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ACT17・狂宴

「たあっ!」

 花香剣(フレイバー)の刀身の煌きと、道化師の振りかざす闇の軌道が結びあった。

 白と黒の火花を散らし、光と闇が渾然一体となった波動を生む。

 道化師は、手にした黒晶核のエネルギーを使って新たなシェイドを放つ。

 異形の影が数個、出現する。

 しかし、咄嗟に生み出したシェイドが百合花の足止めになるはずもなく、振るった花香剣(フレイバー)で薙ぎ払う。

 その僅かの間に詠唱した闇の魔術の炎が百合花を襲う。だが、それすらも光の刃は炎ごと切り裂き、

「くはっ!」

 逆袈裟懸けに放たれた光の斬光が道化師の身体に刻む。

 そして。

 構えた花香剣(フレイバー)が巨大な剣の形を成す。

 聖晶神花(ラディウス)花香剣(フレイバー)

 全ての闇を払う、勇ましき光の刃が、道化師の身体を貫く。

「く、ふっ」

 口元から、人間の色ではない鮮血を滴らせながら、道化師は息を吐く。

 この距離まで近づいて、百合花は初めて道化師の素顔を見た。

 それは、かつて数多に退けてきたデュミルアスに心酔する道化師と同じ表情で。

「・・・やはり、我だけでは止められぬか。『カオススター』よ。約束は守ってもらうぞ」

 苦悶に満ちながらも、その顔に苦しみ以外の感情を乗せて。

 その口からかつての主の名を告げること無く、道化師の身体は光の粒子となって溶けてゆく。

 その身を熱烈に捧げるほどの主君よりも、疑うことを感じなかった言葉よりも、異なる生命体の名を残し絶命した。

 それが何を意味するのか。百合花は底しれぬ不安を感じたまま、粒子の風に揺られ行く先を見ていたのだった。


 やはり、あらゆる攻撃をその身体は無効化する。

 直方体の身体にパンチを打ち込もうと、蹴り飛ばそうと、まるで手応えがない。

 前回現れたダスターは、まるで空が海中かのように高速で移動するタイプだったが、今回はまるでその逆。空中をゆらりと漂うだけだ。

 鈍重で、その動きを捉えることは容易い。だが、それが救いにはならなかった。触れたところで、ダメージは皆無なのだから。

 それどころか。

「ぐわあっ!」

 パンチで体表を面にいた瞬間。光太朗の全身を、高圧の電流のような凄まじい衝撃が走り抜ける。

 それは外部からの衝撃には無類の強さを誇るヴェノムスケイルすら貫通する。

「こっちの攻撃は通らないのに、それはずりいだろ・・・!」

 ダスターの身体を貫いて、何回に一回か、この攻撃が来る。もう何度目かわからない。それでも光太朗が攻撃する理由。

 電流攻撃を放つ時、ダスターの身体が一瞬止まるのだ。

 ダスターの動きこそ緩慢だが、このタワーの範囲外から出ようとしている。その目的が人間のスタープリズムの回収ならば、ここで止めなければまずい。

 とにかく攻撃をし続けて、動きを止めるしかない。

 その時。

 空に広がる網目状の床が瓦解してゆく。

 見ると、巨大な剣を携えた百合花が消えゆく黒衣を見つめていた。

 やったか。

 術の行使者を打ち砕いたことで、当然生み出した網目状の床も崩れ行く。足場が本来の展望台の分と、スペースは狭まっている。

 無数の光の礫がダスターの身体を穿つ。

 百合花が上空から光弾を叩き込んだのだ。

 無論、それもダスターにとっては何のダメージのない無意味な行為だ。

「神野君!」

 腰元のリボンを揺らしながら、百合花も光太朗の隣に着地。

「やったのか」

 光太朗はダスターから視線を外さずに、言った。

 道化師と百合花の間で何が起きていたのかはわからない。確かなことは、百合花がその刃で道化師を討ち倒したことだけだ。

 その答えの代わりに百合花は花香剣(フレイバー)を構える。

 そこで、百合花は何かに気がついた。

「・・・あのダスターの色、変わってない?」

 直方体のダスターの体表は、目の覚めるような青だ。

 だが今は、そこに微かな赤みが足されているように思えた。

「それも俺は気になっていた」

 それははじめ与えたダメージなのではと淡い期待を抱いた。光太朗の攻撃がもたらした効果だと。

 確か、以前戦った四角錐状のダスターの体表も色を変えていた。その意味を聞く間に一織が片付けてくれていたから、忘れていた。

 今話している間にも、ダスターの色の変化は顕著になっていく。

『光太朗、そのダスターの体内で、熱源反応が起きておる』

 焦りの含んだ蛇ノ目の声が、メットを通じて聞こえてくる。

「・・・どういうことだ」

『わからん。何か奥の手を含んでおるのか。どちらにしろ、その生態についてワシは知らぬのだ』

 当然、ダスターの色の変化については百合花も知らない。

 どぐんっ。

 ここで初めてダスターに大きな変化が起きた。

 彫刻のような直方体であるはずの体表に歪みが生じ、まるで空き缶が潰れて変化するように、その形を変えた。

 亀裂が入り、一部が欠け、その反動かのように体表が盛り上がる。

「・・・なんか、やばいんじゃないのか」

 その変化は明らかに異常だ。本能的に危険を感じる反応。膨らみ、跳ねる鼓動は、不穏な空気をもたらす。

『・・・内部の熱反応、急速に上昇しておる!』

「爆発するとかじゃ、ないよな」

『可能性がないとも限らん!ここは退け!』

 蛇ノ目の提案に反して、光太朗は動かない。

 仮に、ダスターが爆発するとしたら、その規模は?威力は?

