Episode 23
王城に着くと、何故だか城内では多くの人たちが慌ただしく行き交っていた。王城に来るのは初めてだけど、これが通常という訳でもなさそうだ。ピリピリとした雰囲気が漂っている。パトリックの従者の人がお出迎えしてくれたけど、どうにも落ち着かない様子だ。
王城はパトリック最推しの私としては重要な聖地のひとつ。ゆっくり見て回って感動を噛み締めたいところだったけど、こんな状態ではそれどころじゃない。
「何かあったのですか?」
周りの様子に目を配りながら聞いてみる。従者の人は顔を強張らせながらも、小声で答えてくれた。
「実は、前触れなくアスター帝国から使者が参りまして…。ただいま国王陛下とパトリック殿下が謁見中でございます。イライザ様には、執務室にてお待ちいただくよう、パトリック殿下から言付かっておりますので、ご案内させていただきます」
アスター帝国。その名前を聞いた瞬間、すうっと背筋が寒くなった。ラブソニのパトリックルートで、最大の障壁となる国の名前だ。
この国、カンパニュラ王国には、攻略対象の一人アランの国ネメシア王国と、強大な軍事力を持つアスター帝国という、二つの隣国がある。
ネメシア王国とは代々友好関係にあり、近日中に王位を継承するアランとも固い協力関係が結べている。
一方で、アスター帝国は侵略により国土を拡大してきたという好戦的な国で、カンパニュラ王国、ネメシア王国ともにアスター帝国とは一時休戦中のような状態。先王時代には戦争もあり、いつまた開戦となるかわからないという、とっても厄介な国だ。
ゲームの中では、ヒロインのアンジーがパトリックルートに入ると、乗り越えなければならない最大の試練として、アスター帝国の皇女とパトリックの婚約話が持ち上がる。
国の規模や軍事力ではアスター帝国に劣るカンパニュラ王国だが、多くの有能な魔術者を有するために、国の守りは固い。そこで、攻めあぐねていたアスターは皇女をカンパニュラに嫁がせて、中から懐柔していこうという作戦に出るのだ。もちろん、カンパニュラとしては断りたいところだけど、相手が相手なだけにそう簡単にはいかない。下手に断れば、再び開戦となってもおかしくないからだ。
今回の使者が婚約話を持ってきたかはまだわからないけれど、その可能性はかなり高いんじゃないだろうか。
ゲームのアンジーは、白魔法が使えることを武器に、この難局を乗り越える。白魔法を鍛え上げて国の防御力を上げ、アスター帝国に媚びる必要などないことを証明してみせるのだ。
だけど、私は白魔法が使えない。つまり、白魔法を盾にこの婚約話を打ち消すことはできないってことだ。何か別の手を打たなければ、パトリックはアスターの皇女と結婚させられてしまうかもしれない。
つい先日のネメシア王国のクーデターといい、今回の使者といい、悪役令嬢ポジションである私が、リアムとの婚約を簡単に破棄して断罪ルートを回避したうえに、パトリックと婚約したことで、かなりゲームとは違った展開になってしまっているみたい。先を読んで手を打つのも簡単じゃないはず…って、まだ婚約話が持ち込まれたと決まったわけじゃないし、どんな困難にも立ち向かうとさっき決意したばかりだ。ここは冷静に、状況を見極めなくちゃ。
「ウォーノック公爵、イライザ、お待たせしてしまい、申し訳なかった」
執務室でお父様と二人待っていると、パトリックがやってきた。
ちらりと視線を送ると、少し強張った表情のパトリックが小さく頷いた。どうやら、悪い予感は的中しているようだ。やっぱりか…。
心配気な視線を返すパトリックに、私は力強く頷き返す。大丈夫。私も一緒に立ち向かう。そう伝わるように。
パトリックはそんな私の表情を見て、一瞬驚いたように目を見開く。それから、私の決意を受け取ったというように微笑んだ。ぱあっと花びらが舞ったような錯覚を覚える、眩い笑顔。
うん、私はこの笑顔を守りたい。絶対に手放したくない。そうさらに決意を固めさせてくれる笑顔だった。
「実は、アスター帝国から使者がやってきまして…。私のところに、皇女を輿入れさせたいとの申し入れでした」
パトリックが切り出すと、お父様が眉をぴくりと吊り上げた。それから顔をしかめて重々しく頷く。
「そうでしたか…。それは厄介なことになりましたね。――して、殿下のお考えは?」
さすが、このカンパニュラ王国の公爵の中でも筆頭となる人物だ。落ち着いている。
「私も国王陛下も、もちろん同意はしかねる申し入れです。アスター帝国がカンパニュラ王国を内部から掌握しようと企んでいるのは火を見るよりも明らか。受け入れることはアスター帝国の属国になるも同然です。それに何より、私はイライザを心から愛しています。他の女性を妃として迎えるつもりは微塵もない。しかし、ウォーノック公爵もご存知の通り、相手はアスター帝国だ。うまくやらねば開戦になりかねない。戦争に
なれば、決して少なくない犠牲が出ます。それは避けねばなりません」
パトリックが膝の上で組んだ手に力を込める。
「本日は婚約披露の打ち合わせに登城いただいたのに、このような事態になり申し訳ない。婚約披露は、この問題が片付かないと難しい状況になってしまいました」
お父様もパトリックの話に同意する。
「それはもちろん、仕方のないことでしょう。なんとか開戦を回避しつつ、アスターの申し出を断る方法を見つけなければ…」
私はお父様の隣に座り、二人の話をじっと聞きながら、ゲームの内容を必死に思い出そうとしていた。
アスター帝国については、ゲームの中でもその概要が説明されているだけで、実際の皇女や皇帝は登場しない。それでも、何か糸口になるような情報はなかっただろうか?
考え込む私を見つめていたパトリックが、お父様に言った。
「ウォーノック公爵、少しの間、イライザと二人にしていただけないでしょうか?私の思いを彼女にきちんと伝えておきたいのです」
お父様はぱっと表情を明るくする。
「もちろんですとも、殿下。どうか娘を安心させてやってください」
「ありがとうございます」
お父様はパトリックに一礼をして、部屋を出て行った。




