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ACT2・白崎百合花

 ヴェノムクラスタなる人工金属がある。

 蛇ノ目博士が開発した、現段階では世界でもっとも硬く、且つ柔らかく。 

 しかし、どんな衝撃をも受け流すほどにしなやかな金属だ。

 その力の源は、『毒』だ。

 良薬口に苦し、ではないが、人智を凌駕する力には危険な反面がある。

 ヴェノムクラスタを人体に施しても、すぐに超パワーを享受できる訳ではない。それどころか、ヴェノムクラスタの放つ毒で体内が焼けただれる。

 それはヴェノムクラスタを悪意のある第三者に容易に使われないために、蛇ノ目が意図的に組み込んだものだ。

 体表から滲み出るヴェノムクラスタから分泌された毒は、外気に触れると硬質化し、ヴェノムスケイルと呼ばれる装甲となる。それがヴァイオレットバイパーの装甲を形作る。

 それは外敵だけでなく、己の体内からも守る、もっとも軽量でもっとも超重量の究極の鎧となる。

 ヴェノムクラスタの毒性とヴェノムスケイルの超重量に耐えるためには、特殊な人工筋肉での補助と、肉体の改造が必要になる。

 蛇ノ目が光太朗の命を救ったのはヴェノムクラスタだけでなく、人工筋肉の交換が必要な被験体が必要だったからだ。

 光太朗は命も助かる。蛇ノ目は己の技術を試せる。ウィンウィンな関係だ。

・・・だったら借金はもっと減額されるべきではないのか。

 そんな自分の人生がきっかり180度回転する春休みを終えた中、光太朗は走っていた。スーパーヒーローのような力を手に入れても、学校には通わなければならない。

 改造されても早起きが得意になった訳ではないようで。単純に遅刻である。

 蛇ノ目が言うにはヴァイオレットバイパーの状態なら言うまでもなく、身体能力は通常時よりも格段に強化される。足の速さ、跳躍力、もちろんパンチ力も。

 だが、蛇ノ目は通常生活での私用によるヴァイオレットバイパーの能力使用を禁じた。あくまでその能力は悪しき者を相手にする時にのみ使う力だ。

 今は所々身体の違和感は残るだろうが、強化超骨や超筋繊維が馴染む頃には日常生活には何の不具合もなくなるじゃろうて、とは蛇ノ目の談。

 そんな訳で光太朗は絶賛疾走中だ。

 光太朗が路地の角を曲がろうとした瞬間。

「きゃあっ!」

 光太朗の目の前に影が飛び込んできたのを認識した時には、何か柔らかい物を弾き返していた。

 何かが地面に擦れる音。それが人の姿と分かったのと同時に、宙を舞った学生カバンが虚しくアスファルトに落ちていた。

「・・・痛っ、たぁ」

 制服姿の女の子が、上半身は保ちながらも足を崩して倒れ込んでいた。どう考えても自分の不注意だ、と光太朗は自覚。

 反対に、未だ謎の素材で改造されたからなのか、女の子に体当たりをされても自分自身はびくともしないことに驚く。

 そんなことを考えていたのがいけなかった。

 女の子は自分が置かれている状況に気が付き、慌ててスカートを抑え込み、赤い顔で恨みがましく光太朗を睨み付けた。その視線は、「どこ見て歩いているんだ」とでも言いそうだ。

 年は光太朗と同じくらいか。その差に大きな差異はないと思われる。

 黒く、艷やかな髪を肩口で切り揃えた、制服姿。だだし、身に纏うのは光太朗の学校の女子制服ではない。

 光太朗は地面に伏せる女の子に向かって手を差し伸べた。

 女の子は差し出された手から視線を移し、光太朗へと見上げる。

 未だ不満顔の女の子が渋々といった様子で光太朗の手を取る。光太朗はそのまま女の子の身体を引っ張り上げる。

 必要以上に力が籠もるのに配慮しながら。

・・・ん?

 何故か、立ち上がったのにも関わらず、女の子は光太朗から手を話そうとしない。柔らかい手の感触が光太朗の中に残り続けている。

 女の子のその行動の意味に困惑し、光太朗は腕の先に視線を巡らせる。

 女の子の瞳は光太朗へと向いている。

 曲がり角でぶつかった相手が運命の相手だと、古典のようなシチュエーションを鵜呑みにしている訳ではない。

 何故なら、女の子の瞳は光太朗を見ている訳ではなく、かと言って恥じらいに顔を赤くしている訳でもない。それどころか女の子の視線は、何故か光太朗の胸の辺り。それも、険しい目で。改造されたことが後ろめたいとは思わないが、なんとなく身を正してしまう。

