ACT10・星の使徒
光太朗と百合花の眼下に広がるのは、自分たちの住む街だ。
この街と同じ名の付く七色タワーだ。
『ななしき』が正確な名称、呼び名だが、収まりの良い『なないろ』と呼ばれ、または間違われることが多い。
七色タワーは、全長が約200メートル弱の展望塔で、頂点より数十メートル下げた場所に円柱状の展望台を有する。
今日は休日というだけあって、展望室には数多くの見物客が詰めかけていた。
光太朗と百合花もその中のふたりだ。
そのふたりがなぜこの展望塔にいるのかは、数時間前までに時間が遡る。
蛇ノ目の研究所。
光太朗はヴェノムスケイルの調整のために来訪していた。
蛇ノ目はキーボードを叩きつつ、モニターに厳しい視線を送っている。
さし当たっての目的は、アンチホープの行使する闇晶空域内でも通信が可能になる機能のプログラミングだ。指示はともかく、同空間内での意思疎通が出来ないのは痛い。
ニアの助言を取り入れつつ、リングの機能をアップデートに努めている。
「光太朗よ」
突如、蛇ノ目がキーを勢いよく弾き、休憩がてらにその名を呼んだ。
「そこにチケットが2枚あるじゃろ」
足の踏み場もないどころか、物の踏み場もないテーブルの一部が片付けられ、そこには2枚の紙片が置いてあった。
「お使いに出させたアフロディーテが、商店街の福引きで当てた七色タワーの入場券だ」
確かに、そこに置いてあったチケットは七色タワーの入場券だ。
「お前さん、あのお嬢ちゃんと行ってくるといい」
光太朗はしばし無言。
「・・・は?」
「あのお嬢ちゃん、越してきてまだ日も経ってないんだろう?ちょうど良いではないか」
案内がてら連れていってやったらどうだ、と蛇ノ目は言う。
「何で俺なんだ。当てたのはアフロディーテだろう?アフロディーテに行かせれば良いだろ」
やれやれ、といった様子で蛇ノ目は肩をすくめる。
「乙女心に疎い奴じゃの。アフロディーテでは展望室の重量制限に引っかかる」
機械の塊なのだから、それは人間よりは重いのだろうが。
「じゃあ、博士はどうなんだ」
「わしゃここに住んでウン十年ぞ。この街の光景など見飽きたわ」
地元の人間は以外に登らないものだ、と何故か自慢気だ。
「この提案にはもうひとつ目的がある」
ニヤリ、と悪どい顔を浮かべながら、蛇ノ目は椅子を回転させる。
「お主とあのお嬢ちゃんが仲良くなれば、必然的に『向こう』の情報の入手も容易になるではないか」
・・・変な下心があるんじゃねえか。
光太朗の非難にも似た目に、蛇ノ目はわざとらしく咳払い。
「まあ、それは半分冗談だとしても」
それでも半分かよ。
「仮にも盟約を結んだ者同士、交流を深めるのは決して悪い提案では無いと、ワシは思うぞ」
「・・・交流、ね」
視界にチケットを映しながら、光太朗は小さく呟いたのだった。
そんな訳で、光太朗と百合花は七色の展望台にいた。上空数百メートルからの景色に百合花は目を輝かせている。
昨夜百合花に連絡すると、通話口の向こうから、やたらに慌てふためいた口調だったのが気なった。
まあ、たいして親しくもない、あくまで普通の人よりも異なる能力を持つ者同士の、交流の場。そのことを告げると、百合花は納得したようで、しばしの逡巡の後了承した。
で、今日である。
「それにしても意外だな」
百合花のものではない声が光太朗の首元から聞こえる。ニアだ。
「・・・人前に出てきてもいいのかよ」
黒と白の毛で別れたネコは目立つだろう。
「人形のふりをするから平気だ。その際は、貴様はぬいぐるみを肩にかける奇人として周囲には映るだろうがな」
幸いにも、周囲の人間は他の客など見向きもしないだろう。
「・・・で、何が意外なんだよ」
「貴様からデートのお約束を取り付けるとは思わなかった。貴様はそういうタイプには見えん」
その言葉に百合花は顔を真っ赤にさせて。
「で、デートって、そんなんじゃ・・・!」
ニアは細めた半眼を百合花に差し向け、
「鏡の前で今日の服を嬉しそうに見繕う姿は、我が見た幻か?」
百合花はニアの身体をつかもうと手を伸ばすもするりと躱し、地面に着地。人の足の影を通ったと思うと、その姿を消した。
「き、気にしないでね、神野君」
顔を赤くさせたまま、百合花は慌てて手を振ったのだった。
親睦会とは名ばかりの、光太朗と百合花は展望台のレストランで昼食を摂り、それぞれが背負ったものについての話などは結局せず、ただ単に遊んでいるだけだった。
光太朗はこの街の生まれだが、空から見ることには興味はなかった。
対して、百合花は見る景色が目新しい子どものように街の風景を凝視する。それはこの街ではなく、以前住んでいた場所を比べて夢想しているからか。
百合花の心の内は知れない。もし、水晶花が見えたとしたら、その心の動きが分かるだろうか。
そんなことを思っていた時、
「あっ!」
光太朗の背後で声がした。
振り向くと、そこにはどこかで見た顔があった。
活発そうな表情は光太朗の記憶に焼き付いている。
あの公園で出会った、ランドセルを背負った女の子だ。もちろん、今はそれの代わりに肩掛けの小さなカバンをい下げている。
傍らにはその時を同じ、黒髪を腰元までに伸ばした女の子もいる。
「こんにちわ!お兄さん!」
