野家に訪れ、身の回りの世話、食事、諸々。全てを世話してくれる。自分の仕事もあるのに、自由を犠牲にして。

 涼香は長距離バスで神野家と自宅を往復している。その行動こそが、自分の身を切ってまで光太朗を世話していることの証明になる。少しでも、経費を節約して、それを光太朗に回すためだ。だから、無駄なものにお金を割かせることは出来ないのだ。

 かつて、光太朗が自暴自棄になっていた時、どんな末路を辿ろうと、お節介に人助けに走りその身を危険に晒しても。

 その結果命を落とせば、彼女の負担を減らせると、歪んだ考えを持っていたのは確かだ。

 その甘ったれた考えは、蛇ノ目と出会い。

 百合花と出会い。

 その他にも、光太朗の思考を変えるほどの仲間に出会い、変わった。

 今はこの残された命を大切にしつつ、自分のような人間を少しでも減らすため、世を忍ぶ仮の姿となり、世界を守ることを再度誓った。


 光太朗と百合花が、その主の部屋でお茶とお菓子を嗜んでいる頃。

 その窓を遠くから覗き見る、もうひとつの影。

「ほほ〜。おあつらえ向きに、この家にはあの男子しか住んでいないようね」

 少女が手の指を輪っかにし、双眼鏡の覗き込むような姿で構え、呟く。

「・・・だが、同居人がいるようだが」

 懐から聞こえる野太い声に、少女は。

「この家の住人じゃないみたい」

 何故か、嬉々とした表情。

 断っておくが、ここは遥か上空。

 はためくローブに身を包み、何か、棒のような物に跨っている。

 再度言おう。ここは地上より上空だ。

 だが、下は住宅街。通行人もいる。

 薄闇が周囲を覆っていたとしても、そこに人影があるのなら、違和感がある。歩いている人から見れば十分気が付く距離だ。だが、何故かその少女の姿を視認することのできる人間はいなかった。

「む?ターゲット宅に異変あり」 

 野太い声に、これからの安息を思い浮かべる少女の意識が引き戻される。

 家の中から異音が聞こえ、間もなく玄関から目的の少年が飛び出して来た。

 その身を紫色の鎧に身を包み。

 揺れるローブの奥。少女が愉しそうに笑みを浮かべた。


 涼香が神野家を後にしてしばらく発つ。

 アフロディーテの完璧な料理も美味いが、涼香の作る物は、それとは違う温かさを持つ。

 涼香はそれまで料理ひとつしたことのない人生だったらしい。それは、その領域に関しては優秀な姉がいたからだ、と聞いたことがある。

 光太朗の境遇を哀れに思い、料理を施すために覚えた、と考えるのが自然だろう。

 作ってくれた涼香に感謝しつつ、箸を口元に運ぶ。

 ひとりの寂しさを埋めるように、リビングでは薄くテレビの音がBGM代わりに流れている。それを視界の端に収めながら、光太朗は食事を続けている。

 突如テレビ画面が切り替わり、それが緊急性を孕んだニュースを読み上げる。

 某所幹線道路で玉突き事故が発生。トンネル内には引火の可能性のある積荷を乗せたトラックがいる、とも。

 すでに目を覆いたくなる光景が画面に映し出されている。これより先、もっと悲惨な出来事が起きるかも知れない。

 光太朗の箸の動きが凍りつく。

 それは、涼香が家に帰るために用いている道路だった。


 光太朗は家を飛び出した。

 ヴァイオレットバイパーへと変身し、全速力で駆ける。

 蛇ノ目の許可なく変身した場合、その反応は研究所に届、知らされる。

『どうした』

 ヴァイオレットバイパーの能力は、世界の平和を維持するためにあり、私用に用いることが禁じられているからだ。

『緊急事態か?』

 光太朗の無言を『そう』だと受け取ったのか、蛇ノ目はそれ以上追求しなかった。

 光太朗は、先ほど見たニュースを告げる。

「俺の、叔母さんが向かったところだ・・・!」

 焦り、焦燥を滲ませた声で、絞り出す。

「お嬢ちゃんには連絡したのか?」

 それが、百合花であろうと、一織であろうと、説明している時間すら惜しい。

 それに、こんな乱れた心のまま、会いたくはない。

 博士の言葉をどこか遠くに感じながら、光太朗は全速力で夜の街を駆け抜けていった。


 どうしてこうなる。

 それは、光太朗の生まれながらの業なのか。両親だけでなく、それに近しい人物まで奪っていくのか。

 どうしようもない怖気が光太朗を襲う。

 逸る気持ちとは反対に、身体が温まらない。こんなに全速力で駆けているのに。それが、光太朗の身に纏うスケイルアーマーがもたらす効果だとしても、だ。

 自分は呪われているとすら感じる。

 人並みの幸せすら求めてはいけないのだと。

 両親が亡くなり、たらい回しにされた光太朗。そんな不幸の元凶。残された忌まわしき子供を避けるように。

 そんな中、手を差し伸べてくれた涼香。

 彼女まで失ったら。

 光太朗は本当にひとりになってしまう。

 

