Episode 39
「あ、きっとあれです!お花屋さん!」
広場を抜けた先の路地にある花屋の看板を指さすと、パトリックが頷いた。
「そうだな、あの子はいるか?」
護衛の人たちが少し遠巻きについてくれているので、沢渡部長の口調だ。やっぱりこっちの方が距離が近く感じて落ち着く。
「男の子は…あ!いました!」
私たちがお店に近付いていくと、ちょうど男の子が花の影から姿を現した。
「こんにちは。お花をいただけるかしら?」
歩み寄り男の子に声を掛けると、男の子は私の顔をまじまじと見つめた。
「あ…ええと…?――あ、もしかして昨日のお姉ちゃん…?」
昨日と髪色や服の雰囲気が違っているので、すぐに私だと気づかなかったようだ。男の子は不思議そうな顔をしている。
「そうよ。昨日とちょっと違っていてわかりにくかったわね。ごめんね」
「ううん。お姉ちゃん、来てくれてありがとう!お花、たくさんあるよ!」
男の子は私が昨日の人物だとわかり、安心したようだ。明るい笑顔を見せてくれた。
「どのお花も綺麗ね」
私が花に目を向けると、男の子は店の奥で花束を作っていたお父さんらしき人に声を掛けた。
「お父さん、お客さんだよ。このお姉ちゃんが、昨日僕を助けてくれたんだよ」
男の子の父親は、作りかけの花束を作業台に置いて慌てて店頭に出てきた。
「どうも、昨日は息子がお世話になったようで。ありがとうございました。妻が身重なもので、手が足りておらず…。目が行き届かずすみません」
「いいえ、私は何も。息子さん小さいのに、ちゃんとお家のお手伝いができて偉いですね」
「お兄ちゃんになるからと、張り切ってくれていますよ」
男の子は自分の話はどうでもいいとばかりに、店の入口に立つパトリックに声を掛けた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんにお花買ってあげてよ。お姉ちゃん綺麗だから、お花持ってないと他の人に取られちゃうよ」
なかなか商魂逞しそうだ。将来はやり手の店主になれるかも?
「こら、失礼なことを言わないよ」
慌てて咎めた父親の顔を、男の子は何が悪いのかわからないといった顔で見上げた。
「だってそうでしょ?お母さんが言ってたよ。サマーフェスティバルの時には、好きな人に花を贈ってそれをどこかにつけておいてもらうんだって。花をつけていない人は、相手はいないっていうことだから、好きな子を他の子に取られたくないなら、ちゃんとお花を贈らないとダメよって」
あ!そういえば、そういうエピソードがあった!特にあの黄色い花は、”あなたを永遠に愛する”みたいな花言葉があるから人気だって話だったはず。だからクリストファールートでは、クリストファーの好感度が高ければ、あの花を贈ってもらえるシーンがあったんだよね。
「お母さんは、お父さんに毎年お花を贈ってるし、お父さんだってそうでしょ?」
「それは…そうだけどね」
花屋のご主人は少し顔を赤らめながら、男の子の頭を撫でた。お母さんからもってことは、男性から女性に贈るばかりじゃないんだな。じゃあ、私もパトリックにお花を贈らないと。――それにしても、この子のお母さんは小さいうちからハングリーな恋愛精神を説いているみたい。
「それは大変だ。このお姉ちゃんは僕の大切な人だから、他の人に取られないようにしないといけないね」
パトリックはしゃがみ込んで男の子と目線を合わせると、いたずらっ子のように微笑んだ。沢渡部長もラブソニの全ルートコンプ済みって言ってたけど、サマーフェスティバルのイベントも全キャラコンプしたのかな?完璧主義の沢渡部長なら、コンプしてる気がするな。ってことは、クリストファールートでこういうイベントがあったのも知ってるはず。知ってて男の子の話に乗ろうとしてるっぽい。
「うん!僕のおすすめはね、このお花!」
パトリックが興味を示してくれたことで男の子は表情を輝かせながら、昨日自身が抱えて運んでいた、あの黄色い花を指さした。
「これで花冠を編んで、お姉ちゃんに被せてあげたらいいよ!花冠編める?僕が編み方教えてあげようか?」
「へえ、教えてくれるの?じゃあお願いしようかな」
「うん!じゃあ、お兄ちゃん、こっちに来て!」
パトリックはにこにこしながら、男の子に手を引かれて店の奥に入っていった。花冠なんてゲームにはなかったけど、花束を持ち歩くより、花冠を頭に乗せて街を歩ける方が素敵かも。
「うちの子がすみません。お時間大丈夫ですか?」
残された私に、花屋のご主人が心配そうに声を掛ける。
「ええ、大丈夫です。あの、私も彼にお花を贈りたいのですが、おすすめはありますか?」
私の言葉に、花屋のご主人が頷く。
「では、こちらはいかがでしょうか?」
花屋のご主人が指さしたのは、あの黄色い花ではなく、まるで空の色のような青が綺麗な花だった。
「この花には”ずっとあなたの隣に”という花言葉があります」
わ、確かにそれは素敵だ。私は男の子と一緒に花冠を編んでいるパトリックをちらりと見てから、花屋のご主人に頷いた。
「じゃあ、その花でお願いします」
「かしこまりました。胸ポケットに挿せるよう、小さな花束にしましょう」
「ええ、お願いします」
私が微笑むと、花屋のご主人も笑顔で花を見繕い始めた。




