「エアコンは死んだ。管理課は生きている」
第五話
空調。それは文明。
冷房。それは、現代人の尊厳。
……だった。ついさっきまで。
⸻
◆ 月曜日/朝9:12
事件は、唐突だった。
「……あれ? 冷えてなくない?」
営業部の井川さんがつぶやいたのが最初。
僕も、室温を確認する。
――28.9℃。湿度73%。
夏の朝としては、軽く殺意を感じる数値。
そして、エアコンの表示は「運転中」。
……いや、ウソだよな?
⸻
◆ 朝9:24/管理課に内線集中砲火
総務「会議室、冷えないんだけど!」
技術部「機械より先に人間がバテそう!」
パートさん「食堂、蒸し風呂!熱中症出たら労災よ!」
社内が“冷えないパニック”で大騒ぎになる中、
冷静(というか無表情)な藤巻課長が言った。
「八木原、業者に電話しといて」
……ですよね。
⸻
◆ 朝9:47/業者への電話
「……すみません、○○製作所の八木原と申します。エアコンが冷えなくて……あ、あの、今日って……対応、いただけたり……」
「あー、今日ね、予約いっぱいなんよねー。
いま、どこも“冷えない祭り”やからねー」
電話の向こうは、完全に夏フェスモードだった。
⸻
◆ 午前中/とにかく“扇げ”
社内にある扇風機、すべて発掘。
倉庫の奥から年代物の工場用送風機まで引っ張り出す。
結果、支社内は“強風×汗だく”の地獄絵図に。
「これ、冷やしてるんじゃなくて、熱風撹拌してない?」
「扇風機の風がぬるいってある?」
大島さんがジャージを半袖にまくって書類を扇いでた。
こんなに発汗しながら働いてる人、はじめて見た。
⸻
◆ 昼/味噌汁すら熱く感じる食堂
「……八木原くん。会社、溶けてない?」
「大丈夫です。まだ“形状”は保ってます」
「それ、褒め言葉になってないからね」
会話する気力すら奪う暑さ。
うどんも湯気すら出ない。あれ、気のせいか?いや、室温のせいか。
⸻
◆ 午後/奇跡の業者降臨
15:45、救世主はやってきた。
「ここのファンモーター、もう寿命やな。だましだまし動いとった感じや」
「とりあえず今日は応急処置で回すけど、交換部品は明日になるわ」
その瞬間、社内に希望が流れ込んだ。
エアコンから、久しぶりの冷風。
それはもう、“風”というより“慈悲”。
⸻
◆ 夜/寮の部屋
今日もノートを開く。
・エアコンは、壊れて初めて「神」になる
・人間は28℃を超えると、発言がすべて短気
・でも、誰かが扇風機を持って走ってくる職場、ちょっといいかも
今日一日で学んだのは、設備のありがたみだけじゃない。
「誰かが動くと、誰かが助かる」っていう、あたりまえすぎて忘れてた働き方だった。
冷たい風が、支社全体に流れたのは、
もしかしたら空調のせいだけじゃなかったのかもしれない。