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ACT16・REBOOT

 ヴァイオレットバイパーとホワイトリリィは、ビルの上を跳ねながら、駆けていた。

 空は薄暗い雲に覆われ、空には嫌な空気が纏わり付き、不快な感覚をもたらす。

 道化師の能力、闇晶空域の中。

それを知ったのは、クラスの人間の意識が落ちたからだ。当然、その範囲は構内の人間も含まれる。

 休み明けで登校してきた百合花を祝福するような雰囲気が一変した。

 百合花はニアから連絡を受け、光太朗も街の異変を感じた蛇ノ目がそれを伝える。

 街のとあるポイントに、不審な影が現れた。それは、光太朗と百合花もよく知る場所だった。

 七色タワー。その頂上にそれはいた。

「ここから学校まで数キロはあるぞ。あの何とかっていう空間は、それほどまでの射程距離があるのか」

「・・・少なくとも、私たちが戦った時は、それこそせいぜいグラウンド程度の大きさの空間だったわ」

 闇晶空域には射程距離がある。それはアンチホープの道化師にとって動きやすく、都合の良い瘴気に満ちた空間。  

 言い換えれば、彼らが元々住む、闇の世界の環境を再現した空間だ。その空間の強さは道化師の能力に比例する。

「・・・神野君の黒晶核のせいか、まだ別の理由があるのか」

「・・・そうか」

 仮面の下の顔は、きっとまた自分を責めているに違いない。自分のせいだと己を恥じているに違いない。その黒晶核の強さは、言い換えれば光太朗の心の強さそのものだからだ。

「倒せば、何の問題もないんだよな」

 光太朗への心配、それは杞憂だった。光太朗はちゃんと前を向いている。するべきことが見えている。

 黒晶核、すなわち抽出された水晶花(フロスタル)のエネルギーは無限ではない。

 シェイドを生み出しても消費し、砕かれてもその分のエネルギーは減る。何より黒晶核を生み出した道化師が倒れれば、強制的に黒晶核は砕け、水晶花(フロスタル)の輝きは開放される。

 驚くべきはそれほどのエネルギーを有する輝きを奪われてなお平然と動ける光太朗なのだが・・・。

 なお花の騎士(プリマエクス)も道化師から心の輝きは奪われない。正確に言うのなら、花の聖飾(アルマドレス)が攻撃を保護する能力を有している。  

 恐らく、それはスターセイザーも同じ能力を持つのだろうが、今はいい。

 そびえ立つ展望台から水平に広がるように、網か、蔦のような物が空を覆っている。その姿はまるで、タワーを軸とした傘のような。

 光太朗はタワーを直接駆け上がり、百合花は花弁の翼(プルーマ)を使い、空を飛ぶ。

 案の定、展望台に目を向ければ、中ではあの見た光景と変わらず、床に倒れ伏せる無数の観光客の姿。

 気色の悪い斑状の網目が眼前に迫り、光太朗が叩き割れるかと思案していると、円状に穴が空く。

・・・入ってこい、ってことか。

 タワーの外壁を蹴り、穴の中に飛び込むと穴は塞がり、その上に光太朗は着地。

 隣には百合花が道化師に視線を向けたまま、着地。花香剣(フレイバー)を構え、戦闘態勢を取る。

「わざわざ待ってくれているとはな」

 展望台の上、タワーの最も高い先端に、黒衣が風になびいている。見下げる外套の奥は相変わらず闇に染まり、表情は伺えない。

「我が悲願の計画には、大量の黒晶核が必要だ。これでは足りぬ。貴様が水晶花(フロスタル)を捧げてくれれば話は早いのだがな」

 黒衣の狙いは水晶花(フロスタル)の黒晶核への変換。

「あなた達の目的は何?」

 構えを解かず、百合花は聞く。

 2年前。アンチホープの狙いは、封印されたデュミルアス復活のためのエネルギーの収集。そして、自分たちと相反する能力を持つ花の聖飾(アルマドレス)の破壊。即ち花の騎士(プリマエクス)の準滅。

「滅びた者はどうやっても蘇らない!命の輪廻を捻じ曲げることは誰であろうとも決して許されないこと!」

 仮にアンチホープの残党の目的がデュミルアスの復活ならば、どれだけ黒晶核を集めようとも、不可能だ。

 2年前は、あくまでデュミルアスの封印を打ち破ることのために黒晶核に執着していた。黒晶核も、水晶花(フロスタル)にも、命を覆す力はない。

 だからこそ、水晶花(フロスタル)は命の尊さを投影したように、儚くも力強く輝くのだ。

 滅びた命に干渉することは、水晶花(フロスタル)の存在意義からかけ離れている。

「・・・我らが、デュミルアス様に執着しているとでも?」

 彼らの目的は、デュミルアスではない?・・・それとも、彼には別の目的がある?

 いや、『我ら』と言った。目の前の他にも、残党は存在する?

