Episode 56
経済学の授業が終わると、私は講師を務めてくれているグザヴィエ先生に、さりげなく話題を振ってみた。
「そういえば、授業の前に階段で第二王子殿下にお会いしたのですが、第二王子殿下もグザヴィエ先生の授業を受けていらっしゃるのですか?」
グザヴィエ先生は、60歳を過ぎているだろう老紳士で、以前は私たちも通っている学園で経済学の先生をしていたと聞いている。教鞭を執る傍ら、自らの研究も堅実に進めてきたため、今ではこの国の経済学の第一人者として、授業をするのは王族や私のように王族の婚約者になっているような立場の人のみらしい。さすが元教師だけあって、授業はとてもわかりやすい。
「おや、ルディ殿下に会われたのですね」
グザヴィエ先生は、少し困ったような顔をした。そうだ、ルディだ、第二王子の名前。うまく聞けてよかった。でも、どうしてグザヴィエ先生はこんな表情なんだろう?
私の疑問を感じ取ったのか、先生は小さく咳払いをした。
「いえ、殿下が学園に入学なさってからは、私の方では授業は受け持たせていただいておりませんでした。ただ、学園も夏期休暇ですし、尋ねてきていただければいつでも質問にお答えしますよ、と先日お伝えしておりましてね…」
この感じだと、第二王子の経済学の成績は芳しくないようだ。以前は教えていた手前、フォローできればって思ってるのかな?
「そうでしたか。パトリック殿下も、入学前はグザヴィエ先生の授業を?」
あまり第二王子について突っ込んで聞くのも不審がられそうなので、私はパトリックの話題を振った。
「ええ!パトリック殿下はそれはもう、優秀でいらっしゃいましたよ」
パトリックの話になった途端、グザヴィエ先生の表情がぱあっと明るくなった。学園に入る前のことだから、今の沢渡部長のパトリックじゃないけど、元々のパトリックもやっぱり優秀だよね。さすが私の最推し。
「それに、パトリック殿下は、今でもよく私のところにいらしてくださいます。自分の考えについて、意見を聞かせてほしいとのことで。優秀なうえに、本当に熱心に色々なことを学ばれていて、パトリック殿下には本当に頭が下がります」
パトリック、あんなに忙しいのに、そんなことまでしてるなんて…。この国の王太子になり、ゆくゆくは国王として国を治めていくために努力してるんだろうな。
私はきゅっと手を握りしめた。私も覚悟を決めたんだから、パトリックの婚約者としてしっかり頑張らなくては。
「さすがはパトリック殿下ですね。私も見習わせていただきます」
「イライザ嬢も、とても優秀でいらっしゃいますよ。自慢の生徒さんです」
私の言葉に、グザヴィエ先生が優しく微笑んだ。
「ありがとうございます。先生の授業がわかりやすいおかげですわ」
私も笑顔でお礼を言う。こういう時、前世の癖でついつい謙遜してしまいそうになるけど、公爵令嬢的にはお礼を言うのが正解だ。
「ではまた、次回の授業でお会いしましょう」
穏やかに微笑んで部屋を出て行くグザヴィエ先生を見送り、私は机の上の資料をまとめた。
とりあえず第二王子の名前は聞けたし、後は邸に帰ってからアンドレにでも探りを入れてみよう。そんなことを思いながら部屋を出た。
「イライザ嬢」
出た瞬間に声を掛けられる。私は思わず叫びそうになるのを懸命に堪えた。




