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Episode 52

「お嬢様、失礼いたします」

 メイドさんがドアをノックする音に、私はびくりと目を覚ました。どうやら、結構しっかり寝ていたらしい。

 いつも私の身の回りのお世話をしてくれるメイドさんは二人いる。この声はそのうちの一人、リラさんの声だ。リラさんは26歳のすらっと背の高い女性で、栗色の髪をいつもきっちりまとめている。

「おはよう、リラ」

 ふかふかのベッドでもっと寝ていたい気持ちを何とか宥めつつ、私は身体を起こした。

「まだ眠り足りないかと思いますが、登城の時間を考えますと、そろそろお支度を始めた方がよろしいかと」

 起き上がった私の足元に部屋履きを用意してくれながら、リラさんが言った。

「そうね。ありがとう」

 転生したばかりの頃は、こうやって身の回りのお世話をされることに慣れなくて戸惑ったけど、今はだいぶ慣れた。リラさんたちもこれがお仕事なんだから、変に遠慮したり気遣ったりし過ぎるより、素直にお世話されるべきだと悟ったからだ。


 ドレッサーの前に座った私の髪を、リラさんが丁寧に梳いてくれる。すると、再びドアにノックの音がした。これはきっと、もう一人のメイドさんのスージーさんだ。

「どうぞ」

 私が言葉をかけると、予想通りスージーさんが頭を下げて部屋に入ってくる。

「本日のお召し物をお選びいたします」

 スージーさんはリラさんより少し年上の28歳。結婚していて、旦那さんはこの邸で庭師をしているジミーさんだ。小柄なスージーさんと逞しいジミーさんを見ていると、何かほっこりするんだよね。


「こちらのブルーのドレスはいかがでしょうか?」

 髪を梳かしてもらっている私に見えるように、スージーさんがドレスを見せてくれる。

「ええ、それでお願いするわ」

 私付きの二人は、身支度においてはリラさんが私のヘアメイク担当、スージーさんがスタイリスト担当、といった感じで役割分担されている。二人とも、イライザの美貌とスタイルを存分に引き立ててくれる凄腕の持ち主だ。

 今日も見事な完成度で、我が身ながら惚れ惚れする出来映え。鏡には寝不足の要素を微塵も感じさせない、完璧公爵令嬢が映っていた。

「今日もありがとう」

 私は二人にお礼を言うと、朝食のために階下に降りた。


「おはようイライザ」

「おはようございます。義姉さん」

 ダイニングルームには、すでにお父様とアンドレが揃っていた。

「おはようございます」

 私も挨拶をしてテーブルにつく。すぐに料理が運ばれてきて、朝食が始まった。

「今日は私たちも登城することになったから、一緒に向かおう」

 お父様がにこにこしながら言った。

「そうなのですね。それでは是非。お父様たちはどんな用事があるのですか?」

 私が尋ねると、アンドレが少し面倒くさそうに溜息をついた。

「王城の魔法学者が、お義父様に相談したいことがあるんだってさ。ほら、アンジー嬢?だっけ?が、国家魔道士に認定されたでしょ?お義父様は黒魔法と相対すると言われる白魔法にも詳しいから、何か話が聞きたいんだって」

 アンジーが国家魔道士に認定されたことが、我が家にも影響するとは思わなかった。まあ、お父様は公爵という立場に加え、魔法学に関してもかなりの重鎮のようだから、無理もないのかも。でも、こんなにすごいお父様が、どうして魔法省大臣じゃないのかな。

「黒魔法の存在は秘匿されているからね。私があらゆる魔法にかなり精通しているということは、陛下やパトリック殿下以外は、かなり限られた人間しか知らないんだ。だから私は魔法とはまったく関係ない、政務の方に携わっているんだよ」

 不思議に思った私の心の声が聞こえたかのように、お父様が言った。

「そうでしたね」

 私にさえ、黒魔法の存在を教えてくれなかったくらいだ。余程の機密事項なんだろう。

「でも、今回わざわざアンドレも一緒に登城されるんですね」

「そうなんだ。まあ、少し前にアスター帝国の件もあったし、せっかく誕生した白魔法の使い手の国家魔道士の扱いについて、早く方向性を固めたいんだろうね」

 そういうことか。国防は大事だもんね。とはいえ、国家魔道士になったアンジーが危険なことに巻き込まれないように、しっかり考えておいてもらわないと。

 きっとパトリックも、この件でいろいろ考えているんだろうな。もう完璧な策を練ってありそうな気がする。昨日、帰ってからちゃんと寝たのかな。

 前世では、私も相当だったけど、沢渡部長はもはや社畜というよりワーカホリックといえるほどだった。婚約披露パーティーも控えているんだから、きちんと身体を大事にしてほしい。

 気になり始めると、早く顔を見て安心したくなる。

 私は手早く朝食を済ませると、少しでも早く出掛けられるように席を立った。

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