 忌々しく、黒衣は舌打ちし、

「喋りすぎたな」

 ローブに包まれた指が空中で印を結ぶ。

 ゆるりと周囲の空気が変化し、気圧の変化するような感覚。光太朗も知っている感覚。

 黒衣が指を折り曲げ、振る。すると。

 床の網目が膨らみ、天井から滴る雫とは逆の現象が起こる。盛られた砂のような膨らみが蠢き、人の形を象る。

『黒いヴァイパー』

 光太朗の心より生まれし異形。

 道化師が生み出す、シェイド。

 だが。その数、5つ。

「おいおい、数が増えてるぞ」

「コピーさせたのね」

 流石に百合花は顔に戦慄を貼り付けている。

 光太朗を守って戦っていたとはいえ、苦戦した黒いヴァイパーが5体に増えたのだ。

「くはは、これだけの複製をしながらも、黒晶核の輝きに陰りがない。本当に素晴らしい個体だ、貴様は」

 複製でも当然、黒晶核は摩耗する。

 黒衣の見えない瞳が光太朗を睨めつける。全く嬉しくはない。

『話には聞いていたが、胸糞悪いのう』

 蛇ノ目の怒りすら含んだ声。本来とは違う用途で生み出した顔が並ぶのは、蛇ノ目にとって決して壮観ではないだろう。

『想定外じゃが、問題はない。時間は必ず厳守のこと。わかってるな』

 メットから聞こえる声に、光太朗は「ああ」と頷いた。

「あの黒衣はお前に任せていいか」

 光太朗は突如、そんなことを言い出した。それは即ち、黒いヴァイパーは全て光太朗が引き受けると言うのと同じだ。

「ち、ちょっとまってよ!流石にひとりじゃ無理だよ!」

 単純計算で考えれば、相手は5体。ヴァイオレットバイパーも5人いなければ務まらない。

 道化師を倒せば、恐らく黒いヴァイパーは消えるだろうが、主を守護する黒いヴァイパーがそれを許さないだろう。

 だったら、ふたりで黒衣に攻撃を集中させたほうがまだ芽はある。

「こっちは任せろ」

 その言葉は、今までの拒絶するような色を含んではいなかった。

「神野君・・・」

 それは、百合花に対する信頼が込められているようで。

「わかった」

 だから、百合花も止めなかった。それよりも、頼ってくれていることが嬉しかったのだ。

「いくぞ、博士」

 光太朗は構える。

 ヴァイパーの外装に、白い光の筋が走る。バイパーストライクを放つの時のような。

 片足だけにではなく、全身を光が駆け巡り。

『オーバーワーク』

 電子音が鳴り響き、光が加速する。

 そして、装甲の表面が赤みを帯びる。金属が炎に当てられ、熱を持つかのように。

『今から相手を『シャドウバイパー』と呼称する。10秒。それ以上はかけられん。時間になったら強制的に解除するから、そのつもりでおれ』

「わかった」

 走る光に反応し、シャドウバイパーが駆ける。音もなく滑るように、まさしく影の如く。

 それは百合花が瞬きをする間に起きた。

「えっ!?」

 目の前にいる光太朗の姿が掻き消えた。

 ドッ!

 ヴァイパーの正拳が一体のシャドウバイパーの頭部を砕く。次いで放つパンチがもう一体を難なく破砕。

 間断なく放たれた回し蹴りが3体目を薙ぎ、胴体が上下に寸断。手のひらで4体目の頭部を掴むと、そのまま引き込み、地面へと叩きつけた。闇晶空域の床に擦りつけられ、その身体は形を維持できず、霧散。

