「支社の防災訓練、まさかの“担当者指名”」
第十五話
朝、いつものようにメールボックスを開いた八木原は、そこで静かに絶句した。
件名:【重要】防災訓練 担当者任命のお知らせ
内容:9月末実施予定の防災訓練において、八木原さんを実務担当者とします。詳細は後日打ち合わせにて。
(……なんで、俺?)
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◆ 午前9:10/管理課・ミニ会議
「八木原くん、防災訓練よろしくね。去年は課長がやってくれたし、今年は若手で」
藤巻課長の爽やかすぎる笑顔が、なぜか罪深く見える。
隣の佐伯さんが小声で「南無八木原……」とつぶやいた。
防災訓練といえば、避難誘導・放送訓練・通報訓練・安否確認・消火訓練などなど――
やることが多い、わりに誰もやりたがらないやつである。
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◆ 午前10:30/前年度資料を読み込む
去年の資料はファイル2冊分。Excel、PDF、写真、手順メモ……どれも地味に細かい。
でもその中に、「何かあった時に、会社を守るための動き」が詰まっていた。
地震、火災、台風、停電、怪我――
どれも“起きてから考える”じゃ遅い。
「……なんで俺がって思ったけど、“任される意味”って、あるのかもな」
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◆ 昼休み/屋上でぼんやり考える
晴れ渡った空の下、弁当を片手に屋上のベンチへ。
グラウンドでは現場の人たちがフォークリフトの練習をしている。
(この人たちが安心して働けるようにするって、めちゃくちゃ大事なことだな)
今まで防災訓練は「面倒な年中行事」だと思っていたけど、
もしものときにこの支社を“ちゃんと機能させる”ことの重みを、八木原は少しだけ感じ始めていた。
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◆ 午後/第一回 打ち合わせ with 安全衛生担当
「避難誘導係の配置は、製造課に2名、検査に1名。放送訓練は放送設備の確認もセットでお願いします」
「火災想定か地震想定か、今年は災害のパターンどっちにしますか?」
「あと、前回“ヘルメットをどこで配るか”が混乱してました。動線整理しましょう」
語られるのは、“何も起きないように準備して、何か起きても冷静に動ける体制”。
派手じゃない。でも、まっすぐに人を守るための仕事。
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◆ 夕方/残業でシナリオを作る
図面を引き、フローチャートを組み、タイムスケジュールを作る。
誰に何を頼むか、誰がどこに立つか、どう放送を入れるか――
1つ1つ、手でなぞるように確認していく。
そこに派手さはない。
でも、誰かの安全を守る「仕掛け」を、ひとつずつ積み重ねていく時間だった。
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◆ 夜/寮の部屋、ノートにメモをとる
・備えは、見えない誰かのための“やさしさ”
・任された意味は、きっとやり終えてからわかる
・「何も起きなかったね」と笑える訓練が、いちばん成功
訓練の日はもうすぐ。
不安もあるけれど、ちゃんと“自分の責任”として準備しようと思った。
誰かに「任せてよかった」と思ってもらえるように。