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Episode 1

「なんで、こんなことになってるのよ…」

 私、大城菜々香(おおしろななか)改め、イライザ・リー・ウォーノックは机に突っ伏して頭を抱えた。



 ここは、乙女ゲーム『ラブ・ソニック~愛は魔法とともに~』の世界。そう、私は噂の異世界転生というやつをしてしまったらしい。

 転生前の記憶を取り戻したのは、ほんの数分前。

 薔薇が咲き誇る庭園をバックに、私イライザの婚約者リアムと、このゲームのヒロイン、アンジーが笑い合う姿を教室の窓から目撃した瞬間だった。

「あ、このスチル、見たことあるな」

 思わず声が漏れた。ものすごい既視感と同時に、怒涛のように流れ込んできた記憶。

 そして、ガラスに映る自分の顔にも、ものすごい見覚えがあった。これ、イライザだ。

 ん?イライザって、あれじゃん。え、待って。待って待って待って。私、悪役令嬢になってるわ!


 『ラブ・ソニック~愛は魔法とともに~』通称ラブソニは、魔法が存在する国カンパニュラ王国を舞台に、平民だけど高等魔法の白魔法(使い手もほとんどいない)が使えるヒロイン、アンジー・オブ・オートンが、貴族だらけの魔法学校で恋も勉強も頑張るという、ものすごくよくあるパターンの乙女ゲームだ。

 そんな使い古された設定のこのゲームを、転生前ただのしがない社畜OLだった私が、スキマ時間を見つけてはコツコツやり込んでいたのは、ひとえに攻略対象のキャラクターたちのビジュアルが鬼のように好みだったから。疲弊した心に、好みど真ん中のイケメンのラブなセリフは刺さりますよ、そりゃ。忙しすぎて彼氏がほしいと思う気力すら湧かなかった私の心を癒してくれていた、ありがたいゲームだ。


 私が転生したイライザ・リー・ウォーノックは、ヒロインであるアンジー・オブ・オートンをいじめ倒す悪役令嬢の()()。そう、このゲームには、攻略対象ごとにお邪魔キャラがいて、悪役令嬢も私を含め数人いる。

 イライザはその中でも、家柄的にも見た目的にも群を抜いて目立つキャラで、腰まで伸びたつやつやブロンドを綺麗にカールさせ、メイクもいつもバッチリの公爵令嬢。完璧な美貌を持ちながら、それに胡坐をかくこともなく、いつでも爪の先までぴっかぴかの隙のなさ。もちろん所作だって文句なしに美しかった。


 正直私は、純朴さがウリのヒロインより、イライザの方が好きだった。だって、自分を磨くのって本当に大変で、ものすごく根気と努力がいる。いつでも隙のない綺麗な姿を見せることが、どんなに大変か。

 仕事で疲れて帰ってきて、メイク落とすのもやっと。だけど、そんな裏側を感じさせたらアウト。

 なぜなら、人は見た目で判断されるから。”人は見た目じゃない”なんていうのは紛れもない綺麗事だと身に染みてわかっていたOLの私は、どんなに疲れていても最低限、服装やメイクには気を配っていた。

 だって、そうしていないと仕事もうまく進まない。疲れた顔した野暮ったい女の言うことなんて、誰も聞いてはくれないもの。

 

 実は高校の途中まで、私は自分の見た目にそれほど頓着していなかった。それよりも大切なことがあるって思っていたし、中身を磨くことの方が大事だと思ってたんだ。でも、それは違ってた。ううん、違ってたというか、そんな綺麗事だけじゃダメだった。

 制服を着崩すことなくきっちりと着込み、髪も無難にまとめただけの私は、入学早々見た目の真面目そうな印象だけで、クラス委員に選ばれてしまった。選ばれてしまったからには仕方ないと、委員の仕事に尽力したけど、話を聞いてもらうのも、文化祭やら体育祭やらでクラスの人たちに協力してもらうのも、とにかく大変だったのを覚えている。


