「お茶出し戦争、開戦」
第六話
営業じゃなくても、来客は来る。
地方支社といえど、企業である以上、出入りは多い。
じゃあ誰が応対するのかって?
そう。管理課です。
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◆ 火曜日/朝の管理課
「八木原くん、今日の10時、業者来るから応対お願いね。あとお茶も」
と、大島さん(経理/ジャージ/微笑みのプロ)に言われた。
うん。よくある業務だ。社会人なら、やれる。
むしろ、本社時代に“お茶出し研修”も受けたし。
完璧な所作と角度で、誰よりも丁寧に湯呑を置く自信、ある。
……のだが、このあと、**「地方支社ルール」**が牙をむく。
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◆ 10:00/来客、到着
やってきたのは地元の設備業者さん。
60代くらいの男性2人組。作業服と安全靴、そして笑顔と日焼け。
「どうもどうも〜、○○設備です〜!」
元気いっぱいで中に入り、ソファに座る。
僕は丁寧に湯呑にお茶を注ぎ、手前側からゆっくりと差し出す。
――もちろん、カップのロゴが見えるように。完璧。
「……あれ?」
業者さん、ちょっとびっくりしてる。目が泳いでる。
お茶に何か混ざってた?温度?角度?いや、なんでだ?
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◆ 10:07/事件発生
「八木原くん、ちょっと来て」
耳元で大島さんがそっと言う。表情はにこやか。でも、目が笑ってない。
廊下に出た僕は、思いがけない指摘を受ける。
「……うち、業者さんに出すのは“紙コップのお茶”なんだよね」
「えっ」
「湯呑だと“かしこまりすぎ”っていうか、“逆に落ち着かない”って言われたことがあって」
……そんなの、どのマナー講座にも載ってなかったぞ……!
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◆ 午前中/ひたすらリカバリー
会話の合間に紙コップに差し替えて、
「いや〜、最初のは試飲ですわ〜、ハハハ」などと苦笑いでごまかす。
業者さんは笑ってくれた。が、それはたぶん僕じゃなくて、
横で「あいつ慣れてないな〜」とクスクスしてる事務のお姉さんのせい。
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◆ 昼休み/味噌汁しみしみの反省会
「お茶って、ただのお茶じゃないんですよね……」
味噌汁をすすりながら、僕がつぶやくと、
大島さんはふふっと笑って言った。
「東京の“正解”と、丸亀の“正解”は、ちょっと違うってこと」
「……お茶一杯でカルチャーショック来るとは思いませんでした」
「でも、ちゃんと“直せる人”って、わたしは信頼するよ」
そう言って笑った彼女の声は、湯呑よりあったかかった。
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◆ 夜/寮の部屋
・紙コップが公式っていう会社、ある
・“心を込める”と“かしこまりすぎ”は紙一重
・地元と東京で“常識”はちがう。でも、どっちも間違いじゃない
働くって、マニュアルどおりじゃダメらしい。
人を見て、人に合わせて、変えることが大事らしい。
そして僕は今、次のお茶出しのタイミングで、**“紙コップの角度”**を研究している。