Episode 45
パトリックに色気たっぷりの笑顔を向けられて、このまま二人でサマーフェスティバルを楽しみたい気持ちにされかかったけど、私はぐっと思い留まった。
「ダメですパトリック様。今はあの二人をどうにかしないと」
小声で諭すと、パトリックがおもしろくなさそうに顔を歪めた。
「ちっ」
今舌打ちしたな?私だって我慢してるんだからね!
「さっき二人の姿が光ったところを見ると、アンジーの魔法レベル、上がりましたよね?」
舌打ちを敢えて笑顔でスルーし、私はまた浜辺の二人に目を向けた。
「そうだな。でも、白亜石千個は見つけておくべきだな。もっとレベルを上げないと、今のままではとても国家魔道士にはなれないから」
あからさまに溜息をつきながら、パトリックが頷く。こういう感じは、めちゃくちゃ沢渡部長だな。
「リアムにも付き合わせて、二人でやらせとけ。一緒にいられて修練にもなるなんて、一石二鳥だろ。これだけしてやれば十分なはずだ。もう俺たちは行こう」
「え…もう行くんですか?」
「レベルの上げ方は教えたし、二人が思い合い、協力できる状況まで作ってやった。他に何をするんだ?二人がいちゃいちゃしてるのをずっと見守るつもりか?それこそ時間の無駄だろう。それに二人だって、俺たちがいない方がやりやすいはずだ。イライザは上司に仕事してるところを、ずっと見張られたいか?」
わー、パトリックの顔が沢渡部長に見えてきた。
「それは…ずっといられたら間違いなく嫌ですね」
沢渡部長を論破できるはずがない。それに、確かにずっと見守っていたところで、もう私たちにできることはないし、アンジーたちにとってはやりにくいだけだろう。正論だ。
「だろう?俺たちが今すべきことは、ここでただ二人を見守ることじゃない。アンジーが力をつけた時、それを認めさせる場をどう用意するか考えることだ」
そうだった。アンジーがここで白魔法のレベルを上げたとしても、それを公に認めさせる機会を作らなければ、国家魔道士にはなれない。学園の試験以外に、アンジーの力を示すことができる場を用意しないと。
さすが沢渡部長のパトリック、ちゃんと次のことを考えて、行動に移そうとしている。
「決まりだ。行くぞ」
納得した私の顔を見て、パトリックがにっと笑った。
パトリックは側近の人を呼び寄せ、アンジーに引き続き白亜石を探すよう伝えること、リアムはアンジーの助けになるよう、そばを絶対に離れないことなどを指示した。
「それじゃあ、僕たちはフェスティバルの散策に戻るから、後は頼んだよ」
いつもの完璧な王子様スマイルを見せたパトリックに、側近の人が少し頬を染めて礼をした。いつも見ているはずなのに、あらためて見蕩れてしまうあの笑顔。気持ち、わかるわぁ…。私は側近の人に心から共感しつつ「よろしくお願いいたしますね」とパトリックに負けないように公爵令嬢スマイルを披露した。
「フェスティバルの散策に戻るなんて言ってましたけど、本当はこれからどうする予定なんですか?」
並んで歩きながら聞くと、パトリックが考えありげな視線を送ってきた。
「アンジーの白魔法を認めさせるための舞台に、ちょっと考えていることがあってな。その舞台を用意できるかどうか、交渉に行こうと思う」
「これからですか?ってことは、フェスティバルに関わる何かってことですよね?」
「さすが、察しがいいな。このままノバック伯爵のところに行く」
ノバック伯爵はサマーフェスティバルの主催者だ。そういえば、そのご令嬢とリアムがさっきお見合いしたんだよね。さっきのアンジーとの様子をみる限り、そっちは心配なさそうな気はするけど。
「サマーフェスティバルは明後日まである。今日、明日とアンジーにはしっかり特訓をしてもらって、意地でも白魔法のレベルを上げてもらう。リアムにはもちろん、特訓に付き合わせて、絆も深めさせる。そして明後日の閉会式で、アンジーを国を背負う白魔法使いとして紹介し、魔法を披露させる場を用意してもらえるよう、ノバック伯爵に交渉しようと思う」
閉会式をそんな風に使おうとは、さすが沢渡部長らしい大胆な計画。だけど…。
「ただ白魔法を披露しただけじゃ、国家魔道士に認めてもらうのは難しいんじゃないですか?誰か魔法省の人とか、いなきゃ認めてもらえないだろうし…」
「メリッサが来てるんだろ?」
メリッサ?メリッサ今関係ある…?
――あ!攻略対象の一人、クリストファーの婚約者であるメリッサの父親は、魔法省の大臣だ!魔法省はこの世界では、かなり重要な省庁。さすがメリッサはラブソニの悪役令嬢の一人。ちゃんとそのポジションに相応しい権力者の娘だ。
「娘に付き添って、大臣もサマーフェスティバルに来るという話を聞いていたのを思い出したんだ。ここでの花火は魔法で上げているから、魔法省もフェスティバルに関わっている」
「じゃあ、魔法省大臣に、アンジーの実力を認めてもらうってことですね」
「ああ。これ以上ない適任者だろ?さあ、ノバック伯爵と交渉して、必ず閉会式で時間をもぎ取るぞ」
クライアントと交渉に行く時の、スーツの沢渡部長の背中が頭を過る。この人についていけば、絶対に大丈夫って思える、あの安心感。
「はい!行きましょう!」
私も思わず社畜OLに戻った気分で、歩き出すパトリックに続いた。




