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Episode 25

 驚きの表情で隣に座るお父様の顔を見上げると、お父様がにっこりと微笑み返した。イケオジらしい大人の色香が漂う笑顔。すごいのはこのビジュアルだけじゃなかったのね。

「イライザにもそろそろ伝えなければと思っていたところだったんだけど、我が家はこれまでも黒魔法の使い手を輩出している家柄でね。突如として現れる白魔法の使い手とは違って、黒魔法は血縁が大きく関係するのではないかと言われているんだ。まあ、黒魔法自体が隠匿されているから、それを知るのもウォーノック家の人間以外は、国王陛下やパトリック殿下、それからごくわずかの魔法学者に限られているけどね」


 ウォーノック家がそんな家系だなんて、ゲームでも聞いたことがない設定だ。あらためて、ここはゲームの中の世界でありながらも、私たちが知るものとはまったく別の世界として存在している場所なんだということを痛感させられる。ゲームで見ていたのは、そのほんの一部に過ぎなかったんだな。


 ――ん?だけど、黒魔法に血縁が大きく関係するということは、私も黒魔法が使えたりしないのかな?

「お父様、それでは私にも黒魔法が使えるのではないですか?」

 そうしたらパトリックの力になれるかもしれないと期待で胸を膨らませてみたが、お父様は残念そうに首を振った。

「血縁が関係していると考えられるとはいえ、ウォーノック家の者すべてが黒魔法を使えるわけではないんだ。実際、今の使い手は私一人だからね。私には弟と妹がいるが、彼らは黒魔法を使えない。私の前には、今は亡き祖父が黒魔法の使い手だったが、同じくもういない父も黒魔法の使い手ではなかった。今のところ、イライザにも黒魔法の素質は見えない。分家の…イライザの従兄弟のアンドレに黒魔法の使い手の兆候が見られるから、つい先日アンドレを養子にして我が家に迎えることが決まったところだったんだ」

 そんな話が進行していたなんて、たった一週間前に転生してきたばかりの私はまったく知らなかった。

 従兄弟のアンドレって、一体いくつの人なんだろう。素質って、いくつくらいでわかるものなのかな。私じゃもう絶対に無理なんだろうか。


 一瞬期待した分、悔しさが顔に滲んでしまっていたのかもしれない。私の様子を見ていたパトリックが、お父様に聞いた。

「イライザの従兄弟のアンドレというのは、いくつの方なんですか?素質の有無は、どうやってわかるのでしょう?」

「アンドレは16歳です。アンドレに素質が見え始めたのは最近のことでして。もともとイライザは一人娘でしたから、リアムを婿として迎え入れるか、養子を取るかと考えていたのですが、アンドレに素質があるのなら、養子にして私の下で黒魔法の修業をさせようと考えたのです。そこに、リアムとの婚約破棄があり、さらにはパトリック王子殿下とイライザの婚約のお話をいただいた、というわけでして。アンドレを養子にする決断をして正解だったと思っていたところでした。――おっと、話が逸れましたね。素質の有無は、黒魔法の使い手からしかわからないのです。直感に近いものと言いましょうか、同じ力の波動を感じるとでも言いましょうか」

「それを、私には感じない、ということですね?」

 どうしても声に落胆の色が滲んでしまう。お父様は申し訳なさそうに頷いた。

「そうだね。でも、黒魔法の使い手になることは大きな危険も伴うから、私としてはイライザにその素質が見えないことに安堵していた部分もあるんだよ」


 まあ、溺愛する娘が国家機密にされるほどの危険な魔法の使い手になってしまったら心配だという気持ちもわからなくはない。命を狙われるような状況にならないとも限らないし、失敗して正体がバレでもしたら、きっと一大事なんだろうし。それでもやっぱり、私はパトリックの力になれる存在になりたかったな。黒魔法なんてチートは、ヒロインでもない一介の悪役令嬢ごときが手に入れられるスキルじゃないってことなんだろうけど。


 落ち込む私の頭を、パトリックがポンポン、と優しく撫でた。

「僕の力になってくれようとしたんだろう?ありがとう。だけど、イライザが僕のことを考えてくれているだけで十分過ぎるほどなんだよ。気持ちを共にしてくれているということが、一番大きな力になる」

 気遣うような優しい笑顔に、泣きそうになる。

 だめだだめだ、努力しか取り柄がない元社畜OLが、チート持ちたいなんて色気出すな!パトリックに気を遣わせるな!

 私は複雑な気持ちをぐっと飲み込んで顔を上げた。私は、私にできることをしよう。

「私にできること、あまりないかもしれませんけど、雑用でも何でも言ってくださいね!徹夜なら慣れてますから。データ分析でも資料整理でも、できる限りお役に立ってみせます!」

「雑用?徹夜?データ分析に…資料整理?」

 お父様がぽかんとした顔をして私を見つめている。やっば、必死になり過ぎた!

「おほほ、生徒会では、雑用もこなしますのよ。試験勉強で徹夜したことだってあるんですの。生徒の要望をデータ化して分析したり、資料を整理したり。ね?パトリック様?」

 慌てて取り繕う私に、一瞬吹き出しそうになりながらも、すぐに立て直して美麗スマイルを浮かべたパトリックが頷いた。

「そうだね、ありがとうイライザ。一緒にこの難局を乗り越えよう」

 お父様も表情を引き締めて頷く。

「そうですね、パトリック殿下。私は早速、旧国の元貴族たちに影を送って状況を探りましょう」

 私もやる気を空回らせてボロ出してる場合じゃない。気を引き締めて絶対にバッドエンド回避しなくちゃ。

 情報を集めて策を練るというパトリックと別れ、私とお父様は邸に戻った。


 邸に帰るなり、お父様は執務室に籠りきりになった。

 私はといえば、残念ながらすぐに役に立つようなことは何もできない。だけどじっとしてもいられなくて、庭に出て魔法の特訓を始めた。いつ、どういう状況になるかわからない以上、少しでも自分の力を高めておかなくちゃ。

 習得した魔法を何度も繰り返し放つうち、だいぶ威力が上がってきた。これなら実践でも人の足を引っ張らない程度には使えるかも。

 でも、実践って…戦うってことだよね。誰かに向けて攻撃するなんてこと、私にできるんだろうか。いや、それ以前に誰かを攻撃なんてしたくない。やっぱりアスター帝国に攻め込ませることも、パトリックと皇女を結婚させることも、絶対に阻止しなきゃいけない。じっと手のひらを見つめていると、不意に背後から名前を呼ばれた。

「イライザ、久しぶり」

 驚いて振り返ると、金髪碧眼の男の人が立っていた。

 歳はイライザと同じくらいか…少し下かな?パトリックたち攻略対象に負けず劣らずのイケメンだ。でも、えっと…これ誰?必死に考えている私に、そのイケメンがからかうような口調で言った。

「ひどいな、何年も会ってなかったからって忘れちゃったの?アンドレだよ」

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