Episode 43
アンジーの様子を見守ってもらうようにお願いしていた護衛の人に連絡を取ると、アンジーはまだ一人で海辺にいることがわかった。やっぱりまだリアムとは合流できていないようだ。
「行ってみましょう。もしリアム様が来たら、すぐに帰りますけど」
「ああ、行こう」
私たちはすぐにホテルを出て、海辺に向かった。
「あ、あそこに」
砂浜に座り込み、一人海を見つめているアンジーの姿は、すぐに見つかった。心なしか、華奢な背中がより小さく見える気がする。
「アンジーさん」
私が声を掛けると、アンジーはびくっと肩を震わせて振り向いた。泣いていたのか、目元が赤い。
「え…?イライザ様?…と、パトリック殿下?」
私たちが普段と違う髪色と服装をしているせいで、アンジーは一瞬戸惑った表情を見せた。
「そうよ。驚かせてごめんなさいね。騒ぎにならないように、いつもと装いを変えているの。アンジーさんはお一人?リアム様は一緒ではないの?」
「――はい。本当は一緒にサマーフェスティバルを見て回る予定だったんですけど…」
アンジーが俯く。微かに唇が震えていて、私まで胸が痛くなる。
「リアム様はどうされたの?」
本当は理由を知っているけど、それを言うわけにはいかない。申し訳ない気持ちを隠しつつ、私はできるだけ自然に聞こえるよう祈りながら尋ねてみた。
「リアム様は、お家の用事ができてしまったそうで…」
消え入りそうな声。ああもうリアム!なんでお見合いなんて早くけりをつけてこないのよ!
「そう。こんな素敵な場所に恋人を一人にするなんて、リアム様もひどい方ね。そう思いませんこと?パトリック様?」
アンジーの白魔法を強化する方法を伝えるために、何としてもアンジーの口から今の状況を聞き出したい私は、パトリックに話を振った。
「そうだね。アンジー嬢とフェスティバルを見て回りたいだろうと思って、わざわざ僕の護衛を半日にしておいてあげたのに、リアムは何をしているんだろうね。それに、護衛騎士が事前の申告と違う行動をしているというのも、いただけないな」
パトリックがその美麗な顔を顰めてみせる。いつもながら、眉間に皺を寄せただけで色気が倍増するのは反則だと思う。今は最推しの麗しさに酔っている場合じゃないのに!
「いえ、リアム様のせいではありません!私が…私に力がないのがいけないんです。せっかくイライザ様が応援してくださったというのに、本当に申し訳ございません…」
やっと聞きたかった言葉が聞けた!パトリックの色気に表情を変えず耐えただけのことはあった。
「力がないというのは?アンジーさん、リアム様との婚約のお話は進んでいないのですか?」
「――侯爵夫人は私がリアム様の婚約者になることを望んでおられないんだそうです。それはそうですよね、お恥ずかしながら私はただの平民ですし、白魔法を使えるとはいえ、それほどの実力を有しておりませんので…。侯爵家のご令息であるリアム様と婚約するなど、とても叶うものではないんだと…改めて思い至っているところです…」
「では、リアム様と一緒に生きていくのを諦めるとおっしゃるんですか?わざわざ自身の立場を危うくしてまで私と婚約破棄したリアム様を、あなたは捨てると?アンジーさんの思いは、覚悟は、その程度でいらっしゃるの?二人の真剣な思いを感じ取ったからこそ、私も自分の思いに蓋をして婚約破棄を受け入れたというのに、がっかりです」
私は少し語気を強めた。リアムとの婚約破棄はもちろん望んでのものだったけど、敢えて未練があるような言い回しにしてみせたのは、アンジーを焚きつけたかったからだ。でも、自分の思いに蓋をして…のくだりでパトリックが「おい!」とでも言いたげにこっちを見たので、内心焦る。お願いだから今は許してよ!
本来のゲームなら、アンジーはイライザにいじめまくられても耐え続けて力をつけ、思いを遂げるのだから、こんなちょっとの障壁に阻まれて折れてほしくない。どうなのアンジー。頑張ってよ!
「いえ…諦めたくは…ありません…。私は、リアム様を心よりお慕いしております」
アンジーはぎゅっと手を握りしめて顔を上げた。そうだよ!ヒロインたるもの、そうこなくっちゃ!私は心からの笑みを浮かべた。
「その言葉を聞いて安心いたしました。それなら、侯爵夫人にも認めてもらえるよう、白魔法を目に見える形で強化しましょう。現在この国で白魔法を使えるのは、おそらくアンジーさんただお一人です。貴女が持っているのは、とても貴重な力なのですから、それを磨けば誰もが認める唯一無二の存在になれるはず。たとえば…そうね、我が国に数人しか存在しない国家魔道士に白魔法使いとして認定されれば、アンジーさんに対する評価は変わるのではなくて?」
「国家魔道士…。この国に数人しか存在しない、魔法使いの頂点ともいえる存在に、私が…?」
「そうです。国家魔道士になれば、平民だろうと貴族だろうと関係なく、その力が認められます。アンジーさんが本気で国家魔道士を目指す気があるのなら、私たちが協力いたしますわ」
「イライザ様とパトリック殿下が、私に力を貸してくださる…?」
アンジーは私とパトリックの顔を交互に眺めた。
「ええ。すべては貴女のお気持ち次第ですけれど」
アンジーの瞳が、決意を宿して強く輝く。
「私、やります!絶対に国家魔道士になってみせます!」
「わかりました。では、早速特訓を始めましょう」
「はい!」
私が差し伸べた手を、アンジーが強く握り返した。




