「それ、前も言いましたよね?って言えない件について」
第七話
社会人生活で地味に困ることランキング、第3位。
それは──
「あれ……これ、前にも言ったな」ってときの対処。
誰かが同じミスを繰り返してる。
言うべきだとは思う。でも言いづらい。空気が怖い。
だってここは、香川県丸亀市。人も風景も、めちゃくちゃやさしい。
だからこそ、**“優しさの中にある圧”**が強い。
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◆ 木曜日/管理課・朝
「八木原くん、またA4コピー用紙が“白紙のまま大量印刷”されてるって」
大島さんが苦笑しながら言う。
声のトーンはやわらかいけど、言葉はまあまあ重い。
あ、これ……また技術部の○○さんだ。
先週もそれで用紙100枚無駄にして、「あ〜間違えたわ〜」って笑ってた。
(いやいや、笑って済ませるには、コストかかってるんですよ……?)
でも、言えなかった。
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◆ 昼/食堂にて
「“前も言った”って言葉、どう言えばやわらかく伝わりますかね……」
「うーん。『一応確認なんですけど〜』って前置きしてから言うのが定番かな」
大島さんは、卵焼きを端に寄せながら答える。
あいかわらず落ち着いてて、ちょっとずるい。
「でもさ、八木原くん。伝えるってことは、ちょっと怖くて、ちょっと勇気いるよね」
たぶん、僕の“言えなかった感”が顔に出てたんだと思う。
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◆ 午後/やらかし再び
そして午後、事件は再発した。
また、白紙の束がプリンターに……! 今度は150枚。派手だ。
そして現れる技術部の○○さん。
「あちゃ〜またか〜、おかしいなこれ〜ハハハ」
……よし、言う。今度こそ、言うぞ。
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◆ 八木原、言う
「あの……○○さん、もしかしたらなんですけど、前も似たことがあって……プリンターの設定、初期に戻ってることがあるみたいで……よかったら一緒に確認します?」
言った。言ったよ俺!
ストレートに「前もやりましたよね」とは言ってない。
でも、ちゃんと伝えた。声、震え気味だったけど。
「おお、そうなん?それ教えてくれたら助かるわー」
……よかった。怒られなかった。
むしろ“助かる”って言ってくれた。
よっしゃ……この小さな勝利、記念日にしたい。
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◆ 夜/寮の部屋にて
・言いたいことを飲み込むのは簡単。でも残る
・伝え方を考えるのは面倒。でも残る
・うまく伝わったときの“スッとした感じ”は、意外とクセになる
管理課の仕事って、目立たない。
でも、誰かの「ちょっとしたミス」を直せる場所にいる。
それってたぶん、裏から支えるってやつなんだろう。
次にまた同じことが起きたとき、
もう少し落ち着いて言える気がする。
今度は、もっと笑って言えるかもしれない。