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ACT21・FIRST CONTACT

 光太朗がヴァイオレットバイパーとして街を襲う脅威を退けた後は、もれなく蛇ノ目の元へ帰還しなければならない。

 行動、戦闘データは逐一リングに記録され、それは今後の活動の礎となる。それを回収、フィードバックするためだ。

 今回も例に漏れず、光太朗は蛇ノ目の研究所を訪れた。

 一階はごく普通の民家然の佇まい。

 表向きの職業である解体業を示すように、傍らの鉄柵で覆われたスペースには、うず高く積もる鉄くずや機械、家電ゴミが転がっている。

 これは博士の研究、ヴァイパーの強化、整備、の金策の種となる。

「おお、帰ってきたか」

 妙齢の老人、蛇ノ目は相も変わらず旧型のパソコンモニターから椅子を回転させると、光太朗の帰還を喜んだ。

 光太朗は右手首に付けてあるリングを外す。

 それは変身するためのアイテム。

 それを受け取った蛇ノ目は、リングをケーブルで経由し、パソコンへ繋ぐ。

 光太朗には理解しがたい文字や数字の羅列が泳ぐモニターを、蛇ノ目は軽やかな指の動きで踊る。

 データ更新はものの数分で終わり、リングは元の光太朗の右腕に収まった。

「光太朗、今日も夕飯を食っていくか?」

 食事を蛇ノ目家で摂るのが、最近の光太朗の習慣のようになっている。今も一階から漂う美味そうな香りが光太朗の腹を刺激していたところだ。

 ひとり暮らしで自炊もしない光太朗にとって、ここでの食事はまともに腹を膨れさせる、貴重な機会だ。

 蛇ノ目にとっても彼との食事は、研究に没頭する中に置いて数少ない楽しみのひとつでもあった。

 だが、光太朗にとって、今日に限ってはそれは後ろ髪を引かれる思いだった。

「悪い、博士。今日は早く帰らなきゃならないんだ」

 蛇ノ目の眉が微かに動く。

 光太朗は、今現在ひとり暮らしの身のはずだ。

 家に帰ろうが、そこに誰かが待つことはあるまい。蛇ノ目は、そこに何かを察した。

「ほほう。もしかして、白崎のお嬢ちゃんと、デートかな」

 蛇ノ目としては、光太朗が誰と付き合い、誰と愛を育もうと構わない。むしろ、そうして欲しいと願うばかりだ。それはきっと、光太朗にとってより良い効果を生むだろう。

「そんなわけがないだろ」

 光太朗はそんな蛇ノ目のからかうような言葉も一蹴。

 蛇ノ目は、ただ自分の研究のためだけに光太朗を引き込んだのではない。それは、光太朗が普通の高校生活を営み、年相応の生活が担保された上で、である。彼の青春まで奪おうなどとは考えていない。

