Episode 46
ノバック伯爵は私たちが宿泊しているホテルにいるという報告を受けて、私たちは早速ホテルに戻ることにした。ホテルにフェスティバル本部が設けられているそうで、ノバック伯爵はさっきご令嬢とリアムとのお見合いを終えて、ホテルに移動したらしい。
「今日は何度もここを往復してますね」
ホテルに戻る道を歩きながら、私は言った。
「そうだな。同じクライアントに何度も足を運ばされた時のことを思い出すよ」
「沢渡部長にもそんな経験があったんですね」
「しょっちゅうあったさ」
「なんか以外です。いつもそつなく仕事してるイメージだったから」
「まったくそんなことなかったよ。特に入社してすぐは、無駄足や非効率な訪問も数え切れないほどあった。そのうち、効率よく仕事する方法を学んでいったけど、でもやっぱり、相手がある場合には、効率だけ考えてるとうまくいかない。相手が何を望んでいるかに寄り添わないといけないからな」
「沢渡部長が取ってきた契約の数、半端なかったですもんね」
元々のスペックに加えて、それだけ努力していたのなら、あの結果も納得だ。
「大城の残業時間も半端なかったけどな」
私はあはは、と笑った。確かにほぼ毎日残業してたもんなぁ。
「なんかもう、やってもやっても終わらなかったんですよねー。要領が悪かったってことですかねー」
自嘲すると、パトリックの表情が翳った。
「――それは俺の割り振りのせいだよ。大城には無理ばっかりさせて、本当に悪かったと思ってる。俺は本当に、ダメな上司だった」
私は慌てて首を振った。
「冗談ですよ!沢渡部長のことは、怖かったけど尊敬してましたし。残業が多かったのは、私の力不足ですから」
残業は大変だったけど仕事は好きだったから、沢渡部長を責めるつもりはなかったんだけど、どうやら沢渡部長にとっては、あれは悔やまれることだったらしい。
「いや、俺は大城の仕事を評価してた。だからこそ、頼りすぎてしまってたんだと思う。俺が大城に甘えず、もっとちゃんと他の奴を育てて仕事を割り振ってたら、あの時、あの時間に大城がエレベーターに乗ることもなかったはずだ。だから…」
私たちがこの世界に転生するきっかけになったエレベーター事故。でもそれは、沢渡部長のせいなんかじゃない。沢渡部長は私を守ろうとしてくれたのに、責任なんて感じないでほしい。
「私、今のイライザの生活、結構気に入ってるんですよねー」
私はパトリックの腕に自分の腕を絡めた。パトリックが驚いた顔で私を見下ろす。普段やらないことをしている恥ずかしさで耳が熱くなったけど、それよりも、今は自分の気持ちを伝えたい思いの方が大きい。
「この世界に来たからこそ、こうやって私たちは思い合えたじゃないですか。沢渡部長は、私…大城菜々香のこと、好きだったって言ってくれましたよね?あのまま、あっちの世界にいたら、私はきっと、沢渡部長の気持ちに気づかないままでした。ずっと仕事ばっかりして、社畜生活送ってました。沢渡部長は、そんな関係のままがよかったんですか?」
「いや、大城に気持ちを伝えて思い合えた、今の関係になれて、それは本当によかったと思ってる」
「ならいいじゃないですか。いいって言うのも変かもしれませんけど…。でも二人とも、今の関係に満足してる。それに、あの頃仕事を頑張っていたおかげで、こっちの世界でやれることもたくさんあります。あの頃の経験は全部、今の私にプラスになってま…わぁ!」
言い終わらないうちに、パトリックに抱きしめられた。
「ああもう本当、どうしようもなく好きだ」
「私もですよ」
パトリックの背中に手を回し、ぽんぽんと背中を優しく叩く。
「これからもずっと一緒にいるんですよね?二人で幸せになりましょうね」
「うん。絶対に二人で幸せになる。ずっと一緒にいる」
パトリックが私を抱きしめる腕に、さらに力が籠もった。何だか可愛くて、私もぎゅっと腕に力を入れて応える。
私たちはしばらくそうして抱き合っていた。
「よし!力が漲ってきた!このままずっとイライザを抱きしめていたいが、そうもいかないからな。ノバック伯爵との交渉に行くか」
パトリックが名残惜しそうに身体を離す。
「そうですよ。早くアンジーとリアムもハッピーなルートに進んでもらわないと。何の憂いもなく婚約式を迎えたいですからね」
「そうだな。皆から俺たちの婚約を盛大に祝ってもらわないとな」
私たちは笑い合って手をつなぎ、ホテルに入っていった。




