Episode 6
青天の霹靂とは、このことだ。盛大に雷に打たれたような、ものすごい衝撃が走る。
沢渡部長が?私を?えぇ?
「いや…嗜好といっても…ゲームと現実は違いますよ…?」
驚きすぎて、言わなきゃいけないことはこんなことじゃないってわかってるけど、的外れなことを言ってしまった。沢渡部長が顔を赤くして反論する。パトリックの顔なのに沢渡部長に見えるって、ホント変なの。しかも照れてるのちょっと可愛いな。
「そんなんわかってるわ!それでも、あまりにも恋愛に興味なさそうな大城に、どうやったら意識してもらえるか、少しでも糸口が欲しかったんだよ。それで、ラブソニ始めた。そしたら、イライザがなんか大城ぽくて、ハマったっていうか…」
最後にはごにょごにょ、声が小さくなっていく。沢渡部長、キャラ崩壊してるよ…。
こんな人間味溢れる部長、見たことない。いつも厳しくて、無表情だったのに。つか、イライザが私っぽい?
「私、イライザと似てます?私誰かをいじめたりしてたつもりはないんですけど…。それに、あんな完璧な美貌は持ち合わせてませんよ」
「ていうか、今、大城がその完璧な美貌のイライザだけどな。誰かをいじめてんのも見たことないし。──似てるって思ったのは、そこじゃない。大城いつも頑張ってただろ。イライザと同じように、気を抜いたとこ、周囲に見せないようにしてたっていうか。あんなに残業ばっかしてたのに、ちゃんと毎日綺麗にして、周りにも気を遣ってて。それも、自分がモテたいとか、よく見られたいとか、そういうんじゃなく、仕事のために。仕事だけにのめり込んでなりふり構わなくなったら、逆に色々円滑に進まなくなる。それ、わかっててやってたよな?俺は、大城のそういうとこ、ずっと見てて、好きになった。そんでそういうとこが、なんかイライザと被った。イライザは公爵令嬢たるもの、って責務からそうしてただろ?アンジーをいじめるにしても、最後の塔から突き落とそうとした行動以外は、割とまっとうな指摘が多かったし。大城も、いつも毅然として理不尽なこと言う連中に反論してたから」
──気づいてた人がいたんだ。私がそうやって、ギリギリの状態で努力してたことに。
心の琴線に触れる沢渡部長の言葉に、久しくリアルな恋愛から遠ざかっていた私は不覚にも泣きそうになった。何か言ったら泣きそうなことに気づかれてしまいそうで俯いていると、部長が私の両頬に触れ、ぐいっと自分の方に向けた。
「パトリックになった瞬間、俺は庭園にいた。リアムとアンジーも見えたし、窓から覗くイライザも見えた。だから、その表情や態度から、イライザが大城だって、すぐに気づいた。俺はエレベーターが落ちた瞬間のことも、全部覚えてたからな。一緒に落ちた大城が、同じように転生してるのは当然だと思った」
だから、ずるいよ部長。ただでさえイケメンだったくせに、最推しのパトリックに転生なんて。めちゃくちゃ有能で、怖いけど尊敬できて、そのうえ私のことちゃんと理解してくれててって、どんだけスペック盛るのよ。
「あっちで大城を守れなかったのは悔やまれるけど、正直、俺にとってこの転生はチャンスだと思った。大城、パトリックの顔好きだろ?パトリックを一番推してたんじゃないか?」
大好きなパトリックの顔に不敵な笑みを浮かべて、沢渡部長が顔を覗き込む。悔しい、わかっててわざとやってる!
「どうして、そう思うんですか?他に魅力的なキャラはいっぱいいるのに」
悔し紛れに言い返すと、沢渡部長がさらに顔を近づけた。
「反応を見ればわかるよ。他の攻略対象に対する視線や表情と、パトリック…俺に向けるものが違う。いつも大城を見ていたから、そのくらいわかる」
「んなっ…!確かにパトリックは最推しでしたが…」
嘘、私そんなにわかりやすいの!?動揺する私に畳みかけるように、沢渡部長が迫ってくる。
「大城の推しのパトリックに転生できたのは、本当にラッキーだった。それに、アンジーがリアムルートに入ったなら、パトリックはフリーだ。パトリックルートなら、隣国の皇女と婚約するかもなんて話も出てきて面倒だったけど、幸いリアムだったおかげで、パトリックの婚約話はまだ白紙だし。この状況も俺に味方してると思った。今のうちに公爵令嬢で優秀なイライザと婚約してしまえば、こっちのもんだからな。大城の反応から、リアムに未練はなさそうだったし、早いとこリアムに退場してもらいたくて、ちょっと圧力かけさせてもらった」
ねぇ、ちょっと。パトリックの顔がどんどん悪い顔になってるから!もう沢渡部長にしか見えないよ!
「予想以上に早く結果が出て驚いたけどな。これで、俺が大城──イライザに迫っても、何の問題もない」
パトリックの顔がどんどん迫ってくる。もう、近すぎ!ホント近すぎ!両手で胸を押し返すけど、びくともしない。
「というわけで。全力でお前を落とすから、もう諦めて俺にしとけ」
言うなり、ちゅっとキスされる。
「ちょっ!手が早い!もう!私まだ何も言ってないのに!」
突然キスされたのに、嫌じゃない自分が憎い。だって最推しの顔で、ずっと前から思ってくれてて、なんて、こんなのずる過ぎる!
「俺のやり方知ってんだろ?逃がすかよ」
するり、と沢渡部長が私の腰に手を回して引き寄せる。
そうだ、沢渡部長のやり方。周到で、リサーチ能力高くて、そして、ここだ!って攻め時を絶対に逃さない押しの強さとプレゼン力。これはもう逃げられない。檻の中に追い込まれた気分だ。
「さあ、僕のものになって」
スチルにもあった、パトリックのキラースマイル。甘い瞳に酔いそう。
ここでこのカード切ってくるなんて、やっぱり沢渡部長には敵わない。
自分の中で、ことん、と何かが落ちた音が聞こえた気がした。だめだ、降参だ。
もう一度キスされる。今度はもう、心が、身体が、この人を受け入れてしまう。
長いキスの後、唇を離した沢渡部長──パトリックが、熱い瞳で見つめ、耳元で囁いた。吐息混じりの甘い声が耳をくすぐる。
「大城、返事は?」
もう落ちたってわかってるくせに。私は上目遣いでパトリックを睨みつけて、それから溜息とともに答えた。悔しいけど、お手上げだ。認めざるを得ない。
「あなたのものに、なります」
ゲームの中の、ヒロインのセリフ。
私の答えを聞いて、ふっとパトリックの表情が緩んだ、と思った瞬間、強く抱きしめられる。
「やっと、やっと手に入れた。異世界で思いを遂げるとは思ってなかったけど、どこにいても大城への気持ちは変わらない。何があっても俺が守るから、この世界で、二人で生きていこう。大城、いや、イライザ嬢」
悪役令嬢に転生したうえに、シナリオからも初日から逸脱してるなんて、正直不安は山積みだけど、沢渡部長が一緒なら、どんな問題が起きてもどうにかなりそうな気がするから不思議だ。
「どうぞお手柔らかに。これからよろしくお願いいたします。パトリック様」
私たちは顔を見合わせて、笑った。