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Episode 40

「お姉ちゃん、お兄ちゃん、ありがとうー!」

 男の子の元気な声に見送られて花屋さんを出た私の頭には黄色の花で編まれた花冠、パトリックの胸ポケットには青い花の小さな花束が挿されている。


 パトリックが編んだ花冠は、初めて編んだとは思えないほど完成度が高かった。元々のパトリックのスペックの高さゆえなのか、沢渡部長のスペックなのかはわからないけど、とりあえず売り物にできそうなレベルで、花屋さんを出た瞬間から頭に注がれる周囲の視線が熱い。意図せず花屋さんのいい宣伝になったかもしれない。


「そのワンピースと花冠、合うな。すごく可愛い」

 パトリックの真っ直ぐな褒め言葉に、思わず頬が熱くなる。

「そりゃ、イライザのビジュなら、何でも似合いますよ。ものすごい美女なんですから」

 照れて可愛くない発言をしてしまう私の手をぎゅっと握って、パトリックが耳元で囁く。

「大城のままでも、似合ってたと思うぞ」

 もう!この人は!私が照れてるだけだってわかってるくせに、追い打ちをかけてくるんだから!おかげで耳まで熱いよ!

 私は気持ちを落ち着けようと、ふうっと大きく息を吐いた。ちらりとパトリックを見やると、胸元の青い花が目に入り、少しだけ落ち着いた気がした。青い花はシャツの色にも合っていて、パトリックによく似合っている。

「パトリック様も、お花似合ってますよ。変装しててもさすが王子様って感じです。――まあ、沢渡部長だとしても、似合ってたと思いますけど」

 最後はぼそっと小声で付け足したのに、耳聡いパトリックはにやりと沢渡部長っぽい笑顔を見せた。

「それはどうも」

 その笑顔に、胸がぎゅうっと掴まれる。ああ、やっぱりこの人が好きだな、って実感させられる。どうしたってこの人にはかなわないんだから、私は無駄な抵抗はやめて繋いだ手を握り返した。せっかくのサマーフェスティバル、楽しまなきゃ損だ。

「さ、広場の方に戻りましょうか。私、ラブソニの聖地巡礼したいんです。まずは海岸沿いを歩いてみましょう!浜辺で水遊びのスチルの場所が見つかるかもしれません」 

「ああ、大城お気に入りのスチルな。よし、行こう!必要なら白シャツに着替えてもいいぞ」

 私の声から、目一杯楽しみたいという思いが伝わったらしい。パトリックもきらきらと眩しい笑顔で頷いた。

「白シャツ、本当に着てくれるんですか?」

 思わず白シャツに食いついてしまった私に、パトリックがにやつく。

「イライザのためなら、文字通り一肌脱いでもいいぞ」

「いえ、素肌は刺激が強すぎるので、是非白シャツでお願いします」

 真顔で答えると、パトリックが「わかった」とくすくす笑った。


 広場に戻ると、お花屋さんに行く途中に気になっていたお店でアイスクリームを買った。

「お嬢さん、その花冠素敵だねー!そっちの彼の手作りかい?」

 アイスクリーム屋のおじさんが、私の頭の上に視線を送る。

「はい。そうなんです」

「へえー。上手いもんだ。こりゃ今年のフェスティバルは花冠が流行りそうだな。よし!お似合いの二人に、おすすめのフレーバーをサービスしよう。仲良く食べな」

 おじさんがアイスクリームをダブルにして渡してくれる。

「わあ、ありがとうございます!」

「フェスティバル楽しんでな!」


 おじさんに手を振って、私たちは海岸へと続く階段を降りた。階段下には白い砂浜が広がり、浜辺で遊ぶ子どもたちや、散歩する人たちの姿がある。皆にこにこと楽しそうだ。私たちは波打ち際から少し離れたところにあった大きな流木に座った。パトリックが流れるような仕草で私の座る場所にハンカチを敷き、日傘を差し掛けてくれる。さりげない気遣いにスパダリ感が溢れてて、圧倒されそうになる。

「ありがとうございます」

 私は素直にお礼を言ってパトリックと並んで座り、手にしていたアイスクリームを口に入れた。ひんやりした冷たさとともに、甘酸っぱい味が口の中に広がる。

「ん、パトリック様、このアイス美味しいですよ。一口いかがですか?」

「うん、もらおう」

 パトリックはアイスクリームを持つ私の手を上から握り、自分の口元にもっていく。ぺろりとアイスクリームを舐める赤い舌がやけに艶めかしく見えて、私は思わず目を逸らした。

「うん、パッションフルーツ味か?美味いな」

「そ、そうですよね。夏にぴったりの味ですよね」

 焦る私の顔を少し不思議そうに覗き込んだパトリックだったが、どうして私が焦ったのかすぐに思い至ったらしく、いつもの不敵な笑顔に変わる。私はその視線を振り払うように、急いでアイスクリームを食べた。


 くすくす笑い続けているパトリックを度々睨みつけながらハイスピードでアイスクリームを食べ終え、ふと波打ち際に目を向けると、見知った顔が見えた。

「あれ?あそこにいるのって、アンジーじゃないですか?」

 パトリックの袖をちょっと摘まみ、そちらに目を向けさせる。

「ああ、確かにアンジーだな。一人なのか?」

 パトリックもアンジーの姿を認め、頷いた。

「リアムはまだ、交代の時間になってないんですか?」

 私は護衛の人がいた位置をちらりと振り返る。そこにはもう、リアムではない人が立っていた。

「いや、俺たちが浜辺に降りる時に交代していたから、もうリアムは自由時間のはずだ。あいつ、どこに行ったんだ?」

 一人で波打ち際を歩くアンジーは、どこか寂しそうな表情を浮かべている。

「あの二人、何かあったんでしょうか?」

 心配そうに呟いた私の頭を、パトリックがぽんぽんと撫でる。

「きっとすぐリアムが来るさ」

「だと、いいんですけど…」


 そういえば、私と婚約破棄した後、リアムはアンジーとの仲を家族に認めてもらえたのかな?婚約破棄後の自分の周辺が慌ただしすぎて、そっちまで気が回っていなかった。

 なんだか妙に胸騒ぎがして、私はアンジーの姿から目を逸らすことができなかった。

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