「机の向きが人間関係の向きだなんて、聞いてない」
第四話
人生でいちばん心が折れそうになった瞬間って、人それぞれだと思うんだけど。
僕の場合、**「会議室の机の向き」**で人が本気で言い争うのを見た瞬間が、今のところ暫定1位です。
⸻
◆ 月曜日/管理課 朝の打ち合わせ
「今週、レイアウト変更あるから」
藤巻課長が言った。作業着のまま、麦茶を片手に。
「えっと、どこのレイアウトですか?」
「全部」
「全部……?」
「総務エリアと営業席と技術部の島。あと会議室。支社長の“風通しよくしよう”指令や」
また出た、支社長の“ふわっとした正義”。
⸻
そんなわけで、今週の管理課ミッションは――
**「部署横断・机配置の全面再構成」**である。
⸻
◆ 火曜日/机配置調整会議(別名:感情爆発フェス)
管理課、大島(経理)、営業部の井川さん、技術部の古庄さん。
四者揃っての机配置会議が開幕した。
会議テーマ:「机の向きと部内の風通し」
「この向きだと、朝日がモニターに反射して見づらいんですよ!」
「いやいや、うちの機器持ち込み台と干渉するでしょそれは!」
「コピー機に近すぎると声が通らんのよ!」
「うちの若手が会話しづらいって言ってて……」
机の向きの話から、チームの空気、個人の心理、さらには過去の席替えトラウマまで飛び火し始めている。
議題は“配置”なのに、空気は“修羅場”。
⸻
◆ 水曜日/試験配置→撤回→再試験配置→中止
机を動かす → なんか怒られる
動かさない → なんでやらないのと怒られる
八木原勇吾、完全にサンドイッチ状態。
倉庫からパーテーションを運んでは戻し、椅子を仮設置しては「あれ、誰の椅子?」と不審がられる。
昼ご飯の味噌汁だけが、今日の心のオアシスだった。
⸻
◆ 木曜日/夜・食堂にて
「……私たち、なんでこんなに机の向きに振り回されてるんでしょうね」
味噌汁をすすりながら、大島沙織さんが言った。今日もジャージで、ちょっと目の下にクマがある。
「机の向きで、風通しが良くなるなら、うちの会社すでに台風ですよ……」
僕がそう返すと、大島さんは噴き出して笑った。
ああ、ちょっと報われた気がする。
「でも、誰かが折れなきゃ、こういう調整って終わらないんだよね」
「……折れる、ですか?」
「誰かが、“じゃあこれでいいです”って言わなきゃ、ずっと机と気持ちが平行線」
机の配置で、人間関係が透けて見える。
そんな不思議な瞬間だった。
⸻
◆ 金曜日/最終調整
藤巻課長の「もうこれでええやろ!」の鶴の一声で、ついに机配置が確定。
誰かの不満はきっと残っている。でも、それでも前に進める形は、やっと見つかった。
⸻
◆ 夜/寮の部屋
今日もノートに書き足す。
・机の向きで、心の向きまで変わる気がする
・会議室は戦場。けど、味噌汁は平和
・「まあ、これでいいや」は時に最強の言葉
会社って、“正しさ”より“折れ方”のうまさで回ることもある。
それを覚えた一週間だった。