「草を刈る者、地域に触れる」
第八話
メールは、なんでも簡単に伝えてくる。
件名:地域美化活動ご協力のお願い
本文:丸亀工業団地 清掃週間(全6日間)
つきましては、当社も例年どおり参加のこと
そう、例年どおり。
でも、今年が初参加の俺には関係なかった。
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◆ 月曜朝/管理課
「八木原くん、今年の地域清掃、リーダーよろしくね」
藤巻課長は、今日も軍手のまま仕事を丸投げしてくる。
リーダーって……俺、草刈り初心者ですよ??
「現場はAブロックの市道沿いな。草ボーボーやから気合入れてな」
この“気合”という言葉、万能そうで、いちばん雑な指示だと思う。
「あとご近所さんへのあいさつも忘れんようにな。支社の顔やで」
俺の名札、そんな機能あったっけ。
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◆ 火曜日/丸亀の朝は草の匂い
午前8時。軍手とタオルと草刈り機。
会社の裏の市道は、まさに“緑の海”。
初日に刈ったはずの場所だけど、草たちはまるで何もなかったように堂々と生えている。
となりには、別の工場のおじさんがいた。
作業服は日焼けしていて、長靴に草の汁が染みている。
ひと目で、年季の違いがわかる。
「おはようさん。あんた、今年からか?」
「……はい、東京から異動してきて、まだ3ヶ月くらいです」
「そっかそっか。最初は草の生命力にビビるやろ?」
「ビビります。ていうか、なんか勝てる気がしません」
「勝たんでもええ。ただ“やめん”のが大事や」
それ、どこの哲学書ですか。
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◆ 午前10時/木陰の休憩所
作業中にコンビニのおにぎりを配ってくれたのは、地域の婦人会の方だった。
「塩むすびがいちばんうまいんよ」と言って渡してくれたそれは、なぜかコンビニのくせに、めちゃくちゃ美味かった。
「お兄ちゃん、ほんまに東京から来たん?」
「はい……丸亀は、正直、うどんのイメージしかなかったです」
「よう言われる〜。でも、人もおるんよ、ちゃんと」
その言葉の意味が、胸のどこかでしっかり引っかかった。
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◆ 昼すぎ/風と汗と黙々と
無言の作業。
機械音だけが響く中、汗が目に入ってもしばらく拭かない。
誰も喋らない。だけど、誰も無言じゃない。
横にいる人が、黙って草を押さえてくれる。
後ろの人が、黙って袋を開けてくれる。
そこにあるのは、たぶん**“一緒に動いてる感覚”**だ。
この仕事に“意味”はあるのか?と問われれば、正直わからない。
でも、“意味がある気がする”ってことは、確かにある。
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◆ 帰り道/電柱の下で
支社に戻る途中、ふと見上げた電柱の上に、ツバメの巣を見つけた。
雛がピーピー鳴いていて、親鳥が近くの電線で静かに見ていた。
(この町、やたら絵になるな……)
なんでこんなときに、こんな風景にグッとくるのか、自分でもよくわからなかった。
ただ、今日は、
「草を刈った」だけじゃない。
「人と話した」だけじゃない。
**“地元に少し触れた”**気が、確かにした。
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◆ 夜/寮の部屋
・草は、また生える。でも、人の言葉はじわっと残る
・作業は無言でも、“孤独”とは違う
・この町は、知らないうちに胸に入り込んでくる
都会の会議室にはなかった“疲れ方”で、今日の体は重い。
でも、不思議と気分は沈んでいない。
今日の俺は、仕事をしたというより、「誰かの隣で過ごした」んだと思う。
そしてその「隣」が、悪くないと、思ってしまった。
“また来年も参加できるかな”
そんな言葉が、ノートの隅にふと書き込まれていた。