 この展望台どころか、塔が丸ごと吹き飛ぶ威力があるかも知れない。

 その可能性を置いて、ここを去る訳にはいかない。

 だが、そんな気持ちとは逆に、ダスターの色の変化は加速し、元の色が青だったことを忘れるほどに変わっていた。

 ぎし。

 何かが砕ける音。膨れる身体。ニュースで見た、モバイルバッテリーが膨らむ映像を思い出す。

 細かい閃光がダスターの身体を走る。

 その時、光太朗の身体がとっさに動いた。

 傍らの百合花の身体を庇い、押し倒し、最悪の想定から守るように。

 しばらくの静寂。

 光太朗の背後からは、何の気配も感じない。爆発どころか。もしや、爆発というのは早とちりか。

 だが、次に聞こえた言葉が、それが現実だと知る。

「ふー・・・。間に合いましたぁ」

 一織だ。

 スタープロテクション。

 黄金色に輝く不思議な光は、ダスターの身体を多い、その動きを固定化させる。

 だが、すぐに一織は顔を真っ赤にさせて、光太朗たちから視線を外す。

 その一織の態度で、自らの愚行を知る。

 光太朗が、百合花を床に押し倒していたからだ。

 もちろん、ダスターの爆発の可能性から守るために。

「す、すまん」

 凄まじい勢いで百合花から離れる光太朗。

 その姿を見て、ウサポが「は、破廉恥ですわ」と、なぜか憤慨していた。

 百合花は今までにないくらいに顔を紅潮させ、身体を硬直させていた。

「と、とりあえずこのダスターは浄化していまいますね」

 釣られて顔を赤くさせている一織が、光で推し固めたダスターを手に、以前と同じ動きをする。

 手のひらにダスターの巨体を触れ、

「シュートっ!」

 凄まじい勢いで、今にも爆発させそうな体躯はそのままに、青色の塊は遥か空の彼方に消えていった。

「危なかったですわ。もう少しで爆発するところでしたわ」

 爆発するという見立ては合っていた、ということか。

「ちなみに爆発の規模はどのくらいなんだ」

 光太朗が聞くと、一織は少し考える仕草を見せ、

「ここら一帯は吹き飛びますね」

 と、子供の残酷さを含んだ純真さで言った。

 その言葉に、光太朗と百合花は顔を青ざめた。

「詳しい話は省きますが、ダスターは重力下ではその身体を長時間維持することは出来ないのですわ」

 割って説明に入ったのはウサポだ。

「臨界点を越えると、その身体を留めようとする力と相反して、崩壊するのです。その際に放たれる膨大なエネルギーが爆発を引き起こすのですわ」

 ダスターの身体に触れられる力だけでなく、その身体そのものを固着させる能力を有するのがスターセイザーなのだとウサポは語る。

 光太朗はますます自分の無力さを痛感する。そして、それは蛇ノ目ほどの科学者でも超えられる壁なのだろうか。

 闇晶空域も消え、元の姿に戻ったタワー周辺は人の気配で戻りつつある。

「野次馬がすごいな」

 頭上の光景を見上げる無数の人影。ここに長居するのは得策では無さそうだ。

『光太朗、その場にいる全員でワシの研究所へ来い。聞きたいことは山ほどある』

 光太朗の様子でそれに気がついたのか、百合花が小さく頷き、

「私は夜宵ちゃんと合流してから行きますね」

「分かった。じゃあ、後で」

 その言葉を合図に、3人はその場から別方向に飛び出したのだった。


 蛇ノ目宅。

 光太朗達が到着。集合場所は1階の茶の間だ。

 地下室は夜宵があからさまに不快な顔をするし、この人数では流石に狭い。

 地下の研究室を知っていると、このほのぼのした空間が嘘の様だ。

 長方形のこたつテーブルの上座には蛇ノ目、その対面に光太朗。右面には百合花、さらにその対面には、一織と夜宵が座している。

「皆様、お茶をどうぞ」

 アフロディーテがトレイに人数分のカップを曲芸のように絶妙なバランスで積み上げ、それを1ミリも揺らすこと無く運んでくる。

 テーブルに置かれた空のカップに、正確かつ一糸乱れぬ動きで琥珀色の液体を注ぐさまは機械ならではだ。一織なんかはその姿に目を輝かせていたりする。

 蛇ノ目のみが年季の入った湯呑みで、そこに注ぐのが紅茶とはなんとも風情がないように思えるのは光太朗だけだろうか。

「おいしーい」

 隣では一織が笑顔と共にそんな感想を述べる。夜宵は言葉こそ発しないが、その表情こそが美味い、と雄弁に語っている。

「うん、美味しい」

