Episode 3
授業は魔法学とのことだったが、教科書を読んでなんとか概要は掴めた気がする。
ゲームの世界では、こんなことになってたんだー、という新たな発見が楽しくて、しかも魔法などというこれまでの世界ではあり得ないことを学べて、ワクワクした。これだけ授業内容もしっかりしているなら、いよいよ夢ではなさそうだ。
イライザは、確か成績も優秀だったんだよなぁ。攻略対象やアンジーたちと、いつも上位を争っていたはず。
──かく言う私も、勉強は苦手じゃなかった。幸い記憶力は良い方だし、目標のために頑張るのは嫌いじゃない。そこそこ要領も良かったから、それなりに名の通った大学を出て、ちゃんと大手企業に就職した。まぁ、大手とはいえ、配属されたのはかなりブラックな部署だったけど。
そんなわけで座学はあまり心配なさそうだけど、果たして実技はどうなんだろう?ゲームでは、イライザの実技はアンジーやパトリックほどじゃなかったけど、次席レベルくらいではあったような気がするな。後で実技、試してみないと。
今日の実技の授業は午前に終わっていたらしく、午後は魔法学やら魔法史やら国史やらの座学の授業が3コマだった。最後の授業を終えて机の上を片付けていると、パトリックが振り返って言った。
「イライザ嬢、一緒に生徒会室に行こうか」
「はい。パトリック様」
パトリックと歩けるなんて、光栄の極みです!と小躍りしたい気持ちをぐっと抑え、楚々として教室を出る。ちょうど同じタイミングで、目の前に隣の教室から仲良く出てきたリアムとアンジーが現れた。そっか、二人は同じクラスだったんだよね。貴族の慣習に慣れなくて困っていたアンジーに、正義感の強いリアムが手を差し伸べたことから、二人の距離は縮まっていく。真面目なリアムは、最初自分の気持ちに気づかないふりをしようとするけど、どうしても惹かれていく気持ちを止められなくて、自分の気持ちを認めるしかなくなるんだ。さっきのスチルがあったってことは、リアムはもうとっくに、自分の気持ちを認めているはず。
話に夢中で、こちらには気づかず前を歩いて行く姿を、冷静に見つめる。
リアムはあまり笑わない硬派なキャラで、初めて笑ってくれた時にはかなりときめいた。アンジーに心を開いてからは、アンジーの前でだけは柔らかな表情を見せるようになるんだよね。それこそさっきのスチルみたいに。
リアムも好きなキャラだったし、今の私の立場はリアムの婚約者なんだけど、イライザになったばかりの私には、どうしても嫉妬という感情が湧き上がってこない。――でも、それっていいことなのでは?そうだ、このまま素直に婚約破棄の申し出を受け入れて、二人がうまくいくのを見守れば、断罪される心配もないはずだよね。そしたら、修道院送りになることもない。よし、このままのスタンスでいこう!
私が心の中でそんなことを考えているなんて思いもしないであろうパトリックが、心配そうに問いかけてきた。
「イライザ嬢、大丈夫か?」
「え?大丈夫、と言いますと…?あ、はい。ええ、大丈夫ですわ」
そうか、婚約者が目の前で他の子と仲良くしているのに、何も思わないっていうのもおかしいよね。私は慌てて、悲し気に目を伏せた。わざとらしくなっていないことを祈ろう…。
「リアム様を、信じておりますから」
「リアムは優しいから、いつも肩身が狭そうにしているアンジー嬢を心配しているんだろう」
「ええ、そうだと思います」
ううん、そうじゃないよー。リアムはアンジーが好きなんだよー。とは言えないので、ここはとりあえず、健気な婚約者キャラでいくことにしよう。
「イライザ嬢は優しいな」
パトリックは優しく目を細め、私の頭をポンポン、と撫でた。
――え!?今パトリック、頭ポンポンした!?きゃー、ちょっと!ラブソニにそんなシーンあった?待って、鼻血出そう。落ち着け、私、落ち着け。
真っ赤になりながら、大きく深呼吸する。
「お、お優しいのはパトリック様の方ですわ。お気遣いいただき、ありがとうございます」
ギリギリでなんとかイライザを保てた…かな?推しの頭ポンポンの破壊力よ…。ああ、まだ心臓がうるさい。
こんなのこれまでの世界ではされたことないよ。遙か昔にいた彼氏だって、頭ポンポンなんてしてくれたことなかったし。──あれ?ないよ…ね?なんか、誰かにされたような気がしなくもないけど…小さい頃の記憶かな…?
