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Episode 7

 ――カタカタカタカタカタ。

 キーボードを打つ手を止めて、壁に掛けられた時計を見上げる。時計の針は、午前0時を回っていた。


 あぁ、また終電逃した…。

 私は大きなため息をつきながら、天を仰ぐ。

 明日の朝イチで行われる取引先の企画会議で使うプレゼン資料は、やっと終わりが見えてきたところ。

 今日、いや0時回ったから、昨日だな。の夕方、沢渡部長に企画の方向性の大幅修正を仰せつかり、必死の残業でなんとかここまで漕ぎ着けた。


 先方のいきなりの方向転換…仕方ないとはいえ、こういうのマジで勘弁だわ。その度に身が削られる…。すぐに対応して沢渡部長にチェックしてもらったけど、目を通すなり修正点をばーっと上げられて、手直ししてたらあっという間にこの時間。

 でも確かに、修正した案の方が圧倒的にいいから、従わざるを得ないんだよな。悔しいけど。――にしても。

「沢渡部長、厳しすぎー!」

 大きな声で悪態をついた瞬間、後ろから突然声を掛けられた。

「悪かったな」

 びくっと身体を震わせ、恐る恐る振り返ると、無表情ながら怒気のオーラを纏った沢渡部長が立っていた。イケメンの怒気、怖すぎる!

「いえあの、すみませんっ!」

 慌てて謝った瞬間、ふっと目が覚めた。


 ビロードの天蓋が目に入る。

 あれ?ここは…。ええと、まだ夢?ん?どっちが夢だっけ?

 ふかふかのベッドから身体を起こし、周りを見回す。煌びやかな調度品が設られた広い部屋は、明らかに社畜OLのそれではない。だんだん頭がはっきりしてくる。そうだ、ここはラブソニの世界だった――。


 私イライザ・リー・ウォーノックは、乙女ゲーム『ラブソニック~愛は魔法とともに~』通称ラブソニの世界に、つい最近異世界転生ってやつを果たした、元社畜OLだ。前世での名前は、大城菜々香。ちなみにラブソニでのイライザの立ち位置は、所謂悪役令嬢というやつだ。


 異世界転生もびっくりだけど、もっとびっくりするのは、異世界転生してきたのが私だけじゃなかったってこと。先程の夢にも登場した鬼上司、沢渡部長も、この世界にカンパニュラ王国第一王子パトリックとして転生していたのだ。パトリックは当然ゲームの攻略対象で、OL時代の私の最推しだ。

 二人同時に転生してきた理由は、私たちが乗ったエレベーターの転落事故。

 事故の瞬間、私がアプリを開いていたラブソニに、どういう訳か二人して転生したのだ。しかも、なんと沢渡部長までもが乙女ゲーであるラブソニを全ルートコンプリートしていて、悪役令嬢イライザに転生した私をすぐに見破るという、さらに訳のわからない事態になった。

 挙げ句の果てに、沢渡部長は実は私のことが好きで、ラブソニをプレイしていたのは私の恋愛嗜好を探るためだった、などという驚愕の事実の発覚とともに、そのまま私は沢渡部長改め、パトリック第一王子に落とされた、というか、捕まった?のだった。


 ちょろ過ぎ!?だって、しょうがなくない!?パトリック、めちゃくちゃ課金してた私の最推しキャラだったんだもん…。見た目も声も、性格も、全部私の好みにクリティカルヒットなんだよ?それに沢渡部長のことも、厳しかったけど尊敬してたし…。そんな人が、私が人知れず努力してたことに気づいてくれてたうえに、そういうところを好きになった、なんて言われたら、そりゃ、ねぇ?落ちちゃうでしょ?しかもエリートビジネスマンの押しの強さ、ハンパじゃなかったんだよ?リアルの恋愛から遠ざかりまくってた干からびた社畜OLには、太刀打ちできないレベルだよ!?


「イライザお嬢様、どうかされましたか?」

 ベッドの上で誰に向けてかわからない言い訳を並べながら悶々とのたうち回っていると、物音を聞きつけたのか、まだ早朝だというのに私が起きた気配を察知したらしく、メイドさんがドアをノックした。公爵家のメイドさんってすごい。そしてこんな朝早くにごめんなさい。

 もう少し寝ていたい気もするけど、ラブソニの世界に来てまだ数日。ショートスリーパーにならざるを得なかった社畜OLの習慣が、まだ身体、いや、精神?から抜けない。

「ごめんなさい、ちょっと目が覚めてしまって。起きて少し魔法の勉強をするわ」

 公爵令嬢イライザらしくメイドさんに返事をすると、

「失礼いたします。それでは、お支度をさせていただきます」

 メイドさんが部屋に入ってきて、ドレスやら何やらの準備を始めてくれた。うーん、さすが公爵令嬢、至れり尽くせり…。


 ここ、ラブソニの世界には『~愛は魔法とともに~』とサブタイにある通り、当然のように魔法が存在する。前世ではもちろん、魔法なんてものには触れたこともなかった私は、まだこの魔法をうまく扱えない。

 学園の授業で魔法学の教科書は読んで、概要は理解したけれど、なんというか、力加減的なものが掴めないのだ。身体の中に魔力が渦巻いているのは感じるんだけど、どう出力したらいいのか、みたいな感じかな。とにかく、生まれて初めて与えられた未知の力を、まだ使いこなせないでいた。

 私が転生する前のイライザは、ゲームのヒロインのアンジーや、生まれつき魔力が強い王族のパトリックに次ぐレベルの魔法の使い手。転生してから一度も魔法の実技の授業がなかったから助かってたけど、今日はついに実技の授業がある。なんとかしないとヤバい状況だ。

 支度を整え、教科書を片手に庭に出ると、私は魔法の特訓を始めた。

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