 辿り着いた場所は、地獄絵図だった。

 折れ重なった乗用車が隙間を容赦なく埋め。

 トンネルにもそれは及んでいるのだろう。

 救助隊が必死に人命を救うために動いてくれていた。救助用のロボットまで出動する事態だった。しかし、トンネルの中にまで向かうのを躊躇っているように思える。

 光太朗は、メットの中で視線を彷徨わせる。

 乗用車じゃない。軽自動車でもない。トラック、違う。

 バスだ。

 涼香の乗った高速バス。

 見える範囲には見当たらない。・・・トンネルの中か?

 周囲の人が、この凄惨な中に置いて、まるで救世主のように思える紫色の戦士を視界に収める。

「ヒーローが来てくれたぞ!」

「助けてくれ!こっちだ!」

 救いをもたらす紫色の戦士を、周囲は歓迎する。だが、今の光太朗の思考は、全ての人間よりも、たったひとりの女性しか見えてなかった。

 ひしゃげる車体を、人々の助けを横目に、光太朗は駆ける。

 車の天井を靴底で打ち抜き、ボンネットを破壊し。車を足場にして、トンネルの方向へと。

 重装備のレスキュー隊が、入口で奮闘している。運び出した怪我人を、ストレッチャーで運び出している。

 そんな中にも、涼香の姿はない。

 仄暗い奥の状況がどうなっているのか分かり兼ねているのもあるのだろう。怪我人の救助は難航しているのがありありとわかる。

 ヴァイパーならば、どんな爆発の中だろうと耐えられる。だが、残された人間は、別だ。

「博士、『オーバーワーク』だ!」

『無理だ!たった10秒こっきりじゃ、全ての人間は救いきれん!』

 オーバーワークは、ヴァイオレットバイパーの本来の力を引き出す装置。

 現段階ではその使用時間には制限があり、時間にして約10秒。それ以上は光太朗の身体に負荷を掛ける。そしちぇ、再起動までには長時間の冷却を要する。例えオーバーワークを行使して誰かを救っても、再起動の間にも凄惨な状況は容赦なく進むだろう。

「涼香さんだけ助けられれば、それでいい!」

 その信じられない台詞に、蛇ノ目は言葉を失った。

 ヒーローは、命の取捨選択をしてはならない。少なくとも蛇ノ目はそう思うし、光太朗も、今まで目に見える全ての命を救おうとしてきた。それが出来ないほど、光太朗の頭は混乱、動揺しているのか。

 この車の群れの中にバスがいるかも知れない。もしかしたら、そのバスはターミナルからまだ発車していないかもしれない。はたまた幸運にもトンネルをすり抜けているだけかも知れない。

 その希望的観測は全て意味はない。この目で涼香の無事を確認するまでは、安心できない。

 蛇ノ目は落胆した。

 光太朗は、全ての悪を許さない正義感に満ち溢れた少年だ。

 光太朗をヴァイパーへと改造する際、彼の家族構成を洗った。涼香という人物が、彼にとっての最後の砦であるということも。

 光太朗はまだ高校生だ。

 まだまだ未熟だ。

 そういう思いに駆られるのを、蛇ノ目は否定することができない。

 普段言葉数も少なく、クールに思える少年にも、胸の中に熱く秘めた大切な人への想いがある。それは決して、不自然なことではない。それが、彼が人間だということの証明だからだ

 瞬間。

 トンネルの奥から、何かが爆ぜる音がする。

 光太朗は、半ば無意識のまま。

 トンネルの中へと飛び込んでいった。


 トンネル内部は黒煙で満ちていた。

 スケイルアーマーのお陰で、それがもたらす熱、煙から身を守れている。

 生身で入ったら、ものの数秒で意識をなくす。最悪、死が待っている。

 中で無数の人がシートに預けているのを尻目に、光太朗は駆ける。

 バスは!

 どこにもいない!

