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ACT13・正義の行方

 まるで何かに取り憑かれたように。

 荒ぶる心のままに。

 一心不乱にこぶしを振るう。

 街に現れた悪党を叩き潰す。

 機械のフレームを捻り切る。

 抵抗しようと、無数の銃弾を浴びせる犯罪者。

 紫色の鎧には、無駄な抵抗と言わんばかりに、虚しく弾ける火花と薬莢。

 ロボットのパイロットは息を飲んだ。

 蜂の巣にするはずのターゲットは、ありえないくらいに無傷で。

 炎の中、揺らめく残滓の残しながら、紫色の靴底を踏み鳴らしながら、それは近づいてくる。

 聞いたことがある。街で噂の正義気取りのヒーロー。

 その姿は、人にとってまるで悪を断罪する守護神か、正義を執行する断罪者か。

 コックピットのモニターを、紫色の腕が突き抜けてくる。パイロットの命を守る分厚い操縦席すら、紙を裂くくらいに容易で。

 破壊された機体から吹き出す爆炎に照らされながら見下ろすその姿は、ある種の恐怖を感じる。

 表情が見えないゆえの威圧感。

 それは、悪事に身を染めた自分への因果応報。平和を脅かす者に訪れる末路。

 何者かによる銀行強盗犯の制圧を皮切りに、これまで幾重の犯罪者が志半ばに捕らえられるニュースが流れた。

 その紫色の鎧の中から感じる威圧感は、本当に人間なのだろうかと錯覚させられる。

 いや、もしかしたら本当に機械なのかも知れない。それぐらいに冷たく、無機質なオーラを放っている。

 コックピットの座席に張り付くように背を沈めていた男の襟首が掴み上げられる。軽く持ち上げられた男はそのままコックピットから無遠慮に投げ出される。アスファルトに尻を打ち付け、立ち上がれずにいると、すぐさま爆風が身体を覆う。

 ヴァイオレットバイパーの靴族がマシンローダーの胴体を貫き、そのまま蹴り砕く。

 機械の塊は爆散。

 むしゃくしゃしたから暴れまわった、というつまらない理由で暴走する男の願望とともに、機械は炎とともに溶け、燃える。

 爆炎の中に佇む鎧の戦士は、破壊をもたらす悪魔のように見えた。


 光太朗の様子がおかしいと気づいたのは最近のことだ。

 元々寡黙な男子だとは思っていた。

 隣の席の百合花でさえ話すことは稀で、聞かれたことに対する受け答えしか耳にしたことがない。それがクラスのみんなには寡黙、クールと映っているようで。

 最近はそれだけではない。今まで以上に近寄りがたい雰囲気すら垣間見える。

 光太朗とは平和を脅かす相手と戦うために手を組んだはずだ。

 幸い、アンチホープやダスターはあれ以来姿を見せていない。

 だが、それ以外の犯罪者は光太朗が相手をしている。

 特に授業中にその報が届いた時だ。

 光太朗は何の躊躇いもなく教室を抜け出すようになった。教師の静止も聞かず、さもそれが当たり前かのように。

 寡黙でクールな印象は一辺、無断で授業を抜け出す男子のことを、正義の味方のための活動を行っているとは思わないだろう。

 百合花は流石に光太朗に続いて飛び出すわけにはいかない。ただ、それだけなら光太朗の異変をおかしいとは思わない。

「神野君!」

 廊下の先を行く光太朗を、百合花は呼び止める。

 口を引き絞り、胡乱な目で百合花を見る。

 何も世を乱す悪と戦うのは光太朗たちだけではない。警察もいる。今の光太朗は正義に身を捧げ、それが生きがいかのように飛び回る。確かに休日なら回りの都合に左右されず、現場に飛び出せるだろう。

