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Episode 17

 王城に着くと、私とアランはパトリックの執務室に通された。

「アラン、これを見てくれ。ネメシア王国の有力貴族何人かと、取り引きした」

 執務室に設えられた応接テーブルに着くなり、パトリックがアランの前にバサッと書類の束を置く。

 沢渡部長はすっかりパトリックモードに切り替わっている。馬車の中で見せた少し弱った姿も、最初から夢だったかのように、自信に満ちた表情だ。うん、いつものきらきらで完璧なパトリック。

 すぐにアランが書類を手に取り、目を通す。

 読み進むうち、次第に目を見開き、驚きの表情に変わっていった。

「パトリック…これ、よくこんな短時間でこれだけの大物たちを取り込んだな…」

「それぞれが抱える問題に対して、改善策を提案し協力を申し出た。もちろん、資金援助も含めて。それから、アランにつけばどれだけのメリットがあるかも、もちろんプレゼンした。ここのところ、ネメシアがきな臭いっていう話は耳に入っていたから、万が一を考えて数日前から動いていたんだ」


 私はごくりと唾を飲み込みながら、二人の様子を見守っていた。

 転生してからの数日間で、そんなことまで?ネメシアの動向からバッドエンドの展開を読んで動いたんだろうけど、一体どんだけ先手打ってたのよ…。

 前世でも取引相手に的確な提案をして成果を上げまくっていた沢渡部長を思い出す。絶対に敵に回しちゃいけない人だな…。


 ネメシア王国の貴族たちが抱える問題は何か、それに対してパトリックからどんな提案がなされ、貴族たちがどんな条件を飲んでどう動くのか――。アランが書類を読み耽っている間に、私はパトリックの耳元でこそっと呟いた。

「よく、この短期間で手が打てましたね…。さすが沢渡部長ですけど…」

 同じように小声でパトリックが答える。

「ゲームでこのバッドエンドをプレイした時、俺ならどう解決するかなって考えてたからな。どの攻略対象のバッドエンドでも、俺なりにそのシチュエーションを脱するプランを考えてた。この世界に来てからすぐ、色々情報も収集してたしな。ここでお前を守りながら生きてかなくちゃいけないって思ってたから」

 ――は?乙女ゲーでバッドエンド解決のプランを練ってたの?そんなプレイの仕方する人いる?全ルートコンプ済みってのは聞いてたけど、まさかバッドエンドも自分ならどうするか考察済みで全コンプしてあったとは…。しかも、いきなり転生したのにすぐに情報収集って、どんだけハイスぺのエリート脳なんだ、この人は。それに、私を守りながら生きてくためって…。転生してすぐ、そんなことまで考えていてくれたなんて。私なんて、自分のことだけでいっぱいいっぱいだったのに…。


 私は思わずぽかんと口を開いてパトリックの顔をまじまじと眺めてしまった。

「イライザ、顔が公爵令嬢じゃなくなってるぞ」

 笑いを嚙み殺すように口元に手をやり、眉間に皺を寄せたパトリックに小声で注意される。しまった、油断した。

 ちらりとアランに目をやると、まだ熱心に書類を読んでいる。こちらの様子には気づいてなかったみたい。よかったー。

 私はしゃんと姿勢を正し、顔を整える。ちょうどアランが書類から顔を上げた。

「パトリック、恩に着る。この案と後ろ盾、ありがたく使わせてもらうぞ」

「もちろんだ。そのために手を打ったんだから」

 パトリックが優美な笑顔を浮かべて、アランに手を差し出す。アランもその手を握り返した。

「ありがとう。俺がネメシアを取り戻したら、カンパニュラ王国に対して相応…いや、それ以上の対価は支払う。――それと、イライザのこと、本当に悪かった…」

「イライザの件に関しては、金輪際手出しはしないと約束してもらうぞ」

 アランの謝罪に、間髪入れずにパトリックが答える。

 完璧なのに裏側にメラメラと怒気が見える笑顔に変わったパトリックを見て、アランは苦笑いしながら私にも申し訳なさそうな視線を送ってくる。私は頷いて微笑んだ。うん、アランももう大丈夫そう。