 黒煙が煩わしい。

 まるで質量すら感じるそれを手で払い除けながら、奥に進む。

 すると、そこには。

 玉突きの原因、さらに視線で奥にそれを認める。

 無惨なまでに詰め込まれた車体、その後部に、大きい車体が見える。

 光太朗は足に力を込め、駆ける。窓の外から内部を伺う。

 全員目を伏せ、意識を失っている。

 その中に。

 いた。

 苦悶の表情を浮かべている、先ほどまで家にいた、涼香を。ほんの少し前まで、一緒に話していたのに。

 逆流しそうな胸の支えが解け、光太朗は安堵する。

 いや、まだ見つけただけだ。本当に無事かどうかは・・・。

『光太朗!急げ!熱源反応が奥にある!』

 爆発の可能性がある!と蛇ノ目は告げた。と同時にアフロディーテもサポートに回した、とも。

 そんなの、待っていられない。

 前方に回ると、バスのフロントガラスは全て砕け、黒煙が車内にも侵食している。

 だめだ。

 蛇ノ目はヴァイパーのメットを通じて解析した情報を見て、歯噛みする。

 間もなく事故の原因となった物に、引火する。それは数分後か、数秒後か。

 光太朗は無事でも、乗客はただでは済まない。

 絶対的な力を持ったヴァイパーとはいえ、救えない命もあるのだと。

 それは、科学者としての限界か。

 だが、光太朗は諦めていない。

 ひしゃげたフレームを引き剥がし。 

 前に進む。

 先程の光太朗の発言を、蛇ノ目は愚かだと否定できない。

 大切な人を失った光太朗。

 そういう人間を二度と生み出したくないと協力してくれた光太朗。だが、その指からまた命がこぼれ落ちようとしている。

『涼香さん!涼香さんっ!』

 懸命に叫ぶ、光太朗の姿が痛々しい。

 蛇ノ目は、その想いを手助けできない自分を恥じた。

 モニター上の熱源反応が、無情にも膨らんだ。


 揺らめく黒煙が、その動きを止めた。

 文字通り。

 何が起きているのか分からず、光太朗は周囲を見回す。

 燃え盛る爆発は、起きない。

 道路に落ちている、ひしゃげた車体から散った炎も、その揺らめく動きが止めている。

「・・・博士!?博士っ!?」

 不可思議な現象に戸惑いながらも、光太朗はメットの向こうに言葉を飛ばすも、応答はない。

 理解が出来ない。

 自分だけが生き残り、他の人間が炎に飲み込まれた、ならまだ分かる。

 傷付く乗客はそのまま。

 焼き尽くすこととは反対の、まるで全てが見えない冷気で凍りついたように。

「無駄よ。時間、止まってるから」

 その声に、光太朗は振り向いた。

窓の外。

 誰かがいる。

 そこには、ニカっ、と笑みを向ける少女。

 淡い、赤い髪を2つに結った、房が揺れる。

 肩にはカバンを斜めにかけ、手には何故か棒のようなもの。それは箒に見える。

 無論。こんな熱や車の残骸で満ちたここを、そんな箒の一本で掃除をしに来た、なんて思わない。明らかに異常な格好だ。

 いや、既に自分は異常の渦の中にいるはずだが、それをも上回る理解の範疇を越えた出来事。

 それに、彼女は今、何を言った?

「・・・時間が、止まっている?」

「ほら。グズグズしている時間はないでしょ。さっさと助けなきゃ」

 言われ、自分の置かれている状況を見る。

 苦悶のまま目を伏せている涼香。

 光太朗は彼女を抱きかかえ、窓を蹴破り、脱出。

 涼香と、ひしゃげた車から生存者を背負い、出口へ向かう。

 背後からはゴゴゴ、と音が聞こえ、何事かと顔だけを後に向けると、信じられない光景が広がっていた。

 潰れた車体が、一まとまりになった団子状の塊から引き剥がされ、何かに操られるように、無数の車が出口へと導かれる。

 謎の少女が箒を杖代わりにし、まさに魔法使いのごとく。潰れる車を操り、それを出口に導いているかのようだ。

 トンネル内とは違う、闇夜の中に光太朗は辿り着いた。未だ夢見心地のまま、背後を見る。

 まるで、トンネルが何か生物の口みたいに。食べた物が逆流するように。

潰れた車が少女につられて次々と吐き出されてゆく。

 お陰で、トンネル出入り口は車の廃棄場の如く押し迫っていた。

「これで、最後!」

 少女の言う通り、運転手を車体に収めた車を、見えない糸で引っ張り上げるように。

 空気が変わる。

 喧騒が耳に届く。

 刹那。

 凄まじい轟音と、熱が漆黒の口腔から吐き出された。

 その音で意識を取り戻した周囲の人。レスキュー隊員。

 何が起きているのかわからない様子だ。

 光太朗も、わからない。

 傍らの涼香を見る。

「う、ううん」

 と、苦しそうに息をする姿に、光太朗は身体を弛緩させ、安堵する。

「・・・大丈夫ですか」

 涼香の視点の定まらない目が、紫色の仮面に集まる。

「・・・あれ、私」

 力なく、零れる涼香の言葉。 

 本当に、良かった。

 メットの中で涙が溢れるのを堪え、光太朗は立ち上がる。後は、レスキューに任せよう。

 後ろ髪引かれる思いで、光太朗は跳躍した。

 気が動転して、音声変換を使わなかったが、今は良いだろう。

 涼香が無事だったという事実だけで、十分だ。

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