 だが。

「どうしてひとりで解決しようとするの!?」

 現代技術を利用した犯罪者なら、光太朗が逸るのは分かる。ただ、そのケースに対しても百合花は協力する姿勢を見せたはずだ。それでもなお、光太朗は独断の行動をやめない。

 たまたまシェイドやダスターが姿を見せないから良かったものの、その場合でもひとりで応対するつもりなのか。それではまるで、百合花を拒否しているみたいではないか。

「何で協力しようとしないで、ひとりで行くのよ!」

 指を突きつけんばかりの勢いで、百合花は詰め寄る。

「・・・俺は、お前たち手を組んだつもりはない」

「はぁ!?」

 百合花は思わず声を上げる。

「手を組んだ覚えはない、って」

「俺が、全てを倒す。この世界にはびこる悪は俺が全て駆逐する」

 どうしたのだ。まるで人が変わったかのような態度。

「全て、って。ダスターはどうするのよ。私達には手も足もでないのよ」

 高密度の気体で形成される身体は、あらゆる物理攻撃を透過する。現状、ダスターへの対抗手段は一織しか持っていない。

「それも俺が倒す。今、博士に現状を打破する装置を考えてもらっている」

・・・どうしてそこまで。

 何もかも背負うつもりなのか。誰の手も借りず。

「お前が手を貸すのは勝手だが、俺は、ひとりでやる。手を組んだことはなかったものと思え」

 そう言って、コンビニの袋をぶら下げて、光太朗は廊下の奥に消えていった。

 百合花は、その後を追うことが出来なかった。


 その日はイライラが止まらない。

 空席になった左隣のクラスメイトが頭を掠め、百合花は弁当箱の中の甘めの卵焼きに箸を突き立てた。

「百合花ちゃん、ご機嫌ナナメ?」

 百合花の右隣、小清水をはじめとする女子数人との昼食時。いつにないくらいに眉根を釣り上げた百合花に困惑している。

 最近仲良くなりかけたと、思い違いをしていた。こんな身勝手で、手柄に執着する人間だとは思わなかった。

 ひとりでの単独行動が多いのも、きっとそうだ。

「神野君って、昔からああなの?」

 百合花は、ボソリと呟いた。

 女子たちは顔を見合わせる。

「昔からああというか、人とあまり関わろうとしないというか」

 誰かが言った。

 特に深く言葉を交わした間柄ではないが、中学の時は同じクラスだったと言う。

「友達がいない、というか、必要としない一匹狼みたいな感じだったと思う」

「高校に上がってから少し穏やかになった感じだったけど、また最近昔みたいに戻ったよね」

 別の女子が同意。

「だから、百合花ちゃんが転校してきてから、話をしている姿は珍しくて」

 小清水の穿った視線に、百合花は困った顔で返すことしか出来なかった。


 放課後。

 百合花は駆け足で下校。向かう先は蛇ノ目の研究所だ。

 考えてみれば一介の高校生に、あんな常軌を逸したヒーローみたいな機械の鎧を作れるわけがない。十中八九、蛇ノ目の息が掛かっているのだろう。

 それどころか、蛇ノ目と光太朗の関係すら知らない。

 祖父と孫、の関係には見えない。

 蛇ノ目宅前。

 相変わらず横に続く壁を越える積まれた鉄くずの山は圧迫感も有り、威圧的でもある。

 チャイムを人差し指で押し込むと、かすかに呼び鈴の音が家の中が反響する音のみが聞こえただけで、扉が開く気配はない。

 失礼かつ、無遠慮かとも思ったが、扉に手をかけると、鍵は掛かっていなかった。

 仮にも研究施設を有する建物だろう。不用心ではないのか。

 ここで百合花の頭を嫌な予感がよぎる。

 蛇ノ目は研究所を構える程の人物ではあるのかも知れないが、その実、自分の親よりも年上の老人だ。