人懐こい笑顔で、女の子は駆け寄ってくる。そして、大きくお辞儀。その所作からも元気さがが伺える。
と、相変わらず隣の女の子は厳しい視線を光太朗に向けている。自分は果たして何かやったのかと勘ぐりたくなる態度だ。
元気印の女の子は、光太朗の横の百合花に視線を映し、小さく会釈。
「・・・知り合い?」
百合花が小さく聞く。大きく解釈するならば、この女の子こそが百合花に正体が割れた要因だ。だが、自分の不手際をこの女の子にぶつけるのはお門違いだろう。
「一織ちゃん、デートの邪魔をしてはいけないわ。ほら、いい雰囲気なところを邪魔されて不機嫌になっているじゃない」
無論、的はずれな感想だ。
「で、デート」
目の前の女の子は、熱っぽく顔を赤らめる。
「あ、あの。あの時はありがとうございました。改めてお礼がしたくて」
律儀にもお礼を言ってくれる。それほどまでにあのぬいぐるみは大切なものだったのだろう。
もう一度少女が頭を下げ、振り返る時、異変は突然起きた。
光太朗がどこか嫌な感覚を感じた瞬間。
どさ、と何かが床に倒れる音がする。
それはドミノ倒しのように連続で聞こえる。気がつけば、展望台フロアのほぼ全ての人間が床に倒れ伏せたからだ。
光太朗は百合花を見る。だが、その表情は光太朗の予想しているものとは違った。なぜなら、百合花もその状況に戸惑っていたからだ。
「白崎・・・?」
「違う」
その言葉の意味を知るよりも先に、光太朗も百合花も、別の異変に気がついた。
この状況がアンチホープの仕業ならば、動けるのはふたり以外に例外はないはずだ。
光太朗の目の前。
あの少女が意識を保ったまま、床にしゃがみこんでいる。
意識を奪われてしゃがみこんでいるのではない。少女の友達の黒い髪の女の子が倒れ伏せ、駆け寄っていたのだ。だからといって、少女が意識を保っていられる理由にはならない。
少女は明らかに異常な状況にも驚き、混乱している様子はない。むしろ冷静で、表情を恐怖に歪めているわけでもない。
「違う、って?」
「アンチホープの能力じゃない」
この人間が無差別に倒れる現象が、か?じゃあ、一体誰の仕業だっていうんだ?
少女がこちらを向く。
いよいよ普通ではない状況に思考が追いつき、混乱すると思った。助けを求める。そう思った。
少女の視線は光太朗を見ている。正確には、光太朗の背後の展望台を覆う窓ガラスを。
その違和感に、光太朗、百合花とも後ろを振り向く。
そこには、奇妙な物体が映し出されていた。
例えるならば、魚の頭部のみのような。またはペンの先端だけの形状で、全身が深い青色の巨大な四角錐だ。
「何、これ」
それが百合花の知識の外側にいる存在だと示している。
「シェイドじゃ、ないのか!?」
その謎の生物、いや、生き物かもわからない。不快なプレッシャーを放つそれは生物のようでありながら、無機質な冷たさ、感情の見えない深い闇を感じる。
「ダスターですわ!一織ちゃん!」
緊迫した状況下に、どこか異質な声が響く。それは光太朗のものでなければ、百合花のものでも当然ない。名前も知らない間柄ではあるものの、少女のものでもない。
少女の肩から下げた小さなカバンがもこ、と波打つ。まるで、中に何か小動物がいるかのような。
にょき、と一織と呼ばれた少女のカバンの入口が動き、光太朗にとって信じられないものが姿を覗かせた。
全身を黄色で纏わせた、星型の物。
それが一織の持ち物ならば、その存在に何も疑うことはないだろう。
ただ、動いているのだ。ぬいぐるみであるはずの星型が。あまつさえ、喋っている。
だが、ニアという存在を先に知っているからか、それほど驚きがないのが自分でも怖い。
「ウサポ!まだ出ちゃダメ!」
カバンから見えている三角形の集合体を両手で押し込む一織。目の前に光太朗と百合花がいるからだろう。しかし。
「なぜですの!?ダスターが現れましたのに!」
一織の手のひらを押しのけて、強引に星型が姿を見せる。
星型が一織以外の人の気配に気が付いて、ばち、と光太朗と目(?)が合う。すると。
「ああ〜〜〜〜っ!」
星型はカバンから飛び出し、あまつさえ宙を漂い、光太朗へと詰め寄る。
星型の一辺の先端を光太朗へと突きつけ。
「一織ちゃん!こいつ、セクハラだけでなく、婦女暴行の極悪人ですわっ!」
と、ウサポとやらは穏やかではない言葉の羅列を光太朗に叩きつけた。
等の本人からしてみれば、身に覚えのない話だ。ウサポの言う行為を働いた記憶もない。第一、もしそうなら光太朗は今ここにはいない。
「忘れたとは言わせませんわっ!」
うる、とウサポの目が潤み、大粒の涙を浮かべる。
「わ、私のおしりを撫で回し、身体を無遠慮にもまさぐり、指で強引に鷲掴みにしましたわあっ!」
ウサポは顔を真っ赤に晴らしながら絶叫。身悶えしつつ、涙を噴出させる。
光太朗は思い出した。
ウサポがあの時の公園のぬいぐるみならば、土を手で払い、指で押し込んだ記憶はある。
当然その時は喋るだなんて、思いもしていなかったわけだが。
「ご、ごめんウサポ。人の気配があるところではぬいぐるみのふりをしてて、って私が言ったから」
激昂するウサポに、一織は申し訳なさそうに言葉をかける。
光太朗が言葉に詰まっていると、
ガシャアンっ!