「これだけ手を回してもらって、そのうえ婚約者にまで手は出せねぇよ。しかし、リアムとの婚約破棄の翌日に婚約とか、本当に周到だよな。先を読んでこんな完璧な策を打ってくる手腕もだし、絶対に敵に回したくねぇ」

 だよね。私もさっきそう思った。パトリックはにっこりと笑って言った。

「これからも両国で協力して、友好的かつ有意義な関係を築いていこう、アラン」

 この人を敵に回そうとする奴は、相当の命知らずだと思う。


 早速ネメシア王国の奪還作戦が始まり、パトリックもアランも慌ただしく動き始めた。

 私がこれ以上は邪魔になりそう、と帰り支度をしていると、廊下に騒がしい靴音が響き、ノックの音と同時にドアが開いてお父様が現れた。

「イライザ!無事でよかった!怪我はないか!?怖かったな」

 体当たりかってくらいの勢いでハグされ、思わずよろける。いや、力の加減。心配はわかるけれども。

「お、お父様。ご心配をおかけして申し訳ありません。私は大丈夫ですわ。パトリック様が助けに来てくださいましたから」

 パトリックの名前に反応して、お父様が顔を輝かせた。さっとパトリックに向き直り、流れるように跪く。そうだ、お父様はパトリックの熱烈な信望者だった。

「ああ、パトリック王子殿下、何とお礼を申し上げたらいいか…。この御恩は一生忘れません!この命尽きるまで、殿下についていきます!」

 パトリックが華麗な笑顔をお父様に向ける。この熱量に対しても動揺しないのはさすがだわ。

「いいえ、ウォーノック公爵。お礼を言われるようなことは何も。むしろ今回はイライザ嬢を危険に晒してしまい、申し訳なかった。もう二度と、イライザ嬢をこんな目には合わせません。さあ、立ってください」

 パトリックに手を差し伸べられ、お父様が頬を上気させる。いや、乙女か。せっかくのイケオジが台無しだぞ。

「身に余る光栄…!!パトリック王子殿下、親子ともども末永くよろしくお願いいたします!」

 お父様は両手でパトリックの手を取り、力強く握りしめた。ただでさえお父様パトリック信者なのに、これでさらに盤石になったな…。


 パトリックは美麗な笑みを絶やすことなく、お父様に握られた手にもう一方の手を重ねる。

「ウォーノック公爵は私の義父となる方です。こちらこそ、末永くよろしくお願いいたします。またあらためて、婚約披露に関するご相談をさせてください。――ところで、本来でしたら僕がイライザ嬢をウォーノック邸までお送りしたかったのですが、まだ色々と立て込んでおりまして…。ウォーノック公爵と一緒であれば安心だと思い、お呼び立てしてしまったのです。イライザ嬢をお願いできますでしょうか?」

 そっか、私を一人で帰さないように、お父様を呼んでくれたのね。アランが正気に戻ったから、もう大丈夫そうではあるけど、そこはもう、少しも油断したくないんだろうな。

「もちろんですとも!婚姻までの間は、娘は私がしっかりと守ります!さあ、イライザ、お父様と帰ろう」

 お父様だって、私が攫われたって聞いて、きっと生きた心地がしないくらい心配してくれたんだろう。さっきのハグからも伝わってきた。

 私はパトリックとお父様に心からの感謝を込めてお辞儀をした。

「はい。お二人とも、本当にありがとうございます」


「イライザ、気をつけて帰るんだよ」

 帰り際、パトリックが優しく微笑みながら私の頭をポンポンと撫でてくれた。沢渡部長の時からのこれ、癖なのかもな。すっごく恥ずかしいけど、嫌いじゃない…。

「パトリック様も、ご無理はなさらないでくださいね」

「ありがとう。問題が片付いたら会いに行くよ」

 明日、明後日は週末で学園は休みだ。きっと休み明けまでにはアランの国の一大事すら華麗に解決して、何事もなかったように迎えに来るんだろう。

 私とお父様は、丁寧にお辞儀をして部屋を出た。

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