 その身に何かが起きたのかも知れない。あのアフロディーテというメイドロボも姿を見せていないのも気になる。

 扉を開け、奥に続く廊下を覗き見る。地下室に続く階段は、ここからでは伺えない。

「・・・博士?」

 呼びかけるも、1階の居住スペースには人の気配は感じられない。

 だとすれば、地下か。

 夕暮れの日指す廊下に上がり、足音を消しながら階段を降りる。

 研究所への扉を開けると、相変わらずの雑多な部屋が目に入る。

 百合花はすぐに安堵のため息を付いた。

 蛇ノ目はそこが定位置かと言わんばかりにパソコンモニターの前でタイピングをしていたからだ。

 その安堵に漏れる息に気が付いて、蛇ノ目がイスを回転させた。

「お、おお。どうしたね。お嬢ちゃん」

 突然の訪問者に驚きの表情を見せつつ、すぐに柔和な笑みで迎える。

 部屋自体はいつもの如く物で溢れかえっていたが、そのいつもと違う部分があるに気づいた。

 壁に、映像を映し出す白いスクリーンが貼られている。そこには映像が映し出されている。

 ただ、そのスクリーンには、普通ではない光景が広がっていた。

「・・・なに、これ」

 人々の叫び声。天を付く黒煙。

「・・・工業地帯での火災現場。光太朗にも救助に向かってもらった」

「ちょっと待って、私には伝わってないですよ!」

 アンチホープ、ダスターが現れた時には協力する話だった。そして、それ以外の街の平和を脅かす存在の出現には協力する。

 蛇ノ目は苦々しい表情。

「・・・光太朗に口止めされておる。こちらで解決できる案件にはお嬢ちゃんたちに連絡をしなくてもいい、とな」

 映像の中の地獄絵図は、すでに消防や警察が駆けつけ、鎮火する炎の中、救助作業が続いている。

 逃げ遅れた人を抱えて、ヴァイオレットバイパーが瓦礫の中から飛び出した。

 その後を、両肩に同じく人を抱えたアフロディーテが光太朗に続く。

 人々の歓声が起きる中、鎮火したとはいえ危険な場所にすぐさま向かおうとする。

「神野君!」

 研究所から、百合花は呼びかける。

 蛇ノ目はここから光太朗に指示や連絡を入れているはずだ。

 スピーカーを通して百合花の声が届いたか、光太朗の動きが止まる。動きを止めた光太朗を一瞥して、アフロディーテが瓦礫の中に消える。

「どうして、私たちを頼ってくれないの?」

 ホワイトリリィはシェイドを倒すためだけの存在ではない。広い意味でも人々を助ける存在だ。それは、スターセイザーも同じだろう。

 光太朗の行動は、自分たちを戦いから遠ざけるような行為だ。

「・・・お前たちは、戦う必要なんて、ない」

 仮面で顔が覆われているだけでなく、後ろを向いている光太朗からはその表情は伺い知れない。

 それだけを言うと、光太朗は通信を切った。壁にかけたスクリーンの映像には、瓦礫に飛び込むヴァイパーが。その姿を最後に、スクリーンが映像を遮断した。

 研究室には言葉を失った百合花と、ハードディスクが刻む音のみが聞こえる。

 知った男子生徒の変貌ぶりに、百合花は戸惑う。

「・・・あやつも、この世の全ての悪を、自分ひとりで消せるとは思ってはおるまい」

 静寂を砕くように、蛇ノ目が口を開く。百合花の目が、蛇ノ目を向く。

「・・・どういうこと、ですか?」

「これから起こる世を乱す全ての行動を自分ひとりで正すと、あ奴は言った」

 しかめた目で、蛇ノ目はパソコンモニターのデータを眺める。

・・・そんなことは不可能だ。

 いくら光太朗が超人的な力を得ようと、これから街で起きる災害や犯罪。アンチホープやダスターの出現を自分ひとりで解決しようとしているのか?

