Episode 18
翌朝、さすがに少し前日の疲れが残っていた私は、少し寝坊をさせてもらって、お父様と一緒に遅めの朝食を取っていた。
朝食を終えてお茶を飲んでいると、玄関の方で馬車が止まる音。少しして、いつもは冷静な執事のピエールさんが、少し慌てたようにダイニングにやってくる。
――ん?この展開は、いい予感がしないんだけど…。
「旦那様、お嬢様、パトリック第一王子殿下がいらっしゃいました」
ほら、やっぱりー、って、昨夜の今朝で、もう問題が片付いたってこと!?
お父様と一緒に慌てて応接室に入ると、窓の外に見える庭園の花を背負って、スチルのごとく秀麗な笑みを浮かべたパトリックがいた。
はぁ、やっぱかっこいい…。本当に花背負ってるよ…鼻血出そう。見慣れてきたはずなのに、この破壊力…。心臓にクる。
最推しからの凄まじい先制攻撃をくらい、思わず心臓を押さえて声を失っている私に、パトリックが近づいてきた。なんだかあらためてドキドキする。
「おはよう、イライザ嬢。よく眠れた?」
「お…はようございます、パトリック様。おかげさまで、ゆっくり寝かせていただきました…。パトリック様こそ、もうネメシア王国の問題は大丈夫なのですか?」
明らかに私より睡眠時間が短いはずなのに、隈一つない美しいお顔。
「もともとほとんどの手筈は整っていたからね。後は魔法で各所に連絡して、裏切れないように契約魔法もかけて、指示した通りに動いてもらっただけ。アランの叔父や臣下たちも捕らえられたし、アランが王座に就くように進んでる。アランも今朝ネメシアに帰ったよ。まあ、今回のは一時帰国で、諸々片付いたらまたこっちに一旦帰ってくるらしいけど。学園はちゃんと卒業するつもりらしい」
わあ、パトリック本当に隙がない。魔法も使いこなしていらっしゃる。
「それはよかった!安心いたしました!さすが殿下!見事なお手際です。しかし、殿下もお疲れでしょうに…」
お父様の言葉に、パトリックがすっと私の手を取り微笑みながら答えた。
「身体は大丈夫です。でも、少し心に癒しが欲しくて、イライザ嬢の顔を見に来てしまいました」
言うなり私の手の指先にキスをする。
なっ、何を言ってるんだこの人!どうしてこんな気障なことを臆面もなくできるわけ!?いくら婚約したからって、こんなに明け透けでいいの!?
焦って真っ赤になっている私を尻目に、お父様も満面の笑みで応える。
「そうでしたか!イライザはいるだけで心の癒やしになりますからな!イライザ、お前の部屋に殿下をお通しして。ゆっくり休んでもらいなさい」
は!?私の部屋!?ちょっと待ってよ何それどういうこと?そんなのアリなの?どんでもない親バカ発言するくらい溺愛してる娘なのに、パトリックとなら部屋に二人にしていいの!?どんだけパトリック信用されてんのよ!
動揺しかない私に気づかないふりを決め込み、パトリックが爽やかに言い放つ。
「ウォーノック公爵、お気遣い感謝いたします。じゃあイライザ、部屋に案内してくれるかな?」
「え、ええ、承知いたしました。こちらへどうぞ…」
これ以上動揺を見せて、変に意識してると思われるのも癪だ。にこにこ顔の二人に私も精一杯の笑みを返し、部屋へと向かった。
「ああ、さすがにちょっと疲れた…。少し横にならせて」
部屋に入るなり、パトリックが私のベッドにごろんと横になった。ちょっと、レディーのベッドなんですけど!?
「へえ、この部屋、ゲームの中のイライザの背景であのドレッサーの辺りちょっと見た程度だったけど、実際はこうなってたんだな。いかにもイライザの部屋って感じだよなー」
パトリックが転がったまま部屋を見回す。外見には表れていなくても、疲れているのは確かなんだろう。声にいつもより張りがない気がする。私は喉元まで出かかった文句を飲み込んで、代わりに素直な気持ちを零した。
「そんなにお疲れなら、王城でちゃんと寝たらよかったのに…」
「だって、まだ何か心配で。一刻も早くお前の顔見て安心したかった。だから、はい、ここ」
パトリックがポンポン、と横になる自分の隣を叩く。
え?隣に横になれと?いやいやいや、ちょっと待って。いくらなんでも私には難易度が高すぎる。
「早く」
甘えたようなパトリックの視線と声に、耳まで熱くなる。どうしよう。そんなの無理だよ!
「頼む。安心させて」
弱々しい笑顔。こんな表情見せられたら…。
恥ずかしすぎるけど抗えなくて、私はおずおずとパトリックの隣に横になった。