考え込みながら歩いているうちに、生徒会室に着く。前を歩いていた二人が、ドアを開けようとしてふとこちらに気づいた。
「あ、パトリック様、イライザ様。ごきげんよう」
アンジーが焦った様子でリアムの後ろに下がる。リアムも慌てて姿勢を正し、こちらに挨拶した。学園では身分の差は関係なく、すべての生徒は平等、という方針のため、パトリックを殿下呼びこそしないけど、学園を出ればパトリックに仕えているリアムは、主君への態度を崩さない。そんなところにも真面目な性格が表れている。
「パトリック様、後ろにいらしたとは気がつかず、大変失礼いたしました。イライザも、ごきげんよう」
「うん、リアムもアンジー嬢もごきげんよう」
「リアム様、アンジー様、ごきげんよう」
パトリックが完璧なまでの美しい笑顔を見せる。綺麗すぎて、ちょっと凄みを感じたのは、きっと私だけじゃないと思う。リアムが少し顔を引きつらせて、ドアを開けパトリックが部屋に入るのを待つ。
「リアム、誠意ある対応をしようね」
リアムの前を通る瞬間、パトリックが小声で苦言を呈したのが聞こえて、私は驚いた。パトリック、そんなこと言うキャラだったっけ?
「はい、パトリック様」
リアムが硬い表情で頭を下げた。
ちょっと意外なパトリックの一面に驚きながらも、パトリックとリアムに続き生徒会室に入る。私の後ろには、青い顔をして俯いたアンジー。別にいじめないから、そんなに怖がらなくてもいいのに、と思いながらも、その化粧っ気のない顔をちらりと盗み見る。
さすがヒロイン、肌綺麗だなー。唇ぷるぷるだぁ。目も大きくて潤んでて、お人形さんみたいに可愛い。平民出身というキャラ設定のためか、栗色のセミロングに鶯色の瞳というという、この世界にしてはかなり平凡な色味を纏っているのに、ポテンシャルの高さを感じる。でも、眉はもうちょっと整えるべきじゃない?あと、髪飾りが幼な過ぎる。18歳だぞ、年齢設定。運営的には、そういうところに悪役令嬢たちからいじめられるポイントを盛り込んでいるんだろうか?ユーザーはその辺り変更できないんだから、もうちょっとどうにかしてくれたらいいのになぁ。
思わず元OLの私がダメ出しを始めてしまう。いけないいけない。
あ!宰相の息子のクリストファーと、隣国ネメシア王国からの留学生のアラン!
部屋に入ると、残り二人の攻略対象キャラがいた。わー、やっぱこの二人も超絶イケメンだなー。生徒会には攻略対象キャラがみんな集まってるんだよね。この部屋の絵面、強すぎる…。神々しくて直視が難しいわ。
うっとりしていると、パトリックに声をかけられた。
「イライザ嬢、どうしたの?ここにどうぞ?」
自然な仕草で自分の隣の席の椅子を引いてくれる。紳士だなぁ。好き!
「ありがとうございます」
できるだけ優雅に映るように心掛けて座る。紳士がデフォルトって、乙女ゲーの世界、本当素敵だわ…。
「じゃあ、さっそく今日の議題に入ろう」
生徒会長のパトリックの一声で、運営会議が始まった。