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Episode 22

 馬車の窓から流れる街の景色を眺めながら、私はため息をついた。

 一週間前には見るものすべてが新鮮で、いちいちときめいていたけど、それも徐々に落ち着きつつある。


「婚約披露、イライザはどんなドレスを着たいんだい?イライザは何でも似合うからなぁ」

 向かいに座ったお父様は、朝から上機嫌だ。

 馬車は今、王城に向かっている。今日はカンパニュラ王国第一王子のパトリックと、婚約披露の打ち合わせをするのだ。


 突然のエレベーター事故で乙女ゲー『ラブソニ』の世界に悪役令嬢イライザとして転生して約一週間。

 私は婚約者だったリアムとの婚約破棄からのパトリックとの婚約、さらには隣国ネメシア王国の王子アランに攫われ、連れ去られかけたところをなんとかパトリックに救われて、初デートを経て今日は婚約披露の打ち合わせ、という怒涛の日々を過ごしていた。

 息つく暇もないとはまさにこのことだと思う。


 転生前、社畜OL大城菜々香として恋愛から対極のところで枯れ果てていた私は、生活のすべてを仕事に占拠されていた。

 身だしなみを整えることすら、仕事を円滑に進めるため。同じ職場の上司であり、私と同時にパトリックとしてこの世界に転生してきた沢渡部長が好意を寄せてくれていたことにも気づかず、ただただ忙殺されていた日々。――まあ、転生前の沢渡部長は感情の起伏が少しも表情に表れない鉄面皮の鬼上司だったから、あんなの私じゃなくても気づかないとは思うんだけど…。

 けれど、転生してからいかに沢渡部長が私のことを気にかけてくれていたかを知って、なんだか少し申し訳ない気がしているのだ。しかも、転生後も沢渡部長はすぐに、パトリックとしてイライザの私を守りながらこの異世界で生きていくという決断をして、即座に行動に移してくれていた。

 そんな沢渡部長の行動を思い返すに、いかに私は自分のことしか考えていなかったかを痛感させられて、こんな私が沢渡部長に大切にしてもらう資格なんてあるのかな、って、どうしても考えてしまう。

 もともと沢渡部長はハイスぺのエリートビジネスマンで、そのうえイケメン。厳しすぎて近寄り難かったにも関わらず、何人もの女の子に思いを寄せられていた。

 なのにその相手が、仕事が生活の中心というより、生活イコール仕事だった私…。いいのかな?バチ当たったりしない?気後れしてしまう気持ちがつきまとい、モヤモヤした感情が気持ちを重くする。


 とはいえ、転生後の沢渡部長の押しの強さやら、私が影ながら努力していた姿を見てくれていたことへの嬉しさやら、ラブソニで課金しまくってた最推しパトリックのビジュアルに上乗せされた沢渡部長の色気やらに、私は完膚なきまでに落とされてしまった。

 今や過去の彼女さんたちにすら嫉妬してしまうほど沢渡部長のパトリックが好きになってしまった私としては、もう今さら後戻りはできないところではあるんだけど…。


 パトリックはゲーム通りならこのまま王太子になり、ゆくゆくはこの国の国王となる人。そんな人と婚約となれば、当然私もゆくゆくは王妃になるわけだ。軽々に恋人気分を楽しめる立場じゃない。とにかく、そういういろいろな思いが交錯して、思わず溜息も漏れてしまうというもの。――まあ、つまりは、まだまだ覚悟が足りてないってことなんだろうな…。


 溜息を繰り返す私に、お父様が心配そうに問いかけた。

「イライザ、実はパトリック殿下との婚約が、嫌だったりするのかい?」

 私ははっとして、即座に首を振った。

「いいえ、そのようなことは」

 ――そうだ、私は嫌なんじゃない。恐れ多いような、腰が引けるような思いは抱えているけれど、パトリック以外の人と婚約するのも、パトリックが他の人と婚約するのも、どちらもものすごく嫌だ。だって私は、沢渡部長のパトリックが好きなんだから。

 それなら、私がしなければならないことは決まっている。

「嫌だなんて、滅相もございませんわ。光栄の極みでございます。パトリック様は素晴らしい方ですし…。ただ、私にそんな重責が務まるのかと悩んでおりましたが…。でも、今お父様に問うていただいて、自分の気持ちが見えました。私、パトリック様の婚約者として相応しい存在になれるように全力を尽くしますわ」

 しっかりと顔を上げた私を見て、お父様が安心したように、そして満足そうに微笑んだ。

「それでこそ私のイライザだ。大丈夫。イライザなら心配ないよ」

「ありがとうございます、お父様」

 覚悟は決まった。それさえ決まれば、社畜OL時代に培った根性で、目標に向かって突き進むだけ。努力してみてもいないのに、やる前からどうせ…っていう奴が嫌いだった私が、何をウジウジしてるんだ!目標を達成するためなら、どんな困難にも打ち勝ってみせる。目の前の靄を晴らすきっかけをくれたお父様に本当に感謝だわ。

 私はぎゅっと拳を握りしめ、決意を胸に窓の外に迫る王城を見据えた。

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