人の目にも写らないんだよな、ヴェノムクラスタは。

 女の子もその状況が不自然だと思ったのか、早々に手を引き、腕時計で時間を確認すると、カバンを回収する。

「ああっ!もう、遅刻しちゃう!」

 女の子も登校の途中で、光太朗と同様の状況であるらしかった。

 服やスカートを手で払い、ちらりと名残惜しさすら感じない視線を残し、女の子は駆け出して行った。

 制服を見るとどうやら同じ学校ではないようなので、普通に考えれば会うのはこれっきりだろう。そんなことを思いながら、光太朗も学校に向かうべく駆け出したのだった。


 学校に着くと、何やら教室の騒がしさが気になった。始業式を越え、同じクラスだ何だの熱が連日続いている・・・、というわけでもなさそうで。

 席に着きながら聞こえてくる情報を整理すると、どうやら話のタネは転校生の噂であるらしかった。

 新学期早々に転校か。まあ、事実であろうとなかろうと、自分には関係ない話だ。

 教室の一番左側、最後尾の席にて頬杖を突きながら外に視線を向ける。

 どんな奴だ。男か女か。周囲はそんな話で盛り上がっている。

 忙しいことで。

 光太朗は件の転校生てやらには興味はなかった。

 自分たちのクラスに来る保証もない。考えるだけ時間の無駄だ。

 と、そんな思考と教室のざわめきは、いつもの雰囲気ではない担任の登壇で寸断される。

「おーい、静かにしろ。お前は早く座れ。後がつかえているんだからよ」

 ガタイの良い、無精ヒゲの荒い担任が未だ噂レベルである転校生について話し込んでいる生徒たちに自分の席に戻るように促す。

 クラス中が色めき立つのを感じた。  

 その担任の発する言葉に意味があるのだとしたら、光太朗以外の人間が望むものがあると期待するだろう。

「このクラスに転校生が来る。仲良くしてやれ。・・・入りなさい」

 転校生の噂が事実であることと、その新たなクラスメイトの受け入れ先が自分たちの教室であることを、溢れんばかりの喜びを押し殺しているのを周りから面白いくらいに感じる。

