「休みに入る前に、なぜこんなに働いてるのか問題」
第九話
カレンダーを見るだけで、心が軽くなるときがある。
来週はお盆。つまり、休み。
つまり、少なくとも会社には来なくていいという救い。
……そう信じていた、月曜の朝までは。
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◆ 8月7日(月)/管理課朝礼
「八木原くん、コピー機のリース契約、今週中に確認書提出だって」
「え、あれって9月更新じゃなかったですっけ……?」
「向こうは“今週中に書面でないと、機種変更もメンテもできません”って言ってた」
それって、ほぼ脅迫文なのでは。
しかも調べてみたら、去年の契約ファイルが“なぜか”PDFじゃなくJPEGで保存されているという地雷つき。
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◆ 火曜日/やることのファイル大洪水
次々に積まれる“早くしないと大惨事になる案件”。
•経理伝票に押印が漏れてた → 今週中の修正依頼
•支社通路の避難経路図、古いバージョンのままだった → 変更必要
•台風対策の全社一斉メール、なぜかこっちの支社だけ未読スルー状態
•新入社員用ロッカー、鍵番号が2つ重複してる疑惑
などなど。
なぜ、夏の入り口に、帳尻がまとめて爆発するのか。
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◆ 水曜日/大島さんの名言集更新
「“やっておくべきだった仕事”って、夏になると一気に発酵するよね」
食堂でカレーを食べながら、大島さんがつぶやいた。
「もはや“納豆”レベルに粘って出てくるんですよね……処理待ち案件」
僕は白ごはんにスプーンを突き刺しながら答える。
この会話だけで、今日ちょっと元気出た自分が悔しい。
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◆ 木曜日/地味仕事に本気出す日
・備品リストをExcelで作り直し(なぜか全部手入力)
・通路の掲示物を新調(印刷所のトナーがちょうど切れる)
・支社内の備蓄水の賞味期限チェック(2020年のが3ケース見つかる)
「こういうの、誰かが気づかないと一生気づかない」
というセリフを自分で言いながら、ため息を吐いた。
たぶん、こういう仕事を“裏方”って言うんだろう。
誰にも褒められないし、気づかれない。
でもやらなきゃ、「誰かが困る」のは確かだ。
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◆ 金曜日/午後4時40分
「これで、全部提出できた、と思います」
押印済みの契約書と報告資料を手に、大島さんのデスクに立つ。
汗ばんだシャツと、インクのにおいと、空になった缶コーヒー。
「やりきったね、八木原くん。お疲れさま」
優しい笑顔とともに、もう1本の缶コーヒーが差し出された。今度は微糖。
ああ、これが、報われるってことか。
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◆ 夜/寮の部屋。扇風機の音と一緒に、思い出す。
・地味な仕事ほど、放っておくと爆発する
・「誰も気づかない努力」は、「誰も困らない現実」を作っている
・休みに入る前に働くのって、“誰かの月曜”のためかもしれない
明日からお盆。たった数日だけど、支社は静かになる。
でも、その静けさは、今日のこのバタバタの上にある。
そう思えば、少しだけこの疲れが“いい疲れ”に思えてくる。
来週、何事もなく会社が動き出せたら、
それが僕たち管理課の「夏の成果」なんだと思う。