「そうか、じゃあ、飯はまた今度か」

 光太朗は研究室を後にし、一階へ戻る。いい匂いの漂う廊下の奥、人影と鉢合わせる。

 看護師服のようなデザインに身を包んだ、女性。光太朗はその女性が人間でないのも知っている。

 この蛇ノ目邸で博士のサポートをするメイドロボ、アフロディーテ1号だ。

「光太朗様、お食事の準備ができました」

 最近の決まりごとのようになっていたから、アフロディーテのその言葉を受けるのが当たり前になっていたっけ。

「ごめん。今日は用事なんだ。また今度お願いしていいか」

 光太朗の足の行く先がリビングではなく玄関先であることに、アフロディーテはその機械の能面に、僅かな悲しさを称えたような気がした。

「・・・かしこまりました。お気をつけてお帰りくださいませ」

 光太朗は靴を履き、足早に蛇ノ目宅を後にする。

 なんとなく、思い足取りのままで。


 百合花は学校にとんぼ帰り。

 ゴンドラの一件が終業間近に発生した事件であったため、カバン等を学校に置いたままだったのだ。

 当然、教室には誰もいない・・・はずだったが、そこには、クラスメイトがまだ会話に花を咲かせていた。

「あ、帰ってきた」

 百合花の隣席である小清水が、カバンを忘れて教室を飛び出したあわてんぼうを困ったように笑った。

 光太朗、百合花が世界を守る戦士として動いているのは秘密だ。

「あはは。困っちゃうよねぇ」

 百合花は、自分のうっかりを自分で笑う。

「神野くんもカバン忘れちゃってるしさ、百合花ちゃんと神野くんって、似た者同士だよねぇ」

 何か、含みのあるような目で、小清水、他の女子生徒の視線が百合花に集まる。

 転校早々に、偶然にも光太朗と出会うという経緯から、何かとふたりの関係を怪しむ女子も少なくない。小清水はその中に置いての純然たる百合花×光太朗派であった。

 その度に、百合花はそんなんじゃないよ、と否定するも、ことあるごとに屋上で逢瀬を重ねている、という噂からその疑惑が晴れることはない。

 実際には、それはお互いの共通の使命から、情報を共有しようとしている会議に他ならないのだが。当然、それは他人に言うわけにはいかなし、信じてもらえないだろう。

 そろそろボロが出そうなので、適した言い訳が欲しいところではあるが、百合花はそれを見つけることが出来ないでいる。

「神野くんのカバン、どうしようか」

 光太朗は、事件解決の度に研究所に戻っているのを知っている。

 今日、光太朗から大事な用があると言っていた。なので、今日は学校に戻ってこないかも知れない。

「百合花ちゃん、届けてあげれば?この前のお返しに」

 小清水が意地悪そうに口を三日月型に歪めて言う。

 以前、百合花はとある理由から負傷し、療養する時間があった。

 当然、その理由は大っぴらには言えないものだが。その際、学校からの連絡事項を光太朗が白崎家への来訪と共に届けてくれたことがある。その時のことは、あまり思い出したくない。未だに赤面してしまう事件だ。

 ふたりの絆が深まったのは事実だが、あるまじき失態を見せたし、母親の応対も含め、手放しでは喜べないのだ。

 でも、このままカバンを残して行くのもよくないだろう。

「・・・そ、そうね。しょうがないから届けに行くか」

 その言葉とは裏腹な行動に、小清水たちは満面の笑顔で百合花を送り出したのだった。


 ふたり分のカバンを手に、百合花は道を行く。

 何だか、感じたことのないドキドキで胸が満ちている。

 光太朗も、白崎家を訪れた時もこんな感じだったのだろうか。

 神野、と刻まれた表札を前に、百合花は息を整える。

 確か、彼は今この家でひとり暮らしのはずだ。

 両親が不幸な事故でこの世を去り、条件付き、時限的を理由にこの家に身を置くことを許されている、と。

 助けになりたいが、同じ力を持つということ以外は、百合花も無力な高校生だ。住まいまで力添えができるとは思っていない。

 百合花は意を決し、インターホンに指を掛ける。何のことはない。カバンを届けに来ただけだ。緊張などする必要などない。

 押し込んだボタンは、しっかりと家の中で反応しているだろうか。

 数秒の間の後、玄関先に気配を感じ、その気配通り、扉が開かれる。

「はぁい」

 その姿に、百合花は動揺する。

「・・・え?」

 そこに現われたのは、見慣れた友人の姿ではなく。

「どなたでしょうか」

 百合花よりは少し年上だろうか。

 きょとんとした表情の女の人が、玄関から顔を覗かせていた。


 光太朗に紹介されたその女性の名は、『宮守(みやもり)涼香(りょうか)』と言った。

 光太朗の母親の妹。

 彼からすれば叔母に当たる人、らしい。

 その説明を受け、百合花は内心ホッとしていることに、自分では気づかなかった。

 涼香は傍らの光太朗を肘先で小突きながら、

「いや〜。やるねえコウちゃんも。彼女がいるんだったら叔母さんに紹介してよ」

「そんなんじゃねえよ」

 努めて陽気な横の叔母を、光太朗は半眼で見る。

 当然、百合花の来訪の理由は、光太朗が学校に置き忘れていったカバンを届けにきたことにある。

「百合花ちゃん、だっけ」

 自分の名を呼ばれ、百合花はソファの上で思わず身を正す。

「コウちゃんと仲良くしてあげてね。この子、あんまり自己主張しないみたいだし、馴れ合わない一匹狼を気取ってるところがあるから」

 そう言いながら、光太朗の頭をワシワシと撫で回す。光太朗はその行動を鬱陶しそうにしているものの、あるがままに受け止めている。

 それは、叔母という立場だけでなく、ひとりの子供を心配する大人としての言葉に思えた。


 光太朗が両親が他界しているのにも関わらず、彼がこの家に身を置き続けられる理由は、彼女の力添えによるものが大きい。それにあたって、この家に関する全てのことを、彼女が負担している。