背後で耳を裂くような瓦解音が聞こえた。
忘れていた!
展望台の外にいる、謎の化け物の存在を。
化け物は四角錐の身体を高速で回転させ、見えない衝撃波を生み、展望台のガラス面を砕いたのだ。
気圧が変化する感覚。
四角錐の後方から、帯状の何かが現れる。尻尾のように見えるが、やたら薄く、着物の帯のようだ。それは意思を持ったように揺らめき、砕けたガラスの中を伺いながら、先端が揺れる。
・・・まさか!
光太朗は本能的に地を蹴る。
凄まじい速度で帯の先端が伸びる。その帯の鋭い先端は、ウサポを狙っていた。
光太朗は前に飛び出て、ウサポをかばう。帯の狙いが逸れたその先が、光太朗を襲う。帯が目にも止まらぬ速さで加速。
「くうっ!?」
瞬く間に光太朗の身体を絡め取る。
そして。
「神野君っ!」
百合花の悲鳴が響き渡った。
四角錐から伸びた帯が、思い切り自分側に、邪魔者だと言わんばかりに光太朗を展望台の外へと引き寄せる。
横に掛かる重力を感じる間もなく、光太朗の視界は青い空を捉えていた。
やけにスローモーションに見える、こちらに何かを叫び、手を伸ばす百合花。
数十メートルのこの距離では、間に合わない。
代わりに、光太朗は大丈夫だ、という意志を込めた目を向けることしか出来なかった。
「あの方、わたくしをかばって・・・」
震える声でウサポがわななく。
「大丈夫。お兄さんは、正義のヒーローだから!」
その言葉に、百合花は驚く。
この一織という少女は、光太朗の正体を知っている!?
一織の言葉ではないが、百合花も光太朗を大丈夫だと信じることしか出来ない。それに、一織はこの化け物とも無関係ではなさそうだ。
ここで百合花は冷静にならなければならない。相手はシェイドではない化け物だが、この倒れた人たちを守らなければならない。一織も含めて。
「お姉さんは、下がっていてください!ここは私に任せて!」
・・・一体この少女は今、なんて言った?
目の前の化け物にも恐れをなさず、立ち向かう。さもそうするのが当然のように。
百合花は目を見開いた。彼女の身体の奥深く。そこに眩しいくらいに輝く光を見た。
それは自分や光太朗と同じ、勇者の素質を持つ水晶花の輝き。
一織は胸元に手を入れる、服の中からネックレスに繋がれた何かを取り出す。
それは、金色をした何か。
鍵だ。
それも、家の鍵とかそういうタイプではなく、一見おもちゃのような鍵。
一織はそれを右手に叫ぶ。
「スターアクセラレイション!」
構えた鍵を、前に突き出す。見えない鍵穴に鍵を差し込んだかのように。
「スタート!」
手にした右手を、捻る。
瞬間。
見えない何かが噛み合う音がして、見えない何かが回る音がする。
空間に亀裂が入り、光を支点に長方形の線を描き、宙に扉が描かれた。
透明の扉が、開く。
開いた空間の先は、藍色で空で染まり、無数の細かい輝きが見える。それは、宇宙を連想させる。
空いた扉から光が溢れ、一織の身体を包み込む。
ピンク色のオーラを含む風は、一織の腕や胴、足を伝い、服を変化させてゆく。
スカートが翻り、形を変え、髪の色までも桃色の波が打つ。
そして、頭部には自身の腕をも越える大きさの何か。
それはまるでウサギの耳のように折れ、それが頭の天辺で揺れている。
ただし、一織の頭部から直接生えている訳ではない。一織の頭頂部から数センチほど浮いた状態で立っているのだ。
ふわりとしたスカートが風を捉え、両足が地に着く。スカートを突き抜けた球体の尻尾がぴょこんと跳ねる。
「輝く星の使徒!」
百合花もかくやのコスチュームに身を包んだ一織は、化け物にも怯まず、勇猛に立ち向かう。
「バニーセイザー!」
ポーズを決め、構える一織の背後では、百合花がただただ目を丸くしていたのであった。