 突然状況が変わったのは、二年生の文化祭の時だった。

 一年生の時と同じく、見た目でクラス委員を押しつけられていた私は、クラスの出し物のメイドカフェの準備に走り回り、疲弊していた。やりたいことを各々好き勝手言うだけで、協力はしてくれないクラスメイトたちの分まで仕事を背負う羽目になっていたからだ。でも当日、たまたまメイクの得意な女の子から化粧を施された。メイド服を着て、髪型も可愛くアレンジされた私を見て、突然周囲の反応ががらりと変わった。

「大城さん、それ、俺が運んどくよ」

「炭酸水が足りなくなりそうだから、俺買ってこようか?」

「休憩行ってきなよ。代わりに私いるからさ」

「ねぇねぇ、大城さんも打ち上げ一緒に行こうよ!」

 文化祭前にはまったく協力的でなかったクラスメイトたちが、男女問わず…いや、男の比率の方が高かったけど、明らかに協力的になった。その反応を見て私は悟ったんだ。”人は見た目だ”ということを。


 その日から私は、内面だけじゃなく、外見を磨く努力も始めた。そうしたら、色々なことが変わりだした。今までと同じことを言っても、やっても、周囲の反応が違う。話を聞いてくれるし、協力してくれる。でも、それってきっと当然のことなんだと思う。誰だって、同じような条件の人が二人いたら、外見が好ましい方を選ぶ。私はこの体験を通して、それを知ったんだ。


 ――そんなわけで、外見を綺麗に取り繕うことの大切さを嫌というほどわかっていた私は、「お化粧なんてしたことなくて…」なんて、平気で言ってのけるヒロインにはどこまでも共感できなかった。いや、そういう設定のキャラだから仕方ないんでしょうけども。そんなんで愛される奴、現実世界にはいないからな!どこにもな!攻略対象たちがこんなにイケメンじゃなかったら、絶対にやんないぞ、こんな女がヒロインのテンプレゲームなんて!と毒を吐きつつ、めちゃくちゃ課金してたんだよね…。だって、好みのイケメンにスマホでいつでも会えるなんて、最高じゃない…?ほんの少しでも、心に潤いが欲しかったんだよ…。


 まあ、課金(それ)はおいといて…。

 そもそも私は自分を磨く努力をしたこともないような奴が嫌いだったし、やってみてもいないくせに「どうせ私が頑張ったところで…」なんて言う奴も嫌いだった。

 努力するのが面倒で逃げてるだけでしょ、それ。頑張ったらどんな奴でもそれなりに見られるようになるし、何よりちゃんと見た目に気を配ってることは周囲に伝わる。そういう努力ができない奴は、大抵仕事でも甘いこと言いやがるし、責任逃れしようとするから本当にウザい。

「大城さんはいいよね。綺麗で、ちやほやされてて、そのおかげで契約もたくさん取れるもんね」

「顔で契約取ってるんでしょ?それとも身体使っちゃってたり?」

 そんな妬みを何度耳にしたことか。

 綺麗?当たり前じゃん。仕事がうまくいくように必死で綺麗にしてるんだから。仕事も美容も、お前らの数万倍努力してるわ。顔だけで契約が取れると本気で思ってんの?そのうえ身体使うとか?そんな安売りするくらいなら、寝る間も惜しんで仕事するっつーの。私の残業時間、知ってる?限界まで頑張ったこともないくせに、人を妬むな。寝言は寝て言え。

 ああ、社畜OLだった頃の私の愚痴が止まらなくなってきた…。


 とにもかくにも、そんな毒溜め込みまくりの社畜OLだった私が、何の因果か乙女ゲームの世界に転生し、ついさっき、転生前の記憶を取り戻したのだ。


 ──あれ、転生って私、向こうの世界で死んだのかな?どうやって?その辺りがよく思い出せないけど…。それに、私はイライザとしてこの世界でずっと生きてきたんだっけ?ゲームのエピソード的なものや登場人物は思い出せるけど、実際にイライザとして18年間生きてきた実感も記憶もないかも…。じゃあ、これって夢?それにしてはいろいろリアルすぎるし…。

「なんで、こんなことになってるのよ…」

 こうして、机に突っ伏して頭を抱える私ができあがったわけである。

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