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Episode 31

 夜遅くまで仕事をした私は、お父様とアンドレと合流して少し話をした後、王城に用意されていた客人用の部屋で仮眠を取った。二人の方も計画通り、順調に進んでいるらしい。

 翌日も早々に起きて、各々の仕事に没頭した。合間に私はパトリックの従者さんにお願いして薬草を取り寄せ、お父様とアンドレ用の薬湯と、パトリック用の薬湯を入れて皆の疲れを癒した。これだって私にできる数少ないことのひとつだ。

 お父様とアンドレは、私たちが作成した交渉案を手にそれぞれ影を飛ばし、パトリックも魔法で通信を行える相手には直接プレゼンをしていった。

 そして三日目の朝、この件に尽力する全員が国王陛下の下に集まった。これまでの経緯と現状を報告し、最後の詰めを行う許可を得るためだ。


 考えてみれば、直接国王陛下に会うのは初めて。ゲームで顔を見たことはあったけど、やっぱり本物はオーラがある。パトリックとよく似た美しい顔立ちで、実年齢よりかなり若く見えた。

「パトリックはじめ、ウォーノック公爵家の面々もよくやってくれた。後は、アスター帝国の現皇帝を廃位させれば、すべて計画通りということだな」

 報告を受け、国王陛下が頷いた。これまでの成果に納得し、最終的な計画の実行を許可してくれるようだ。

「はい。陛下のお許しをいただければ、すぐに最後の計画に移ります」

「わかった。許可しよう。頼んだぞパトリック」

「はい。必ずや、よいご報告をさせていただきます」


 私たちはお父様が黒魔法を使う部屋に移動した。お父様が影を飛ばし、協力者たちが一斉に行動に出るための手引きをする算段だ。

 根回しは万全。交渉相手たちも全員が交渉案をのみ、契約魔法も交わしたから裏切ることもできないはず。きっと大丈夫、うまくいく。自分に言い聞かせながら、何度も深呼吸をする。握りしめた手のひらがじっとり汗ばむ。前世で経験したどれだけ大きな案件でも、こんなに緊張したことない。

「それでは、始めます」

 魔法陣の中心に立ったお父様が目を閉じた。アンドレも援護するようにお父様の後ろに立ち、目を閉じる。近くに置かれた魔石で作られた大きな鏡に、お父様が見ている光景が映し出された。


「アスター帝国の皇居だ。あの玉座に座っているのが皇帝」

 耳元でパトリックが教えてくれる。アスター皇帝は髭のある眼光鋭い人物だった。歳は60歳くらいに見える。何かの会議なのか、臣下や貴族が集められているようだ。この中の半数以上が協力者になっているはず。

 皇帝の臣下に姿を変えたお父様の影が、護衛の兵士たちが入れないように結界を張り合図を出すと、協力者たちが一気に皇帝に詰め寄った。しかし、その瞬間。

 皇帝の背後にいた術者らしき人が手を振り、協力者たちが薙ぎ払われる。

「くっ!」

 お父様が呻いて片膝を着いた。

「強力な術者がいる!アンドレ!」

 お父様は再び立ち上がると両手を前に広げ、影を通じ黒魔法の攻撃を飛ばす。アンドレがお父様の横に駆け寄り、同じように影を飛ばして攻撃に加わり始めた。


 魔石に映し出されたアスター帝国の術者も、お父様たちの攻撃を受けてよろめいている。その間に協力者たちが皇帝を捕らえるのが見えた。お父様、アンドレ、頑張って!私は手を組んで祈る。祈るしかできない自分がもどかしくて、涙が出てくる。

 攻撃の応酬をしていたアンドレが、アスターの術者の攻撃を受けて弾き飛ばされた。影が受けた攻撃は、術者にそのまま反映されてしまうようだ。

「アンドレ!」

 慌てて駆け寄って抱き起すと、アンドレが悔しそうに呻いた。

「だめだ、まだ僕じゃ力が足りない…」

 パトリックがすっとアンドレの身体に手をかざす。

「動くな。肋骨が折れてる。今、回復魔法をかける」

 回復魔法を施されたアンドレの顔から、苦悶の表情が消えた。

「殿下、すみません…」

「大丈夫だ。このまま横になっていろ」

 スキャンも回復魔法も使えるなんて、沢渡部長は本当にすごい。それに比べて、私は…。悔しさに唇を噛みしめた。


 お父様はまだ応戦中だ。相手の術者の攻撃が当たり、お父様がふらっと後ずさって、ごほっと口から血を吐いた。

「お父様!!」

 嫌だ、待って。涙が溢れて止まらない。私、この人の娘になってまだほんの少しだけど、とっても大切に思ってる。どうしたらいい?どうしたら守れる?目の前で大切な家族の命が脅かされてるのに、どうして私は何もできないの!?

 ――身体の中で何かが弾けたような気がした。

「イライザ…?」

 パトリックの声がくぐもって聞こえる。身体の芯が熱い。何かが湧き上がってくるような感覚。私は吸い寄せられるようにお父様の隣に立つと、すっと両手を前にかざした。

「もう、やめて」

 身体の中から強大な力が放たれるのを感じて、私はそのまま気を失った。



 「イライザ!イライザ!」

 ――パトリックが呼んでる。どうしてそんな悲痛な声で叫んでるの?

 目を開けると、私を覗き込むパトリックの顔があった。その顔は青ざめて僅かに震えている。私はパトリックに抱えられていた。

「パトリック様…。どうしてそんな泣きそうな顔をしているの…?」

 パトリックの頬に手を伸ばすと、その手にパトリックの手が重ねられた。

「よかった。イライザ、どこも痛いところはないか?苦しくないか?」

「私…どうして…?」

 まだ頭がぼんやりしている。

「急に強力な黒魔法の攻撃を放って倒れたんだ。覚えてないのか?」

 そうか、急に倒れたから、こんなに心配されてるんだ。でも、黒魔法を私が?素質がないんじゃなかったっけ…?


 ――そうだ、お父様は?

「パトリック様、お父様はご無事ですか!?」

 はっとして周りを見ると、魔法陣の中心にお父様が座り込んでいた。私の視線に気づき、弱々しく微笑んで手を振ってくれる。傍らにはお父様を支えるアンドレ。よかった、みんな無事だ。

「ウォーノック公爵には回復魔法をかけたから、怪我は心配ない。体力はだいぶ消耗されているが…。計画も成功だ。イライザの一撃で相手の術者が気絶して、その間にウォーノック公爵の影が術者を拘束して力を封じた。皇帝も捕らえて投獄。アスター帝国は今、各地で反皇帝派が皇帝派を制圧して政権を握った状態にある。俺たちの筋書き通りだ」

 それを聞いて、私はほっと胸を撫で下ろした。

「本当によかった…」

 また体中の力が抜ける。なんだかもう、猛烈に眠くて、私はそのまま眠りに落ちた。

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