Episode 34
「サマーフェスティバル?って、あのゲームイベントであったやつですか?」
約三ヶ月後に開催が決まった婚約披露パーティーの打ち合わせのため登城していた私は、思わず大きな声をあげた。
ここはパトリックの執務室。執務の合間に休憩を兼ねて打ち合わせということで、政務官の人たちや従者の人たちは席を外している。二人になると自然と素が出てしまうが、それはパトリックも同じだ。
「そう、海辺の都市で開催される、あれ」
パトリックが優雅にお茶を飲みながら頷いた。言葉遣いは沢渡部長だけど、相変わらずビジュアルは何をしていても美麗だ。執務室の重厚なソファに座る姿が、さながらゲームのスチルのように様になっている。さすが私の最推し、思わず見蕩れてしまう。
サマーフェスティバルは、ラブソニの夏のイベントだ。攻略対象からの好感度が一定の基準をクリアしていると、その攻略対象たちのなかから好きなキャラを選んでサマーフェスティバルに行くことができる。私は重課金勢としては当然のごとく、すべてのキャラとサマーフェスティバルに行っていて、スチルも全部入手済みだった。
サマーフェスティバルでは、一緒に花火を見たり、海辺で水遊びするシチュエーションなんかがあって、特に水遊びのシーンでは、順当に好感度が上がっていれば、濡れ髪に加え、濡れて肌に張りついて透けた白シャツ、なんていう、色気垂れ流しスチルがいただける。まさに神イベントだ。あの時のパトリックも本当に素晴らしかった…。
「おい、顔が緩んでるぞ。どうせ海辺のスチルでも思い出してたんだろうが、ここにそのお前の大好きな顔があるんだから、こっち見たらいいだろ」
目の前のリアルなパトリックに指摘され、私は慌てて顔を引き締めた。さすが沢渡部長、ちゃんと海辺のスチルもご存じでいらっしゃる。
「失礼しました。つい、空想の世界に迷い込んでしまいました…。――で、パトリック様、そのイベントに行くんですか?二週間後に?」
婚約披露パーティーの準備も忙しいなか、かなりタイトなスケジュールだ。第一王子としての公務や学園もあるのに、そんな暇があるんだろうか。
「学園はちょうどサマーフェスティバルの前日から夏期休暇に入る。それに、第一王子がサマーフェスティバルを訪れるのは、公務の一環なんだよ。毎年王族の誰かが開催宣言をすることになってるらしくて、今年は俺、パトリックの番だってことらしい」
さすがゲームの世界。攻略対象がサマーフェスティバルに参加するよう、うまく段取られているようだ。きっとリアムやアランたちも、何かしらの理由で参加するんだろう。ということは、アンジーも行くのかな?いいなぁ。
「当然、イライザも一緒に行くぞ。この世界の海、見てみたいだろ?」
「え!私も行っていいんですか?悪役令嬢なのに?」
私も行きたいって思ったのが、顔にしっかり出ていたらしい。パトリックがにっと笑いながら、私の隣に移動してきた。
「悪役令嬢ポジなんて、もうとっくに脱してるだろ?俺の婚約者なんだから、一緒に行くに決まってる」
やった!サマーフェスティバル!
「そっか、そうですよね!私も連れて行っていただけるなら、是非、行ってみたいです!海も見たいですけど、うまくいけばあのスチルみたいに、パトリック様と水遊びできるかもしれないですもんね?」
「大城は本当に、この顔が好きだよな」
スチルを思い出して再び顔が緩んでしまった私を少し呆れたような顔で見つめ、パトリックが自分の頬を摘まんでみせた。そんな顔も素敵可愛いー!
「そりゃ、最推しですから」
今は大好きなビジュアルに沢渡部長みも加わって、さらに好きになっていることは敢えて言わない。なんか悔しいから。
「それに今は中身も大好きなんだもんな?」
せっかく中身に触れることは敢えて言わないようにしていたのに、にやにやと沢渡部長っぽさを滲ませた笑みを浮かべ、パトリックが私の顔を覗き込む。
ああもう!こういう時、絶対に好きって言わせようとするんだよね。
「そうですが、何か?」
思い通りになるのは悔しいので、つんと目を逸らしながら肯定する。
「いや、素直に嬉しいだけだよ。大城と思い合えていることが」
――不意に素直になるのはずるいよ。
「わ…私だって、そうですよ…」
頬が熱くなるのを感じながら小声で呟く。ポン、と頭の上に手が置かれてパトリックの顔を見上げると、さっきまでのにやにやとはまったく別の、優しく細められた瞳と目が合った。
「楽しみだな。サマーフェスティバル」
「はい。楽しみです」
今度は素直に頷いて、パトリックの肩に頭を預けた。




