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「それは静かに詰まり、突然に流れない」

第三話

会社のトイレって、壊れるんだな。


 いや、知識としては知ってたよ?

 でも、まさか僕が修理する側になる日が来るとは思ってなかったんだよね。



「八木原くーん、女子トイレ、詰まったっぽい!」


 朝10時、管理課の内線に元気な声が飛び込んできた。発信源はパートの佐藤さん(明るくて優しいけど、やたら“ぽい”を多用する)。


 僕は隣の藤巻課長に助けを求める視線を送ったけど──


「うん、行ってみよか。工具箱持ってってな」


 ──即・着任命令。


 つまり、僕が、支社女子トイレの詰まり修理担当者ってことだ。



 人生って、こんなに地味に試されるものだったっけ?



◆ 支社女子トイレ・前線現場


「うーん、なんか流れ悪くてねぇ」


「昨日の夕方は平気やったんやけど」


「今朝も紙多めやったしなぁ」


 パートさんたちの観察記録が正確すぎて、逆にプレッシャーがすごい。


「……とりあえず、見てみますね」


 震える手で個室のドアを開け、便器と向き合う。

 便座のフタが開いていて、そこには詰まりの気配。

 ……詰まりって、目で“気配”がわかるもんなんだな。経験って怖い。


 軍手をはめ、ラバーカップ(いわゆるスッポン)を構える。


(俺、大学で法学部だったんだけどな……)



◆ 戦いは、ぬかるみの中で


 最初の一撃は、空振り。

 二撃目は、カップが逆に空気を吸い込み、ボコッという悲鳴のような音が鳴った。


 そして三撃目――


 ゴゴゴ……と低い音とともに、便器の中がわずかに渦を巻き、

 「ジャアアア」と音を立てて水が流れた。


 その瞬間、背後で拍手が起きた。


「おお〜! 流れた!」


「やるね〜若いの!」


「助かったわぁ〜!」


 パートのおばちゃんたちから贈られる拍手喝采。

 ……いやこれ、人生で一番地味な成功体験じゃない??



◆ 昼休み/食堂にて


「八木原くん、朝からえらかったねぇ」


 味噌汁をすする僕の隣で、大島沙織さん(経理・ジャージ率高め)が笑っていた。


「いや……まぁ、なんとか流れてくれてよかったです」


「“なんとか流れる”って、すごく管理課っぽい言葉じゃない?」


「え、褒めてます?」


「うん。“困ったときに頼れる人”ってことだから」


 そう言って、大島さんが味噌汁を一口。

 その横顔が、なんかやたら頼もしく見えた。



◆ 夜/寮の部屋


 今日もスーツケースの横で、ノートを広げる。

 “管理課メモ”とタイトルをつけたノートには、今のところまともな情報が一つもない。


・トイレは、詰まるときは静かに詰まる

・スッポンは思ったより使いこなすのが難しい

・人に「ありがとう」と言われると、少し元気になる


 この町の仕事は、たぶん都会で“雑務”と呼ばれるものばかりだ。

 でもそれは、毎日を回すための“部品”で、誰かがちゃんとやってるから、今日も会社は動いてる。


 草を刈って、ボールを投げて、トイレを直して。

 地味だけど、なんかちゃんと働いてる気がする。


 いやほんと、管理課って想像以上に“生きてる”な。

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