Episode 32
次に私が目を覚ましたのは、ふかふかのベッドの上だった。窓の外はもう暗く、月光が仄白く差し込んでいる。
この部屋は…?仮眠を取った客人用の部屋とも違うみたい。もっと広いし、部屋全体が豪華な感じ。ぼんやりと部屋を見回してふとベッドの横に目を向けると、パトリックが腕を組んで椅子に座り、眠っていた。月明かりに照らされた寝顔は、彫刻のように整っている。
もしかして、私を心配してずっとついててくれたのかな…。
「パトリック様…?」
小さい声で呼びかけると、パトリックがはっと目を覚ました。
「イライザ!起きたのか?」
「そんなところで寝てたら、風邪ひいちゃいますよ」
「よかった、人の心配ができるくらいには回復したみたいだな。――確かに寒い。ベッドに入れてくれ」
「は?ここに入るんですか?」
「そもそも、これ俺のベッドだから」
ここ、パトリックの部屋だったんだ!そりゃ広くて豪華なはずだ。慌てる私をものともせず、パトリックがベッドにもぐり込んできた。ものすごく身体が冷たい。
「わ、すごい冷えてるじゃないですか!早く温まって!」
焦りで恥ずかしさが一瞬で吹き飛ぶ。
毛布でくるもうとすると、パトリックがぎゅっと私に抱きついてきた。
「こっちの方が温かい」
恥ずかしいけど、こんなに冷たい身体のパトリックを放っておけなくて、私は抱きついているパトリックの上から毛布を掛ける。
「イライザが目を覚ましてよかった。黒魔法をあんな出力で使ったから、体力を消耗しすぎて倒れたらしい。――無理させてごめん。ちゃんと守れなくてごめん」
冷えた背中をさすっていると、パトリックが小さな声で言った。きゅうっと胸が締めつけられる。
「私の方こそ…。心配かけてごめんなさい」
パトリックのさらさらの髪を撫でて、ぎゅっとその大きな身体を抱きしめた。きっとすごく心配してくれてたんだろうな。こんなに身体が冷たくなるほど、ずっとそばについててくれたんだ。
「計画、うまくいってよかったです。沢渡部長が考えた計画なら、当然ですけど」
冷たい身体を抱きしめたまま私が言うと、パトリックがふるふると力なく首を振った。
「でも、大城にすごく無理をさせた。ウォーノック公爵にも。相手に術者がいるのはわかってたのに、あんなに強力な術者だとは…」
「だって、そんな報告上がってなかったし、仕方ないですよ」
「どうやら、皇帝に危険が迫った時のみという条件と引き換えに、強大な力を発動するよう誓約させられた術者だったらしい。だからウォーノック公爵も事前に探知できなかったそうだ…」
「それじゃ、なおさら仕方ないじゃないですか。お父様ですら探知できてなかったんだから、自分を責めるのやめてください。みんな無事で、計画も成功。オールオッケーでしょう?」
私の言葉に、パトリックががばっと起き上がった。苦しそうに顔が歪んでいる。
「全然オッケーじゃねえよ!俺は、お前がアランに攫われた時、もう絶対に危険な目には合わせないって誓ったのに、またお前をこんな目に合わせたんだぞ!何がオッケーだって言うんだよ!」
私も起き上がり、パトリックをもう一度ぎゅっと抱きしめ直す。
「大城…?」
「沢渡部長は、ちゃんと回復魔法やスキャンも使いこなしてたじゃないですか。私は、アンドレやお父様が傷ついているのに、見ていることしかできなかった。自分が何もできないことが本当に不甲斐なくて、悔しくてたまりませんでした」
「それは…。俺は黒魔法が使えないから、影を飛ばして戦ってくれる二人をサポートすることしかできなかったし…。それならせめて回復魔法くらいは習得しておかなければと…」
「そうやって沢渡部長は、ちゃんと自分にできるベストを尽くしたじゃないですか。計画だって完璧で、ちゃんと皇帝を捕えて、廃位できる方向に進んでる。あのアスター帝国の皇帝をですよ?ゲームの中でだって、そんな流れにはなってなかった。こんなことできるの、沢渡部長以外にいないです」
「でも、ウォーノック公爵を危険に晒した。あの時、大城が黒魔法を使ってなかったら…」
「私が黒魔法を使っていなかったら、きっと沢渡部長がお父様に回復魔法をかけてたでしょ?たまたま、何故か私が先に黒魔法を使えたってだけです。それに、私が倒れたのは黒魔法で体力を消耗しただけで、怪我もしてないですし。眠ったらすっかり回復しましたよ」
パトリックを抱きしめる腕に力を込める。だから、沢渡部長が責任を感じる必要なんて全然ないんだから。
「――悪い。俺、お前が絡むとダメだな。自分がこんなに情けない奴だなんて思わなかった」
自嘲するようにパトリックが笑う。沢渡部長の笑顔なんてほとんど見たことなかったはずなのに、そのパトリックの表情がどうにも沢渡部長らしく感じる。もう私は、あんなに推していたパトリックのきらきらした表情よりも、沢渡部長らしいパトリックの表情の方がたまらなく好きなんだな、と変なタイミングで実感した。
「まあ、弱いとこ見せてもらえるのも、実はちょっと嬉しいですけどね。同じ人間なんだなって思えて」
「お前、俺をなんだと思ってたんだよ」
「え?サイボーグとか?鉄面皮の」
私が笑うと、パトリックも笑った。それから私をぎゅっと抱きしめる。
「また情けないとこ見せたな。でも、きっとこれから先、いっぱいこんな俺を見せちゃうのかもな。それはできる限り回避したいけど、正直全部回避できる自信はない。それでも、俺は絶対にお前を守りたいし、ずっと一緒にいたい。こんな俺でもいいか?」
――ああ、私、この人が本当に好きだ。
「そんな沢渡部長のパトリックがいいです。何が起きても、また一緒に乗り越えましょう。私にだけは、弱さも情けないとこも、隠さないで見せてほしいです。っていうか、隠したら怒りますから」
「それでもできる限り、格好つけさせてもらうけどな」
「もう十分過ぎるくらいカッコいいですよ、私の婚約者様は」
笑顔で見つめ合う。それから長く甘いキスをして、私たちは抱き合って眠った。




