Episode 12
「あー、本っ当、油断も隙もないな!せっかくリアムを退場させたのに、まさかアランが絡んでくるなんて」
どかっと馬車に腰を下ろし、ドアが締められるや否や、パトリックが大きなため息をついた。いや、これはパトリックじゃなくて完全に沢渡部長モードだ。
学園中から注目されるビッグカップルを爆誕させてしまった今、当然のように同じ馬車に乗せられている。うちの馬車もお迎えに来てくれてたのに、パトリックが笑顔で帰してしまった。御者さんごめんなさい…。
「やってくれましたね、沢渡部長…。まさか、あんな人の多い所で暴露してくださるとはね…」
ぎろっと睨みつけてやったのもなんのその、沢渡部長は涼しい顔をして言い放つ。
「だって、お前、俺のものになるって言っただろ。イライザに手を出してくる奴はしっかり牽制しとかないと。こんなこともあろうかと、速攻で求婚してよかったわ」
「求婚って、結婚ですよ?つい先日付き合う?みたいな関係になったばっかなのに、こんなに早く決めちゃっていいんですか?――ていうか私、第一王子と結婚ってこと?荷が重すぎる…」
頭を抱える私を愉快そうに見つめながら、沢渡部長が顔を寄せる。パトリックの端整な顔に、艶が滲む。あまりの色香に、私は思わずのけぞった。
「言ったじゃん。逃がさないって。俺はずっとお前のこと見てきたんだから、全然急な話じゃないし、俺はお前以外と結婚する気はない。それとも、お前は俺以外の奴と結婚することになってもいいのか?公爵令嬢だからって、よく知りもしない相手をあてがわれても平気なのか?荷が重いなんて言ったら、俺なんてこのままいけば王太子からの国王だぞ?重責どころの話じゃないわ」
確かに…沢渡部長が他の誰かと結婚するなんて、すごく嫌だな…。それに、私だって他の人と結婚なんて…。
思わず俯いて考え込んだ途端、流れるような仕草で顎クイされ、ちゅっとキスされる。一気に頬が熱くなった。なんか、沢渡部長、躊躇いがどんどんなくなってる気が…。
「まだ赤くなんの?照れなくなるまで何回でもしよっか?」
ちょっと首をかしげながら、瞳を覗き込んでくる。小悪魔か!
こんなキャラだったなんて、聞いてないよ!鉄面皮の鬼上司だったくせに!もう、イケメンエリート怖い!
「やめてください。私が何年、恋愛から遠ざかってたと思うんですか?一生慣れませんから、こんなの!」
元社畜OLなめんな。干物どころか、カッスカスに干からびてたんだぞ!
「王太子候補とか国王とか、あり得ないくらい大変そうだけど、お前がいれば俺、頑張れそうなんだよ」
ふにゃっと表情を崩し、私の頭に手をやる。この緩急…。絶対勝てない。
「結婚してくれるんだろ?」
「し、します。しますよ。だって、皆の前でも言っちゃったし」
「それだけ?断れなかったから、俺と結婚すんの?」
相変わらず、ここぞってとこできっちり詰めてくる。うぅ、絶対言質取るまで逃がしてくれないやつだ、これ。
「だ、から…。それだけじゃないです…」
「じゃあ、どうして結婚してくれんの?」
オオカミにじりじり追い詰められている小動物にでもなった気分。
「大城?言って?」
もう一度熱い唇が降ってくる。んん…くち、塞がれたら、言えませんから!
息が苦しくなるほど情熱的なキスの後、潤んだ瞳で見つめられる。視線で、言って?って語りかけてくる。
「沢渡部長だからです…」
やっとで言ったのに、まだ許してくれないらしい。
「俺だから、何?俺のことどう思ってるからなの?」
もう!いいです、負けました!
「沢渡部長が、好きだからです!好きだから、結婚するんです!」
パトリックの顔で満面の笑みを浮かべ、沢渡部長がぎゅうっと抱きしめてきた。
「やった。やっと、お前の気持ちが聞けた。大城…イライザは、俺のだ」
満足気に頭をくしゃくしゃされる。私は犬じゃないんだぞ。そんなに嬉しそうにされたら、文句言いづらくなっちゃうじゃん。
「アランの奴がまたちょっかいかけてくる前に、早くイライザのお父上からも承諾してもらおう。それで、明日にはイライザは正式な俺の婚約者って発表するから」
明日!?だから、根回しが早過ぎるんだよー。どんだけ用意周到なの…。
「そういえば、国王陛下の承諾は…」
「俺がそれ、得てないと思うか?」
ですよね。はい、思いません。たとえどんな障害があったとしても、沢渡部長のプレゼン力ならマイナスもプラスにひっくり返してしまうだろう。
「外堀は完璧に埋めたから。安心して俺のものになれ」
得意気に美麗な微笑みを浮かべるパトリック。私が好きな表情わかってやってる顔だな。抜かりなさ過ぎる。
私は半ばあきれながらも、くすっと笑ってしまう。これはもう、腹をくくるしかなさそうだ。
「わかりました。私も頑張ります。けど、ちゃんと守ってくださいよ?」
「当たり前だろ」
綺麗な笑顔が近づいてきて、もう一度、長いキスをされた。
馬車が止まり、外から御者さんが遠慮がちに声を掛けてくる。
「ウォーノック公爵邸に、到着いたしましたが…。ドアを開けてもよろしいでしょうか?」
許可が出るまで開けるなとでも指示していたのだろうか?馬車の中で一体何するつもりだったのよ。
「かまわないよ」
完璧なパトリックの表情と声で、沢渡部長が返事をする。ドアが開けられると、先に馬車を降りて、私に手を差し伸べた。どこからどう見ても、きらきら完璧な第一王子のパトリックだ。
「じゃあ、行こうか、イライザ嬢」
「ええ、パトリック様」
本当、沢渡部長にはかなわない。私は苦笑いしながら、パトリックの手を取った。