Episode 19
横になるなり、すぐにパトリックに抱きしめられる。鼓動が速すぎて心臓が壊れそう。
「よかった。ちゃんとイライザがいて。ただでさえ、転生してからどうしても現実感が薄くて、ずっと夢の中にいるような感覚が抜けなかったのに…。イライザが攫われて大城の存在を遠く感じてしまった時、やっぱり俺だけが冷めない悪夢の中にいるんじゃないかって、本当に怖くなった。でも、イライザの中には大城がいて、俺は今パトリックで。この世界で生きてるんだよな?これが現実なんだよな?」
私も、前世の夢を見て起きた時、どっちが現実なのかわからなくなった。沢渡部長だって一緒だったんだ。前世では弱みなんて見せたことのなかった沢渡部長。いつも完璧で厳しくて、その裏に隠れた人間性のことなんて考えたこともなかった。いくらハイスぺで何でもできちゃったって、こんなことが起こって不安にならない人なんているはずないのに。
私はそっとパトリックの顔を見上げた。綺麗なアッシュの瞳が揺らいでいる。近すぎて緊張するけど、そんなこと言ってる場合じゃない。今、沢渡部長の心を支えられるのは、私しかいないんだから。
「私にとっても、沢渡部長のパトリックといる、この世界が今の現実です。――転生なんて信じられないことが起こって…なのにすぐに私を守ることを考えてくれて、本当にありがとうございます。私、自分のことだけでいっぱいいっぱいになっちゃってて、沢渡部長のこと全然考えられてませんでした…。本当にごめんなさい…」
沢渡部長が転生してすぐに私を捕まえようとしたのも、必要以上に構うのも、これが現実だって実感するためだったのかもしれない。
「私…恥ずかしくて沢渡部長に冷たいことばっかり言っちゃって…。部長だって不安になったりしてたのに…。安心したかったんですよね?ごめんなさい」
私を抱きしめていた沢渡部長の腕に力が籠り、さらにぐっと引き寄せられる。すぐそこにパトリックの顔が迫った。恥ずかしいけど、目を逸らしたらダメだ。ここで逸らしたら、また不安にさせちゃうかもしれない。
必死の思いでパトリックを見つめ返していると、ふっとパトリックの表情が緩んだ。
「ふ。なんて顔してんだよ。本当お前、免疫ないんだな」
「そ、そうですよ。何度もそう言ってるじゃないですか。ずっと恋愛から遠ざかってたって」
「うん。それなのに、俺のために頑張ってくれてるんだ?」
嬉しそうに細められた瞳から色香が漂う。ダメ、もう限界。
恥ずかしさで顔を逸らしかけた私の、頬にかかった髪をパトリックが優しくかき上げる。私の唇が、パトリックの唇で塞がれた。
ゆっくりと優しく啄むようなキスから、どんどん深いキスに変わる。舌を吸われ、濃密に絡みつく舌に上顎をなぞられる。
身も心もとろとろに溶かされるような甘いキスが続き、全身の力が抜けていく。頭がぼうっとしてきて、何も考えられない。ただ、この快楽に身を委ねてしまいたい。
パトリックの唇が首筋を下りていきかけて、不意に離れた。
ゆっくりと目を開けると、隣には天を仰ぎ額に手を当てたパトリック。
「――やばい。止まらなくなるとこだった…。大城のイライザ可愛すぎ。この世界じゃ、婚姻前の男女が一線を越えるのは、ご法度なんだよな…。ウォーノック公爵の信頼を裏切るわけにもいかないし…。くそ…」
くしゃくしゃと髪を掻きむしり、悶絶している。
沢渡部長のキス、気持ちよすぎて完全に流されるとこだった…。前世だったら、絶対止まれなかった。ちゃんと止まった沢渡部長、すごいな…。
余韻に浸りながら、ぼんやり考える。――って、何考えてんの私!?
今更ながら、顔が一気に熱くなる。私ったら、私ったら、私ったらー!!流されてもよかったかも、なんて考えてしまった…!
理性を取り戻そうと円周率らしきものをぶつぶつと唱え始めたパトリックの横で、私も顔を覆い、覚えたての魔法の呪文を反芻していた。
「イライザ、ごめん。ちょっと抑えがきかなかった。もう何もしないから、もう少しだけこうしてて」
ひとしきり円周率を唱えてだいぶ頭が冷えたのか、パトリックが咳払いをしてから言った。
「はい…」
私も天井を見つめたまま返事をする。
「手だけ、いい?」
遠慮がちにパトリックの手が私の手に触れる。私が頷くと、指がそっと絡められた。
そのまま、二人無言で天井を見上げる。窓の外から鳥のさえずりが聞こえた。
事故に遭って、何故か二人してラブソニの世界に転生して。信じられないけど、これが今の私たちの現実。冷めない夢の中に閉じ込められているようで、不安で怖くても、私たちは一人じゃない。
私は指先にきゅっと力を込める。パトリックも、同じように握り返してくれる。横を向いたら、パトリックも同じように横を向いて、優しく微笑んでくれた。私も微笑み返す。
よかった。沢渡部長と一緒で。これからも一緒にいられて。
パトリックの形のいいおでこが、私のおでこにこつん、と当てられる。沢渡部長も同じ気持ちでいてくれてるんだって、何故だか確信できた。