Episode 14
馬車が学園に到着し、外から御者さんがドアを開けていいか確認する声がした。もう、毎回聞くのがデフォルトなのね…。
パトリックにエスコートされながら馬車を降りると、周りの生徒たちから歓声が上がる。
「おはようございます!パトリック様、イライザ様!」
「ご婚約、おめでとうございます!」
噂の広がる速度って恐ろしい。普通に皆知ってるって、どういうこと?いくら公衆の面前で求婚を受けることになったとはいえ、それまだ昨日のことなんですけど…。
「皆、ありがとう」
隣で華麗にパトリックが微笑む。ええい、頑張れ公爵令嬢イライザ。
「皆様、ありがとうございます」
負けじとできうる限り美しい笑顔で応えると、パトリックがちらり、とこちらを見て、満足そうに目を細める。私にだって、ちゃんとできるんですからね。
「やっぱ、お前はできる奴だ」
パトリックは私のことは何でもお見通しとばかりに、耳元に顔を寄せ、沢渡部長の口調で囁いた。
すれ違う人すれ違う人に祝福の言葉を掛けられながら教室に入ると、メリッサが待ち構えていた。
「イライザ様、おはようございます!今日こそは色々、聞かせていただきますわよ」
わあ、めっちゃ目輝いてるじゃん…。
だよね、そうなるよね。だけど、話せることは限られちゃうんだけど…。
まさか、異世界転生しまして、なんて話せるはずもない。どうやって説明しようか悩んでいると、横からパトリックが助け舟を出してくれた。
「メリッサ嬢、おはよう。実は、ずっと僕がイライザ嬢に片思いをしていたんだ。イライザ嬢にはリアムという婚約者がいたし、この思いは胸の奥に秘めておかなくては、と思っていたんだけれどね。だけど、二人が話し合って円満に婚約を破棄したと聞いて、居ても立っても居られなくて、すぐに求婚してしまったんだ。晴れてイライザの婚約者になれて、とっても光栄だよ」
メリッサは例の「きゃー!」の顔で、頬に手を当てている。悪役令嬢キャラは見る影もない。まあ、悪役落ちしてないけど。
「そうだったのですね!パトリック様がずっとイライザ様を…!素敵ですわ!」
うん…。確かに間違ってはいない?のかな?転生前の話も考慮すると。ラブソニのシナリオ的にはきっと色々おかしすぎるけど。
「イライザ様、本当に良かったですわね!パトリック様は素晴らしいお方ですもの」
そうね。私の最推しだしね。顔面も強ければスペックも鬼強だしね。今は中身がちょっと黒いけど。
「ええ、私もこの上なく光栄ですわ。――まさかこんなに早く、また婚約をすることになるとは思っていませんでしたけど」
ちょっと本音が滲んでしまった。だけどメリッサはそんなのお構いなしだ。
「善は急げですもの!慶事は早いに越したことがございませんわ!婚約披露はいつなさるのですか?」
――婚約披露!全然考えてなかった!そうだよね、第一王子の婚約だもん。何もしないはずないよね。そういえばゲームでも、どのキャラのルートに入っても婚約したら盛大に婚約披露してたわ!スチル満載のビッグイベントじゃん!
「婚約披露は一月後には行う予定だよ。メリッサ嬢の言う通り、早いに越したことはないからね」
当然のようにパトリックが言う。まさか、もうそこまで根回しを…?
驚いてパトリックを見上げると、当然、というように頷かれる。さすが元エリート、抜け目ない…。
この期に及んで逃げようとは思ってなかったけど、すでに周到に逃げ道は塞がれているようだ。
「ああ、楽しみですわね!イライザ様!」
自分事のようにはしゃぐメリッサを尻目に、私はおほほ、と乾いた笑いしか出てこなかった。
すべての授業が終わると、前の席に座っていたパトリックが振り返った。
「今日の生徒会の会議、申し訳ないけれど出席できなくなってしまったんだ。皆に伝えてくれるかな?」
そういえば、昼休みに王城の従者の人がパトリックのところに来てたな。何かあったんだろうか?
「ええ、承知いたしました。お伝えいたしますわ」
頷くと、パトリックが心配そうに言った。
「帰りも一緒にと思っていたけど、急いで王城に戻らなければならなくなってね。君の家にも迎えを頼んであるから、くれぐれも気をつけて帰ってほしい」
かなり真剣に心配している様子のパトリックに、私もちょっと表情を引き締めて頷いた。
「わかりました。パトリック様も、お気をつけて」
「ああ、ありがとう。また明日ね。――本当に、気をつけて」
慌ただしく教室を後にする背中を見送る。あんなに心配するってことは、絶対何か起きてるんだろう。私はパトリックの言いつけ通り、メリッサと一緒に教室を出た。
生徒会室の前でメリッサと別れて一人部屋に入ると、もうすでにアランがいた。
「お疲れ、イライザ。昨日の今日で、俺の周りもパトリックとイライザの話題でもちきりだぞー」
わ…いきなりアランと二人だけになっちゃったけど…。これは仕方ないよね?もうすぐ皆来るはずだし。
「ごきげんよう、アラン様。お騒がせしてしまって申し訳ございません」
「第一王子の婚約者なんて、すごいじゃん。パトリックがあんなにイライザのこと好きだったなんて、今まで気づかなかったわ」
そりゃあね…。こうなったのは私たちが転生してきたからでしょうしね。その前のパトリックは、きっとイライザのことは特に意識していなかったはずだよね。
「せっかくリアムと婚約破棄したっていうから、本気で落としにいこうと思ったのになー」
「またそういうご冗談を」
アランはゲームの中でもよくこんな軽口を叩いていた。いつものやつだな、とあしらおうとすると、不意にアランに腕を掴まれて引き寄せられる。
「冗談じゃないって言ったら、どうする?」
――いつものアランの雰囲気じゃない。その鋭い視線に身体が強張る。危険だって、頭の中で警鐘が鳴ってる。
「わ、私はパトリック様の婚約者ですよ」
慌てて離れようとするが、腕の力が強くてびくともしない。どうして?アランってこんなキャラじゃなかったはず。それに、他の皆はなんで来ないの?
どくどくと心臓の音が高鳴っていく。
入口のドアに送った私の視線に気づいたらしく、アランが言った。
「他の皆なら、来ないよ。今日はパトリックが出席できないから、会議は中止って伝えてあるから」
「どう…して?」
「色々事情が変わってさ。ごめんね、イライザ」
アランはそう言うなり、さっと私に何かの小瓶を嗅がせた。
「!!」
咄嗟に顔を背けようとしたけど、間に合わなかった。
くらっと視界が歪み、意識が遠のく。
ああ、沢渡部長、ごめんなさい。一人になるなって、アランに気をつけろって、あんなに言われたのに…。
襲い来る眩暈に抗いようもなく、私は意識を手放した。