 全て、1体目が粉々に砕け、空に溶けるまでの間の出来事だ。目にも止まらぬ早業とこのことだ。

 百合花は光太朗の動きを視認できなかった。

 瞬く間に黒い人形が消滅し、そこで黒衣が初めて焦りの声を上げた。

「くっ!引けっ!」

 残り一体となったシャドウバイパーに命ずると、地を蹴り跳躍して間合いを図る。

「はあ、はあっ、はあ・・・」

 光太朗は仮面の中で大きく息を吐き、体勢を大きく崩しつつも意識を保つ。

「すごい・・・」

 百合花は思わず見とれながらも感嘆の声。

『オーバーワークを解除するぞ!』

 ヴェノムスケイルから放熱音と共に白煙が吐き出され、熱のような色が引き、いつもの紫色のよりへと変化させる。

『冷却モードにシフト。これよりしばらくは同モードは使用できんぞ』

 蛇ノ目の説明に、光太朗は肩で息をすることで応える。

「何だ、今のは・・・!人間の動きではないぞ!」

 驚愕していたのは百合花だけでなく、道化師も同様だった。

 黒晶核により生み出されたシェイドの能力は、黒晶核の質に左右される。

 能力だけなら、ヴァイオレットバイパーとシャドウバイパーは同等。そして、数的にもシャドウバイパーが有利。ならば、光太朗が対抗するのは難しいだろう。

 ただしそれは、シャドウバイパーがヴァイオレットバイパーの全ての能力を取り込むことが出来ていたのなら、の話だ。

『オーバーワーク』はそのための奥の手だ。いや、ヴァイオレットバイパーの本来の能力と言っていい。

 だが、それは光太朗の身体に猛烈な負荷を掛ける。身体の七割を改造されているのにも関わらず、全身が引きちぎられそうな感覚に陥る。

 最大稼働時間は約10秒。そして再使用には冷却時間を要する。

「くそっ!」

 道化師が忌々しそうに吐き捨てる。

『バイパーストライク』

 ヴァイパーの右足を光輪が回転、加速。青白い光を迸らせながら飛ぶ。

 オーバーワークを使用せずとも、一対一の戦いなら遅れは取らない。

 重さ、力の乗った右足が最後の一体の胴体を貫く。

 黒いガラスのような鎧が爆散。

 迷いのなくなった戦いに、百合花は安堵の息を吐く。心配はいらない。百合花の見立て通り、神野光太朗という人間は、強く、頼もしい。

 今度は私の番だ。

花輪紋(セイクリッドサイン)!」

 百合花は、円状の光の輪を放つ。紋の刻まれた光の輪は、対象者の行動を捕縛する。

 黒衣の身体が光の文様で絡め取られ、その動きを封じる。

「くっ!?」

 道化師はその戒めを振りほどくとするも、叶わない。あらゆる闇を縛り付ける、光の光輪だ。

聖晶神花(ラディウス)花香剣(フレイバー)!」

 たぎる花香剣(フレイバー)の輝き。大気を焼き尽くさんばかりの光が溢れ、刀身が変化する。

 花香剣(フレイバー)花の騎士(プリマエクス)の変身を兼ねた武器で、通常は刃のない短剣状の形をしており、戦闘時には光の刀身が伸び、倍ほどの長さになる。

 だが、これは。

 百合花が花香剣(フレイバー)を振るうたび、ムチのようにしなり、だが常に垂直の剣の形を維持しようとする。

 白銀に輝く刀身は、さらに倍ほどに膨らみ、巨大な剣の形を成す。

 光も闇も超え、あらゆるシェイドを浄化し、無に帰す必殺の剣だ。

 それを振りかぶり、道化師に狙いを定める。虚空の刃のもたらす威力は、道化師相手だろうと例外ではない。

 強い意志を込め、振り下ろす。

 その時。

 何かが砕ける音と共に、空間が歪む。まるで目の前にガラス窓があるかのように、宙に亀裂が入る。

「えっ!?」

 異様なプレッシャーと同時に、その亀裂から、背も凍るような何かが吹き出す。

 道化師は、眼前に滅びの刃が迫って来るのにも関わらず、その表情に笑みを浮かべた。

 放った花香剣(フレイバー)の刃は、『それ』に阻まれ、道化師に届くことはなかった。正確に言えば、刃は『それ』を貫いた。だが、切っ先は何事もなかったようにすり抜ける。

 百合花は思わず後ろへ飛ぶ。

 吹き出す煙状のそれが、形をなしてゆく。

 目の覚めるような原色。全身が青色の何か。

 直方体だ。

 形だけで例えるなら、自動販売機がその形状に当てはまる。ただ、その大きさは比べるまでもない。

 自動販売機よりは一回り二回りは大きい。それは、どこかで感じた奇妙さと既視感。

 直感的に光太朗は確信する。それは百合花も同じ考えに至った。

「まさか」

「ダスターっ!?」

 それよりも、『それ』の出現は、まるで道化師を助ける動きではないか。

「どういうことっ!」

 百合花の戒めから解かれた道化師は、直方体の頭上(?)に悠然と浮遊し、現れた援軍に笑みを浮かべた。

「地上に混沌をもたらすという意味では、我らの目的は一致しているということだ」

 百合花の問いかけに、道化師は邪悪な笑みを崩さずに、応える。

 百合花の心に生まれる違和感。

 アンチホープも、ダスターも、人間の根幹を成すエネルギーを欲するという点では共通している。

 それが意味するものは、まさか。

 アンチホープとダスターが交わっている?

 それは強力か、お互いを利用しているだけなのか。

 どちらにせよ、ダスターの出現はまずい。現段階でダスターにダメージを与える手段が光太朗にも百合花にもないからだ。現に聖晶神花(ラディウス)花香剣(フレイバー)の一撃をも無効化した。

 だが、不思議と不安はない。

「ここで逃げろ、だなんて言うつもりはないよね」

 意地悪そうに、百合花は笑う。

 攻撃が通用しないなんて不安は微塵もなくなる。

「・・・もちろんだ」

 この状況に一織が気が付き、加勢に来るまで、時間を稼ぐ。

 光太朗と百合花は、闘志を翳らせる無く、構えたのだった。

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