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Episode 51

 私とパトリックは、いつものように並んで馬車に揺られていた。窓の外はすっかり暗く、空には星も輝いている。

 馬車はサマーフェスティバルの開催地ナウパカから、王都へと向かっていた。閉会式の後、私たちはすぐに馬車に乗ったのだった。

「もう一泊できたら、どんなによかったでしょうね…」

「そうだな。だが、もうこれ以上仕事をため込む訳にはいかないからな」

 二人ともどんよりした気分を隠す気にもなれない。前世で言うところの、連休が終わっちゃう…明日仕事行きたくないよー!の心情だ。

「ああ、帰ったらまた、王妃教育と黒魔法の特訓、それから婚約披露パーティーの準備が…」

「学園が夏期休暇に入ったことだけが救いだな。課題はあるが、授業を受けなくてすむから、その分の時間は他の仕事ができる」

「ですね。学園がないと思うと、少しだけ…ホントに少しだけですけど、救われる気がします…」

 とはいえ、その時間は普段学園がある時は入れられなかった王妃教育に埋め尽くされるでしょうけど…。


 馬車が王都に着くのは深夜だ。そこから少し寝て、また登城しなければならない。社畜時代を彷彿とさせるハードさだ。

「結局どこにいても私たち、ゆっくりできない運命なんですね」

 私は窓のカーテンを閉めながら、溜息をついた。

「そうかもしれないな。一日だけでいいから、何もせずに泥のように眠りたい」

 反対側のカーテンを閉めながら、パトリックも溜息をつく。

「ホント、それですね…」

 私は欠伸をかみ殺しながら頷いた。

「馬車の中で仮眠を取っていこう。ほら、ここ」

 パトリックが自分の肩を指さす。頭をそこにもたれさせろということだろう。

「でも、それじゃパトリック様が疲れてしまいません?」

 私が躊躇うと、パトリックがにっと笑う。

「大丈夫。俺はこうするから」

 言うなり、私の頭を自分の肩にもたれさせ、私の頭に自分の頭をことんと乗せた。

「な?これなら二人とも寝られるだろ?」

「――ですね」

 恥ずかしいけど、もういいや。疲れてるし、確かにこれは楽だし安心する。

「じゃあ、遠慮なく寝かせていただきます」

「ああ。おやすみ」


 魔法で緩和された馬車の揺れが、眠りを誘う。

 ああ、サマーフェスティバル、慌ただしかったけど楽しかったな。アンジーも国家魔道士になれたし、リアムとの仲もかなり深まったみたいだし。これからいろいろ上手くいくよね…。あ…そういえば、パトリックの濡れた白シャツ姿、見逃した…。今度王城の庭で水かけて、強引にあのスチル再現してやろうかな…。

 とりとめのないことを考えているうちに、私は眠りに落ちていた。


「パトリック殿下、ウォーノック公爵邸に到着いたしました」

 馬車の外から声が掛けられ、私ははっと目を覚ます。同時に私の頭に乗っていたパトリックの頭もぱっとどかされる。

「すっかり寝てしまっていたようだな。イライザ、大丈夫か?」

 ちょっと首筋が痛いけど、ぐっすり寝たせいか、頭は割とすっきりしている。

「はい。パトリック様は?」

「俺も大丈夫だ。思いの外熟睡したようだ」

 パトリックも私と同じだったようだ。互いに顔を見合わせて、くすっと笑う。

「また数時間後にお会いすることになりますが、一旦、お疲れ様でした」

「ああ、お疲れ様。ベッドでもう一度しっかり寝てくれ」

 パトリックは自ら馬車の扉を開けると、先に降りてエスコートの手を伸ばした。私はその手を取り、ゆっくり馬車から降りる。夏とはいえ、深夜の夜風は少し冷たい。すうっと首筋を通り抜けた夜風に、思わずぶるっと身体を震わすと、パトリックが自分の上着を脱いで肩に掛けてくれた。

「私はすぐに邸の中に入りますから、これはパトリック様が着ていてください」

 私が慌てると、パトリックが首を振った。

「僕は大丈夫だから、イライザが着ていて?短い間でも、イライザが風邪を引いたら困るから」

 いつもの完璧な王子様スマイル。これはもう、抗うよりも早く馬車に戻ってもらえるようにした方が賢明だ。

「わかりました。ありがとうございます。パトリック様もお気をつけて。また明日、お会いしましょう」

 私の公爵令嬢スマイルを見て、パトリックが満足気に頷く。

「ああ。また明日。おやすみ、イライザ」

「はい。おやすみなさい。パトリック様」

 再び馬車に乗り、手を振るパトリックを見送ると、私は邸に入った。


「イライザ、おかえり」

 邸に入ると、深夜にもかかわらず、お父様が出迎えてくれた。

「お父様。起きていらしたのですか?」

 驚いた私に、お父様はさも当然といったように微笑んだ。

「愛娘が帰ってくるのを待たない父がいようか。無事に帰ってきて安心したよ」

 お父様に抱きしめられ私は少しくすぐったい気持ちで抱きしめ返す。

「ありがとうございます。無事に戻りました」


 前世でもお父さんとの関係は悪くなかったけど、こんな風にハグしたことはない。正直、日本人だった私には恥ずかしさが拭えないけど、愛されているのが伝わってくるから、嫌じゃない。

「さあ、入浴の準備ができているから、早く入浴をして休みなさい。明日も登城しなければならないのだろう?」

 お父様に促され、私は頷いた。

「はい。お父様も休んでくださいね」

「ああ。イライザの顔を見たから、安心してよく眠れそうだ」

「ふふ。私もよく眠れそうです」

 私は「おやすみなさい」とお父様に挨拶をして、二階の自分の部屋に向かった。

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