Episode 44
「それでは、まずはこの海岸にある白亜石を千個、魔法を使って探し出してみてください」
「白亜石を…千個!?」
「はい」
私が出した課題に、アンジーは目を大きく見開いた。
「石を見つけることが、魔法の力を高めることになるのですか?」
うん、もっともな質問だよね。特訓ってイメージとはだいぶかけ離れているから、ゲームの知識がなければ私だって同じことを言うと思うもの。
私は小さく咳払いをして、ものすごく真剣な顔で説明を始めた。
「これはあまり知られていないことなんですけれど、白亜石はほんの僅かながら、白魔法の力を帯びているのです。だから、この広い砂浜から白亜石だけを見つけ出すことは、魔法の感覚を研ぎ澄ます修練になるのです。それに、見つけ出した白亜石は、加工すれば魔力を回復するアイテムになりますわ」
だから、ゲームのサマーフェスティバルのイベントでは、私はかなりの白亜石を見つけ出してレベルを上げた。ただ、ラブソニはあくまでも乙女ゲーなので、こういうちょっとしたミニゲームでレベルを上げる以外には、やっぱり攻略対象と仲を深めることが大切なんだよね。所謂”愛の力”が、魔法のレベルを上げる一番の原動力なのだ。
「さすがイライザ様。博識でいらっしゃいます!」
アンジーはその純粋な瞳をきらきら輝かせている。ゲームをプレイしてたから知ってるだけなので、どうにも罪悪感があるけど、それを言うわけにはいかないから仕方ない。
「そろそろリアムもここに来るんじゃないかな。使いを出しておいたから」
私がアンジーにいろいろ説明している間、パトリックは側近の人たちに何か指示をだしていたようだったけど、リアムを呼び寄せていたらしい。さすが、ラブソニの全ルートをフルコンプし、完璧主義ゆえにレベル上げに関しても熟知しているだけある。レベル上げにリアムの存在が必要不可欠だとわかっていたから、すぐに手配してくれたんだろう。
「リアム様が、ここにいらっしゃるんですか?」
アンジーは一瞬表情を輝かせたが、すぐに表情を曇らせる。会えることへの喜びと、リアムがお見合いをしたということへの不安が入り交じっているんだろう。そんなアンジーの様子を見て、すかさずパトリックが上品に微笑みながら、アンジーを諭すように言った。
「うん、来るよ。君たちはちゃんと話をすべきだからね。君の心に不安がある状態では、白魔法の力を伸ばすのは難しいんだ。だから、君の気持ちをきちんとリアムに伝えた方がいい。それにリアムだって、君と話をしたいと思っているはずだ」
「はい…」
目を伏せて頷くアンジー。まだリアムに会うのは怖いのかもしれないけど、ここは頑張ってもらうしかない。早く絆を修復することは、レベルを上げるためにも急務だ。
「リアム様と一緒に生きていくために、力を尽くすのですよね?」
後押しする私の言葉に、今一度アンジーが力強く頷いた。
「――はい!頑張ります!」
私もパトリックも、ほっと胸をなで下ろす。
「よし。じゃあ、リアムが来るまでは、イライザの指示通り、白亜石を探すといいよ。僕たちは少し後ろで見ているから」
「はい!ありがとうございます!」
浜辺に手をかざし、目を閉じて集中しはじめたアンジーの邪魔にならないよう、私たちは海岸から離れた。
アンジーが白亜石を百個ほど見つけたところで、リアムが浜辺に到着した。パトリックの護衛のため、今日は目立たない服装をしていたけど、お見合いのために上だけでもと、きちんとしたシャツに着替えさせられたんだろう。中途半端に小綺麗な服装をしている。だけど、そのせっかくのシャツは汗でじっとりと濡れ、着崩れていた。フェスティバルのため、街中の道は馬車や馬が通れなくなっているところがほとんどだ。きっとその中を懸命に走ってきたんだろう。
リアムは浜辺の一段上に設置されたベンチに座っていた私たちに向かって一礼すると、真っ直ぐにアンジーに向かって走って行った。その手にはあの黄色い花が握られている。
「パトリック様、あの花…」
「リアムを呼び寄せた時に、持たせるように手配しておいたんだよ」
――さすがすぎる。私はあらためて尊敬の念を込め、パトリックを見つめた。
「イライザも、これだけは挿しておいて」
いつの間にか後ろにいた側近の人が、そっと黄色い花をパトリックに渡す。その花を、パトリックが私の髪にすっと挿してくれた。
傷心のアンジーに会いに来るのに、花冠をしてくるわけにはいかず、ホテルの部屋に置いてきていたのに。
「ありがとうございます」
私は胸がいっぱいになりながら、パトリックにお礼を言った。
「アンジー!」
リアムの声に、アンジーがびくっとして振り返る。
「待たせて…すまなかった!」
リアムは足を止めることなくアンジーの元に駆け寄り、その華奢な身体をしっかりと抱きしめた。
「リアム様…!」
青い海を背に抱き合う二人の姿が、輝きを放つ。きっとアンジーの白魔法のレベルが上がったんだろう。
「――パトリック様…!!」
その、まるでゲームのスチルのような美しいシーンを見て、私は思わずパトリックの服の裾を引っ張ってしまった。
「これぞラブソニですよ!なんて素敵なんでしょう!!感動で涙が…!」
興奮を抑えきれない私を見下ろし、パトリックが呆れたように溜息をつく。
「最推しが隣にいるっていうのに、それよりあっちの方が感動的なの?」
「違いますって!あの堅物のリアムが、感情剥き出しでアンジーを抱きしめている、この絵面がいいんじゃないですか!ラブソニファンなら誰もが感動するはずですよ!どうしてこの素晴らしさがわからないんですか!?」
「俺は別に、ラブソニファンって訳じゃないしな」
興奮する私とは対照的な態度で、パトリックがぼそっと呟く。そうね、前世の私の恋愛の嗜好が知りたかったからやってたんですもんね、ラブソニ。でも、フルコンプ済みなら、それなりにこのシーンを感慨深く思えてもいいだろうに。
「まあ、イライザが嬉しいなら、それでいい」
不意にパトリックに手を握られて、顔があっという間に熱くなる。
「側近の方も、護衛の皆さんも、見てますから…」
少し離れているので会話の内容は聞かれていないはずだけど、こっちの様子には常に気を配っている方々がいる前でいちゃつくのは、だいぶ恥ずかしい。
「婚約者に手を握られたくらいで、何が恥ずかしいんだよ」
「いや、でも何となく…」
「あいつらだけずるいだろ。このくらいは俺にもご褒美がないと」
握った手を恋人つなぎに握り直し、パトリックがあの色香がダダ漏れの艶麗な笑みを見せた。




