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Episode 16

「よく、追いついたな」

 剣を抜いたパトリックの護衛騎士たちにぐるりと取り囲まれた馬車から、両手を挙げて降りてきたアランが、ぼそっと言った。

 拘束を解かれた私の、赤くなった手首を撫でながら、パトリックがアランに怒りの籠った視線を送る。

「今日の昼には、ネメシア王国でクーデターがあったことは聞いていたからな。その前から、ネメシアで不穏な動きがあるという話は耳に入っていたし。だからきっとアランはネメシアに向かうはずだとは思った。まさか、学園内でイライザを攫うとは思ってなかったけどな」

 確かにそうだ。ゲームではアランが母国に向かうのは夜だったはずだ。

「公爵邸の警備は厳重だからな。イライザを連れ出すなら、学園しかないと思ったんだ。パトリックが王城に戻ると聞いて、あのタイミングしかないってな」

 そうか、ゲームでは貴族じゃないアンジーを攫ったから、夜だったってことか。厳重な警備がないなら、夜の方が人目につかない。

「まさか、他の生徒会のメンバーを全員帰すとはな。帰り道が狙われると思って警備を固めさせたのに、裏をかかれた」

 パトリックが悔しそうに眉間に皺を寄せる。

「それだけ、俺も本気でイライザが欲しかったってことだよ」

 自嘲するような口調で、アランが言った。それから、バツが悪そうな顔で私を見る。

「悪かったな、イライザ。怖かったよな。――俺、だいぶ周りが見えなくなってた」

 父であるネメシア国王が殺されたんだ。冷静でいられなくなっても無理はない。でも。

「自暴自棄になるのは、もうやめてくださいね」

 本当に怖かったんだから。あのままネメシアに入って、バッドエンド通りになっちゃったら、どうしようって。

「ああ、一度落ち着いて、策を練る」

 よかった。アラン、いつもの表情に戻ってきた。


 その表情の変化を確認するように、じっとアランの顔を見ていたパトリックが言った。

「その件だが、アラン。このままうちの王城に来るんだ。お前がネメシアを取り戻せるよう、手を打ってきた」

 ――え?どういうこと?放課後急いで王城に帰って、もうその算段をつけてきたってこと?

 驚きを隠せない私の隣で、アランもぽかんと口を開けている。

「は?パトリックが?俺がネメシアを取り戻せるように?どうやって?」

「それは、王城で説明する。まずはここを離れるぞ。アランは乗って来た自分の馬車に乗れ。イライザはこっち」

 パトリックが私をさっと抱き上げる。ちょっ、ちょっと!お姫様抱っことか聞いてないから!驚いてバランスを崩しそうになった私を、パトリックがさらにぎゅっと強く抱きしめる。

「イライザ、ちゃんと掴まってて。危ないから」

 じゃあ降ろして、と言いたかったけど、パトリックの真剣な顔を見たら言えなかった。本当に、ものすごく心配して、必死で助けに来てくれたんだって、伝わったから。

 私は躊躇いながらも、大人しくパトリックの首に腕を回す。そんな私を見下ろして、パトリックがふっと優しく笑った。

 そんな私たちの姿を見ていたアランが、ぽつりと呟く。

「なんかパトリック、口調とキャラ変わってない?」

 パトリックは聞こえないふりをして、さっさと私を抱えて自分の馬車に向かった。


 馬車に乗り込むなり、パトリックにぎゅっと抱きしめられた。

「よかった、間に合って。本当によかった」

 抱きしめる手が、微かに震えている。パトリックも…沢渡部長も、怖かったんだって気づいて、私もそっとその背中に手を回した。

「私…ごめんなさい。アランに気をつけるように言われてたのに、生徒会室で二人になっちゃって…。助けに来てくれて、本当にありがとうございます」

 自然と素直に言葉が出た。こんなに必死な姿を見せられたら、いつもの可愛くないセリフなんて引っ込んでしまう。

「お前がネメシアに入ってしまったらと、生きた心地がしなかった。悪い。俺が後手に回ったばっかりに、お前に怖い思いをさせた」

 前世でも、こんなに余裕のない沢渡部長の姿は見たことがなかった。いつも無表情のまま、無理難題を事もなげに片づけていたのに。

「後手になんて…。ちゃんと私が攫われたことに気づいて、助けに来てくれたじゃないですか。しかも、ネメシアをどうするかの算段までしっかりつけて」

「いや。絶対にお前を一人にしちゃいけなかった。ゲームの展開と違っていることも、アランがお前を相当気に入っていることもわかってたのに、夜までは大丈夫なはずだって油断した。絶対に油断が許されない場面でだ。俺が悪い」

 微かな声の震えを感じ取り、パトリックの顔を見上げる。白く美しい陶器のような肌が青ざめていた。私はパトリックの背中に回した手に力を籠める。今こそ、ちゃんと伝えなくちゃ。

「大丈夫ですよ。すごく怖かったけど、私、ちゃんとパトリック…沢渡部長が来てくれるって信じてたんです。だって、いつだって沢渡部長は私のこと助けてくれたから。――初めて任された大きな案件のプレッシャーに負けそうになってた時も、頑張ってもなかなか結果が出せなくて落ち込んでた時も、いつも突然現れて何かアドバイスしてくれたり、ヒントをくれたりして、さらっと助けてくれてたじゃないですか。それって、私のこと本当にちゃんと見ていてくれたんだなって、気づいたんです。だから、絶対に沢渡部長なら来てくれるって思ってました」

 沢渡部長が、後悔や恐怖が綯交ぜになった顔で私を見つめた。

 大丈夫。もう怖くないから、そんな顔しないで。

「沢渡部長、ありがとうございます。いつもいつも、私のこと見守っていてくれて」

 伝わったかな?私の思い。お願い、伝わって。

 思いを込めて見つめていると、苦し気に強張っていた沢渡部長の表情が、少しだけ和らいだ。

「大城…。悪い、情けないとこ見せたな。お前を失ってしまったらって考えたら、冷静じゃいられなくなった。もう、二度とこんな思いはさせないからな」

 うん、きっと伝わった。私も微笑んで、もう一度沢渡部長をぎゅっと抱きしめた。

「ありがとう、大城」

 沢渡部長はそう言って、強く私を抱きしめ返してくれた。


 王城までの間、私たちはなんとなく離れがたくて、指先を絡め二人寄り添ったまま馬車に揺られた。なんだか、色々な気持ちが通じ合ったような、不思議な感覚。今までになく沢渡部長の存在を、心を、とても近くに感じた。

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