「・・・これは、ワシの推測も入る」

 そう前置きをしてから、蛇ノ目は背もたれに背を預け、口を開いた。

「ワシが光太朗の身体を改造した時」

「あ、ちょっと」

 そこで百合花が話を遮る。

「やっぱり、神野くんは普通の人間、じゃあないん、ですね」

「・・・それでお嬢ちゃんは光太朗を嫌悪するかね?身体の中身以外は、奴は普通の人間だ」

 百合花は小さく首を横に振った。蛇ノ目は安堵したように微笑む。

「・・・手術を前に、ワシはやつの家のことを調べた、住所、血液型、家族構成」

 調べたデータがパソコンに送られてきた時、その時、蛇ノ目に驚きがなかったと言えば、そうではない。

「光太朗に親は存在しなかった。父親、母親共に」

「・・・え?」

「家はある。ただ、今は一人暮らしで親戚の援助を受けて暮らしているようだ」

「・・・お父さんと、お母さんは?」

 百合花の問いに、蛇ノ目は表情を曇らせる。

「母親は光太朗が幼い頃に死別。父親は光太朗が中学に上る前に事故により死去。そのどちらも、人の生み出した機械技術の暴走によるもの。死傷者も山ほど出た」

 蛇ノ目は、その当時のニュースの記事をパソコンモニターに映す。その事故は百合花も見たことがある。人が引き起こした凶悪事件として今でも引き合いに出される、悲しい事故。

「じゃあ、神野君の態度が一辺したのは」

「根底には光太朗の生い立ちが関係しているのだろう」

 その事実に、百合花は言葉を失った。それと同時に疑問も残る。その過去は、彼の正義感を形成した要素なのだろう。彼の態度が豹変した理由には思えない。

「ここからがワシの推測じゃが・・・」

 蛇ノ目が改めて百合花に向き直る。

「君たちお嬢ちゃんたちのことが原因だとワシは思う」

「・・・私、たち?」

 それは、百合花、一織。そいて夜宵。ウサポやニアも含まれると蛇ノ目は言う。

「奴は純粋に、誰かが傷つくの必要以上に恐れる節がある。思えば瀕死の重症を負った原因も、子供を身を呈して助けたからだ」

「傷つく、って」

 蛇ノ目は百合花を手で制する。

「奴はワシに言ったよ。「例え白崎や一織ちゃんが強大な敵を前にして、世界を救った英雄でも、俺にとってはただの女の子だ」だと」

 戦う能力を有する君たちですら、光太朗にとっては守るべき対象なのだと。

「・・・自分の目の届く存在は、守りたいのだろうな」

 蛇ノ目の推論に、百合花は目を伏せ、考える。そして、決意に満ちた目と共に、顔を上げた。

「博士。私、神野君と話してみる」

「・・・ああ」

 蛇ノ目は優しくそれだけを残し、百合花は研究所を飛び出したのだった。


 光太朗は今でもたまに夢に見る。

 はっきり言って、悪夢だ。内容は、決まって同じ。

 両親が死ぬ夢だ。

 母親は、光太朗が物心の付く前に事故で死去。

 父親は、中学に上がる直前に、同様に事故でこの世を去る。

 共通していることと言えば、両者とも機械、ロボットの暴走が原因。両親に非はない。光太朗の両親だけでなく、巻き込まれた人間も多くない。亡くなったのは、光太朗の両親だけではない。

 父親が病院に物言わぬ姿で搬送されたという連絡を受けた時、光太朗は信じられない気持ちになった。同時に無力な自分を呪った。

 中学生は、まだまだ子供だ。

 建てたばかりの家に、息子がひとりで住むという皮肉。

 家は引き払い、親戚の家をたらい回されそうになった時、別の親戚が家に留まることに力添えしてくれた。ただ、光太朗が高校を卒業するまでだ、と。

 正義感は、時に無力だ。

 生前、父親は光太朗に正しく生きる意味を解いていた。

 だが、清廉を貫いていた父は、あっけなく死んだ。正義の存在を疑った。

 正しく生きた人間が死に、間違った生き方をする存在がのさばる。 

 もし、父親が生きていた時代に蛇ノ目に出会っていたのなら、無益に死ぬ命を救えていただろうか。

 少なくとも、降りかかる火の粉を払えるくらいの行動は出来ていたと思う。 そう考えると、歯がゆい。

 だから、この悪夢を見た朝は自身の無力さに苛まれる。いっそ、改造された時に記憶も取り除いてくれればよかったのに。

 どこにもぶつけることが出来ない黒い気持ちが胸を覆うのを、光太朗は恥じた。

 自分も、何の信念も無く人を傷つける存在に成り下がってしまうのかと。

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