表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/47

「お茶出し戦争、開戦」

第六話

営業じゃなくても、来客は来る。

 地方支社といえど、企業である以上、出入りは多い。


 じゃあ誰が応対するのかって?


 そう。管理課です。



◆ 火曜日/朝の管理課


「八木原くん、今日の10時、業者来るから応対お願いね。あとお茶も」


 と、大島さん(経理/ジャージ/微笑みのプロ)に言われた。


 うん。よくある業務だ。社会人なら、やれる。

 むしろ、本社時代に“お茶出し研修”も受けたし。

 完璧な所作と角度で、誰よりも丁寧に湯呑を置く自信、ある。


 ……のだが、このあと、**「地方支社ルール」**が牙をむく。



◆ 10:00/来客、到着


 やってきたのは地元の設備業者さん。

 60代くらいの男性2人組。作業服と安全靴、そして笑顔と日焼け。


「どうもどうも〜、○○設備です〜!」


 元気いっぱいで中に入り、ソファに座る。

 僕は丁寧に湯呑にお茶を注ぎ、手前側からゆっくりと差し出す。

 ――もちろん、カップのロゴが見えるように。完璧。


「……あれ?」


 業者さん、ちょっとびっくりしてる。目が泳いでる。


 お茶に何か混ざってた?温度?角度?いや、なんでだ?



◆ 10:07/事件発生


「八木原くん、ちょっと来て」


 耳元で大島さんがそっと言う。表情はにこやか。でも、目が笑ってない。

 廊下に出た僕は、思いがけない指摘を受ける。


「……うち、業者さんに出すのは“紙コップのお茶”なんだよね」


「えっ」


「湯呑だと“かしこまりすぎ”っていうか、“逆に落ち着かない”って言われたことがあって」


 ……そんなの、どのマナー講座にも載ってなかったぞ……!



◆ 午前中/ひたすらリカバリー


 会話の合間に紙コップに差し替えて、

 「いや〜、最初のは試飲ですわ〜、ハハハ」などと苦笑いでごまかす。


 業者さんは笑ってくれた。が、それはたぶん僕じゃなくて、

 横で「あいつ慣れてないな〜」とクスクスしてる事務のお姉さんのせい。



◆ 昼休み/味噌汁しみしみの反省会


「お茶って、ただのお茶じゃないんですよね……」


 味噌汁をすすりながら、僕がつぶやくと、

 大島さんはふふっと笑って言った。


「東京の“正解”と、丸亀の“正解”は、ちょっと違うってこと」


「……お茶一杯でカルチャーショック来るとは思いませんでした」


「でも、ちゃんと“直せる人”って、わたしは信頼するよ」


 そう言って笑った彼女の声は、湯呑よりあったかかった。



◆ 夜/寮の部屋


・紙コップが公式っていう会社、ある

・“心を込める”と“かしこまりすぎ”は紙一重

・地元と東京で“常識”はちがう。でも、どっちも間違いじゃない


 働くって、マニュアルどおりじゃダメらしい。

 人を見て、人に合わせて、変えることが大事らしい。


 そして僕は今、次のお茶出しのタイミングで、**“紙コップの角度”**を研究している。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