 教室前方の扉がカラカラと開き、この学校指定ではない制服姿が現れた。

 緊張を孕むゆっくりとした足取りで教壇を昇る。

 教室中から男女問わずの感嘆とも取れない声が漏れる。

「自己紹介を」

 担任が促すと、黒板からチョークを打ち付ける音がしばし流れ。

白崎百合花(しろさきゆりか)です。これからよろしくお願いします」

・・・何処かで聞いた声だな。

 さして興味はないが、視線だけを教壇に向けた光太朗は、思わず声を上げそうになって踏みとどまる。

 教壇にいた人物にさすがに光太朗は驚きを隠せなかった。なぜなら、担任教師の隣にいたのは、まごうことなき、朝に曲がり角でぶつかった女の子だったからだ。

 マジかよ。こんな偶然もあるものだ。

 だからといって、転校生に興味はないのは変わらない。視線を再び窓の外に向けようと思った瞬間。

「あっ」

 転校生が声を上げた。

「あなた、朝の」

 転校生の方もさぞ驚いただろう。

 ただ、指をこっちにさしてくるのだけはやめてくれ。注目を集めてしまうだろ。

「何だ神野。知り合いか」

「いえ、見たこともなければ、会ったこともないです。初対面です」

 担任の問いにも、光太朗あくまで初対面を貫く。百合花は光太朗がなぜそんな態度を取るのかが不満そうに表情を歪める。

「何でそんなウソをつくの。朝に会ったじゃない。・・・先生、本当です!」

 光太朗としては、なぜそんなに食い下がるのかが分からない。やめろ、ますます居心地が良い悪くなる。今はただでさえ考えることが多いってのに。

「じゃあ、顔見知りみたいだし、席は神野の隣でいいか」

 考えることを放棄したのか、担任教師は脊髄反射のように転校生の席を光太朗の隣へと決めた。

「一番端の空き教室に、机と椅子が用意してある。神野、運んできてやれ」

・・・何でだ。

 だが、逆らう意思など最初からない。ここは大人しく従っておく。

 席を立ち、教室を出ようとする際、

「先生、私も手伝っていいですか」

 と、言葉を発したのは転校生本人だ。

「自分で使う物ですし」

 転校生の発言に担任は関心したように「おお、そうか」とその申し出を了承した。

 百合花は出口を潜ろうとする光太朗の背中を廊下に押し込んだ。

 扉を閉めた瞬間、背後でどよめきが起きていたのは言うまでもない。


 廊下はコの字の造りになっており、その一辺は今まさに退室した光太朗のクラスを含む3つの教室が並んでいる。

 コの字を形成する直角を挟んで向こう側のもう一辺には同じく3つのクラスが並んでいる。

とりあえずは向こう岸には用はなく、光太朗のクラスのある廊下の、一番奥に向かった。

「ねえ」

 言っても、ものの数秒。その教室に向かう途中、背後から百合花が話しかけてくる。

「さっき、何であんな嘘をついたの?」

 先ほど会った転校生(そのときは転校生どころか同じクラスになるとは思ってもいない)の顔を、僅かな時間で忘れる訳はない。さすがに覚えている。

「・・・面倒ごとは嫌いなんだ」

 今の光太朗には、気にするべきことは山ほどあるのだ。転校生にいちいち驚いていたら身が持たない。

「ごめんなさい、あの時私も急いでいたから」

 あの時間に通学路にいたということは、遅刻がどうかの瀬戸際だったのだろう。こうしてお互い最悪の事態は免れた訳だが。それに。

「別に。こっちもボケっとしていたのも悪かったし」

 カラカラと扉を開けながら、光太朗は言った。

 そこは半ば物置きとして使われているだけあって、少し誇り臭い。閉められたカーテンも相まって、そこは普通の教室とは違う異質さすらある。

 殆どの机と椅子のセットが教室の奥に追いやられている中、一組の机と椅子がぽつんと佇む。それは転校生のために用意されたものだろう。そして、どのクラスに配属されるかを他の生徒たちに要らぬ勘ぐりと悟られないためなのだろう。

 転校生に付いてきてもらって何だが、2人もいらない仕事だ。机に椅子を乗せて運べば終わり。幸い、今の光太朗にとってこんな仕事はあってないようなものだ。

「聞くの忘れていたけど、あなた、名前は?」

「神野」

「それはさっき先生が言ってた。下の名前」

「・・・光太朗」

 名前を聞いて満足だったのか、百合花は努めて笑顔で。

「じゃあ、運び出しましょ?」

言って、百合花は椅子に手をかける。

「それも机に乗せろ」

机と椅子なんて、十分ひとりで運べる重さだ。

「何のために付いてきたと思ってるの?」

「いいって」

 光太朗は百合花から椅子を奪おうとする。だが、転校生の意思は強いらしく、椅子のフレームに手を置いたまま。

 光太朗は椅子の別の部分を手で掴み、引こうとした瞬間。

「えっ?」

 百合花の小さい声が上がったかと思うと、椅子ごとそのか細い身体が揺れた。

 まずい!と思った時には、光太朗はすでに椅子から手を離して、別の何かを引き寄せる。

 手放した椅子と入れ違うように、光太朗の胸の中に何か柔らかいものが収まった。

 ガランっ!

 金属質と木目が床とこすれ合い、弾き合う不快な振動音が教室中に響き渡る。

 それでもなお、光太朗の胸の中にあるものを離そうとはしなかった。

「・・・びっくりした」

 椅子が床を転げる音が止み、百合花は呆けた声を上げた。

・・・光太朗は、未だに自分の力加減が分からない。蛇ノ目はいずれ慣れるとは言うが。

 そのせいで強引に椅子を引っ張った結果がこれだ。

「随分と力持ちなんだね」

 転校生の声がやたら近くから聞こえてくるのに気が付き、未だ自分が百合花を抱き止めていた事実で光太朗は意識を取り戻す。

「悪い・・・!」

 半ば反射的に光太朗は百合花の身体を引き離した。

「そんなにムキになることないのに」

 また、加減の出来ない力で吹き飛ばす訳にはいかないだろう。

「今日はずいぶんと誰かさんにぶつかる日ね」

 可笑しそうに百合花は笑う。朝に続いて今も、か。確かに。

 結局、転がった椅子は百合花に任せることにして、2人は空き教室を後にした。


 クラスに戻ってくると、もうすでに1時間目の授業はすでに始まっていて、担当教師が教壇で黒板に板書をしているところだった。

 クラスメイトの転校生への興味は尋常ではなく、自分を見ている訳ではないのは分かっているが、視線の残滓が光太朗の席まで届いているのだ。

 授業は百合花の右隣、光太朗からしたら2個隣の女子に教科書を含め見せて貰っていた。これにて光太朗のお役御免だ。

 光太朗は頬杖を突きつつ、いつも通りに視線を窓の外へと運ぶ。

「ねぇ、白崎さん」

 すると、光太朗の席のそのまた隣の女子が小声で百合花に聞く。

「机を1セット運ぶ割には遅かったね」

 何か含みのある声で百合花、そして光太朗の背中と視線が経由する。

「・・・ごめんね。私が手を滑らせて椅子を落としちゃったから、ちょっとバタバタしちゃって。うるさかったよね」

 ちょっと浮足立っていたのかも、と女子生徒に謝罪する。

「あの音、白崎さんだったの」

 遅れた理由が思っていたのよりつまらないオチだったのか、女子生徒は教科書を広げ、転校生したての百合花のサポートに徹し始めた。

 1度だけ光太朗が隣に振り返った時に見た光景は、授業に遅れがないか女子生徒に熱心に聞く百合花の姿だった。

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