 百合花もその紅茶をお気に召したようだ。

 機械のように精密な茶葉の蒸らし時間、お湯の沸騰時間や量に至るまで、完璧に導き出したアフロディーテのお茶はある意味究極の飲む芸術品だ。

 無表情の中にも、どこか誇らしいものが見えるのは気のせいだろうか。

 一方の蛇ノ目はといえば、テーブルにノートパソコンを広げながら目の前で繰り広げられている光景に目を細めながらもその手は休めない。しかも、白衣の裾から伸びた謎の銀色のアームが湯呑みを掴み、口元に持ってくるという異様な光景を見せている。

「・・・絵に描いたようなマッドサイエンティストね」

 その姿に辟易したように、夜宵は乾いた声を漏らす。

「マッドサイエンティストって?」

 一織が無垢な目で聞く。夜宵は口元をニヤリと傾け、

「変態科学者って意味よ」

 その答えを聞いた一織は、目を白黒させた後、「だ、だめだよ夜宵ちゃん。そんなこと言っちゃ」と、蛇ノ目の様子を伺いながら、友人をたしなめた。

「かか。マッドサイエンティストか。そりゃ、科学者としては誉れじゃの」

 夜宵の無礼な言動も、蛇ノ目にとっては孫の戯言のようだ。まあ、ここで激昂されても困る。科学者ではなく大人としての器量を疑う。

「神野君、お茶のおかわり、いる?」

 アフロディーテの紅茶が余程美味かったのか、光太朗は気づかぬ内にカップを空にしていた。

「・・・おう」

 テーブルの上のポットを光太朗の空きカップに注ぐ。湯気の香る液体がなみなみと注がれた。

 その様子を夜宵が半眼で眺め、やがて口を開いた。

「前から気になっていたのだけれど」

 夜宵は光太朗から百合花へと視線を滑らせ、

「光太朗さんと、百合花さん。お付き合いされてます?」

 ごふっ。

 光太朗は口に含んだ水分を吹き出しそうになり、思わず息を詰まらせた。

 百合花も顔を赤く沸騰させながらも、言葉の主を見る。

「や、夜宵ちゃん!?」

 何を言い出したのかと、一織も驚いている。

 相変わらず冷静かつ、笑みをたたえた顔で一織を見据える。

「何?貴方の気になっていることを代わりに聞いてあげただけよ」

 一織も顔を赤くさせつつ、友人の口を塞ぎに掛かった。

「俺と白崎は別にそんな関係じゃあない」

 妙な力という共通点があるだけの、ただのクラスメイトだ。

「そ、そうよ!神野君はただの同級生!」

 顔も赤く、百合花は否定。その答えを聞き、夜宵はニヤリと口元を歪め、

「良かったわね一織ちゃん」

 意味ありげな視線を友人の送った。

「わ、わたしは別にそんなんじゃあないからっ!」

「公園での出来事や、商店街での出来事を嬉々として話してきた人間の言うことではないわね」

 一織は黙らせることの出来なかった夜宵の肩をぐいぐいと揺らした。

「わ、わたしは助けてくれたお兄さんに感謝してただけで・・・っ!」

「こ、心を許すのは総計ですわ、一織ちゃん!」

 いきなり現れたのはウサポだ。

「ま、まだ信頼に足る人物と決まったわけでは有りませんわ!」

 彼女(?)の身体を無遠慮に触ってしまったことは許してもらえたと思ったのだが。

「・・・何をしたの?神野君」

 公園での出来事を話すと、百合花は侮蔑にも似た視線を差し向けた。

「馬鹿め、こやつの精神も見渡すことも出来ないその目は節穴か?」

 どこからともなく、この場の誰でもない声が聞こえ、するりとこたつの影から半黒半白の猫が姿を現す。

「こやつは稀に見る勇壮なる魂を持つ勇者ぞ。百合花が心を許すほどだからな」

「に、ニアっ!」

 今度は百合花がニアに手を伸ばすも、素早い身のこなしはするりと泳いで捕まらない。

 そして、何を思ったか光太朗のあぐらの中に身を収める。

 光太朗はその行動に驚きを隠せないでいたが、その反面嬉しかったのは事実だ。

 ニアが、自分が認めた花の騎士(プリマエクス)と肩を並べる存在だと認めてくれた気がして。

 ニアの背中を撫でる感触は極上の手触り。猫の背中、マギアスの神官の背中は光太朗を穏やかな気持ちにさせてくれた。

「ふ」

 と、挑発するようにニアがウサポを見上げる。

「きい〜〜〜っ!」

 ウサポは顔を怒りで満たしながら、身体を捩って絶叫。それを一織に優しくなだめられていたのだった。

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