 それが光太朗にとっては心苦しく、自分の無力感を痛感する。

 どれだけの人間を救い、悪を倒すヒーローだとしても、どうにもならないことがある。自分の能力がどれだけ強大だとしても、自分の世界を変えることができない、理想と現実の乖離が激しいのだ。それが、光太朗には歯がゆく、もどかしかった。


 叔母の追求が激しいので、光太朗は百合花を伴って、自室に退避。

 光太朗のカバンを伴って訪れた部屋は、ひどく殺風景な部屋だった。

 寝るためのベッドと、後は机くらい。

そして、その机には、ひとりの子供を挟む、笑顔の男女の姿。

 それを見ると、百合花の心は苦しくなった。

「適当に座ってくれ」

 と、光太朗が促す通りに、百合花はベッドに腰掛けた。そして、それよりひとり分、距離を離した光太朗が腰掛ける。

 所在なさげに周囲を見回す百合花の視線に気付いたからだろう。

「いつかは引き払う家だ。物があったって仕方ないだろ」

 高校卒業までという期限付きの家だ。そういう考えに至るのも分からないでもない。

 でも、そこで百合花は思い出した。

「でも、神野くんは博士に頼まれて、世にはびこる悪を倒して、その報酬で借金を減額されているんでしょ?」

 それが、光太朗がヴァイオレットバイパーとして戦っている理由だ。

「借金を早く返して負担をなくせば、それ以降は神野くんにお金が入るようになるんじゃないかな」

 それは、悪を倒して世界の脅威を退けて。過酷な戦いに身を投じる、正当な報酬に思える。

 まるで名案みたいに言うが、光太朗の表情は優れない。

「仮に白崎の案に乗ったとしよう。だが、そんな出どころのわからない金を大っぴらにできるか?」

 その指摘に、百合花は言葉を失った。

 光太朗は仮面の戦士として正体を隠している。そんな高校生に到底工面できないお金がその場にあった場合、それを何の疑いもなく真っ当に受け取る人間など居まい。

「だから逆に、俺は覚悟が出来ている」

・・・それは、この家を去る覚悟だろうか。両親との思い出の残る家を捨てる覚悟だろうか。

 机に飾る写真が、彼の未練に思えて、光太朗の語る覚悟は、異なるものに思えて、百合花は胸が痛くなった。

「はーい。ごめんくださいねー」

 極めて陽気な涼香が、トレイ片手に扉を開く。いつか光太朗が白崎家に訪問したときと重なる。

 涼香はその手に飲み物と軽いお菓子を乗せ、

「殺風景な部屋でしょ?テレビでも、ゲーム機のひとつでも買ってあげるって言ってるのに」

 光太朗は心底出て行って欲しそう表情をしているのが、その口元でわかる。

・・・たぶん、そんなことをさせられないと思っているのだろう。そこまで世話になるわけにはいかない、と。

 それと共に、色々な遠慮をしてきたのだろう。押し込めてきた思いもあるのだろう。期限付きのこの家が、その最たるものだと思う。

 生活するため、生きるために必要な最低限のことのみを受けて。

「ごゆっくり〜」

 涼香は、百合花のことを、光太朗とどのような距離感にせよ、仲の良い人間だと思っているみたいだ。当然、それは同じ戦う戦士として、という部分が大きいだけなのだが。

 無音の静寂。

 話したいことがあったのに、緊張と、このような状況で、百合花は言葉が紡げないでいる。

 以前、光太朗は同じ戦いに身を投じる百合花たちを遠ざけたことがあった、

 それは、光太朗が自分以外の誰が傷付くのを必要以上に恐れていたため。

 幼くして母が逝き、父親まで失った彼の胸中は、百合花には計り知れない。

 それ故、光太朗は自分の命を軽視し、自分の身を呈して、自分が傷付くのも厭わず。戦いに身を投じた。

 まるで、自分が死んでも悲しむ人間がいないから、と言わんばかりに。

 そんなことはない。

 こうして彼を心配し、手助けしてくれる人がいるではないか。

 自分も、その内のひとりのつもりだった。


「じゃあねー、百合花ちゃん」

 神野家を御暇する際、涼香は玄関先まで見送ってくれた。

 百合花は一礼して、「お邪魔しました」と笑顔で腰を折る。

「また、明日ね」

 百合花が光太朗へと放ったその言葉は、明日も学校で会おう、という意味だけではなく。

 明日、それ以降の日常も、彼には穏やかに過ごして欲しいという祈りのように。

 百合花にとって、それが彼の助けになれば、幸いである。

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