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Episode 41

「パトリック様、一旦ホテルに戻りませんか?」

 寂しそうなアンジーを尻目に能天気にはしゃぐ気にはなれなくなってしまった私は、パトリックに提案した。

「イライザが言うなら、そうしよう」

 私の心情を悟ったように、パトリックが頷く。アンジーを一人にするのも躊躇われるけど、かといって今私たちが声を掛けるのもなんだか違う気がする。もし私だったら、恋人に会えずに悲しい思いをしている時に仲の良さそうな恋人たちに心配されても、複雑な気持ちになりそうだ。まあ、アンジーが私と同じとは限らないけど。

「誰か護衛の方に、アンジーを見守っていただくなんてことなんて…できたりします?」

 王子の護衛を平民のアンジーにつけるなんて難しいだろうな、と思いながらも、ダメ元で聞かずにいられなかった。一人で波打ち際を歩くアンジーの姿は儚くて、このまま一人にしておいてはいけないって感じがする。それに、どれだけ展開が変わってしまったとはいえ、アンジーはラブソニのヒロインだ。何らかのトラブルに巻き込まれないとは限らない。同じことを考えていたのか、パトリックは私の提案をすぐに受け入れてくれた。

「ホテルはすぐそこだし、俺も防御魔法は習得してる。一人護衛が欠けても問題ないだろう。イライザは俺が守るから大丈夫だ」

「あ…ありがとうございます」

 力強く守ると言ってくれたパトリックに、私は照れながらお礼を言った。


 元々ゲームのパトリックの魔法の実力はかなりのものだったけど、アスター帝国との抗争以降、さらに防御魔法や攻撃魔法の腕を磨いているという話は、側近の人たちから聞いている。きっと今ではその辺の騎士なんか比じゃないくらい強くなってるはずだ。

 沢渡部長が何においても妥協を許さない性格なのは、部下だった頃から嫌というほど知っているけど、転生してから私のことを守るということに関して、よりストイックになっているように思う。これはきっと思い上がりなんかじゃない。大切に思ってくれているのはとっても嬉しいけど、重荷になってたら嫌だな、と少しだけ心配でもある。


「ホテルに戻って、リアムがどうしてるのか調べさせよう。その問題が片付かないと、イライザはフェスティバルを満喫できないだろうからな」

 私が色々思いを巡らせて表情を曇らせていたのを、アンジーたちを心配してのものと思ったのか、パトリックは素早く一番近くにいた護衛の人を呼び寄せた。予定の変更と新たな指示を伝え、私の手を取る。

「じゃあ、ホテルに戻ろうか、イライザ」

 近くに護衛の人がいるから、口調も笑顔も完璧王子バージョンだ。

「はい、参りましょう、パトリック様」

 私も完璧公爵令嬢バージョンで返事をして、ホテルに向かい歩き出した。


 ホテルに戻ると、パトリックはリアムがどうしているのかや、アンジーが今日どこに泊まるのかなどを調べるように側近の人に指示を出した。

「リアムがどうしているのかがわかるのには、それほど時間はかからないはずだ。お茶でも飲みながら待とう」

 側近の人が部屋を出ていくと、パトリックが用意されていたティーセットに手を伸ばした。二人だけなので沢渡部長の口調に戻っている。それだけで私もリラックスできるような気がした。

「あ、私がお茶入れますよ。おすすめの茶葉も持ってきてるんです。最近お茶のこと色々勉強してるので、入れるのもうまくなってると思いますから」

 黒魔法の薬湯のことがあってから、この世界のお茶の効能にも興味が湧いて、勉強をしている。疲労回復効果があるものや、リラックスできるもの、心地よい睡眠に導いてくれるものなど、元の世界のお茶よりも効果の幅が広くておもしろい。お茶の入れ方もかなり勉強したので、以前よりも美味しく入れられるはずだ。

「じゃあお願いしよう。楽しみだ」

 パトリックが沢渡部長っぽく笑って、ソファに座った。


「どうぞ」

 お茶の入ったカップをパトリックの前に置くと、私もパトリックの向かいにカップを置いて座ろうとした。

「イライザはここだろ?」

 テーブルの上に置いた私のカップを自分の隣の席の位置に移動させながら、パトリックが言う。

「え?だってすぐにリアムの行方を伝えに側近の人が来るんじゃないですか?」

「だから?並んで報告を聞けばいいだろ?」

 並んで座ってるのを見られるのもなんか恥ずかしいから、わざわざ向かいに座ろうと思ったのに。でも、一度こうなったら沢渡部長の性格的に絶対に逃がしてもらえないのはわかっているので、私はおとなしくパトリックの隣に座った。

「うん、うまいな」

 何事もなかったようにお茶を飲んだパトリックが、少し驚いたようにお茶が入ったカップを見つめた。

「正直、お茶の味にあまりこだわりはなかったが、これは美味しいと思う。余程練習したのか?」

「はい。元々こだわり始めるとこだわっちゃう性格なのもあって。薬湯の勉強から入ったんですけど、色々知ったらおもしろくなってきちゃって、今は色々な効果があるお茶を調べて取り寄せたりしてるんです。これは、気持ちが落ち着く効果があるお茶で、入れる時は茶葉をちょっと長めに蒸らすのがポイントです」

 説明しながら私もお茶を飲む。うん、美味しい。うまく入れられてると思う。

「パーティーの準備や王妃教育で忙しいだろうに、よく頑張ってるな」

「それを言ったら、パトリック様の方が忙しいじゃないですか。それなのに魔法の練習も熱心にやってるって聞いてますよ。いくら身体が10代だからって、あまり無理しないでくださいね」

「前世よりは休んでいるつもりだ。イライザの言うとおり、身体も若いからか疲れはそれほど感じないしな」

「だからって、本当に無理はしないでほしいです」

「わかった。気をつける。だからイライザも気をつけてくれ」

「わかりました」

 元社畜同士、互いを諫め合っていると、ドアがノックされた。

「入れ」

 パトリックがすっと王子様モードの顔になり、私も居住まいを正した。

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