「管理課、社内ソフトボール大会に巻き込まれる」
第十三話
その知らせは、ある日突然、回覧板でやってきた。
件名:第38回 社内親睦ソフトボール大会開催のお知らせ
日時:9月16日(土)AM9:00〜
場所:丸亀市西部運動公園グラウンド
備考:ユニフォーム自由、道具貸出あり、勝ち負けより笑顔重視!
(……いや、こういうのがいちばん笑えない)
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◆ 支社・管理課 会議室
「というわけで、管理課も参加ね〜。人数合わせでもいいから出て出て」
と、総務課の村田さん(運動好き)に頼まれ、断れない空気だけが重く残った。
「課長は?」
「私、膝やってるから無理。八木原くんと佐伯さんあたり、よろしく!」
(なんでこの課、いつもそんなノリで人を送り出すの……?)
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◆ 昼休み/作戦会議(という名の愚痴)
「まず、うちに野球経験者がいない時点で無理ゲーなんですよ」
「私、小学生のころソフトボール投げ18メートルでしたけど、それって戦力ですか?」
「……メートルじゃなくて希望を投げてほしい」
佐伯さんと八木原は、白ごはんをかきこみながら現実逃避中。
だが大島さんが一言。
「“勝つため”じゃなくて、“参加して笑うため”のイベントだよ。たぶん」
……それがいちばんハードル高いんです。
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◆ 当日/西部運動公園グラウンド
天気は快晴、いや快“死”。
9月中旬の香川県はまだ夏の名残を全力で引きずっていた。
ユニフォームは会社支給の青いポロシャツ。
帽子は各自持参。八木原は、洗濯しすぎて褪せた大学時代のキャップをかぶっていた。
「さあ、第一試合は【技術部チーム】対【管理課チーム】!」
――無理では?
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◆ 試合開始/予想どおりの地獄
一回表、技術部の1番バッターが快音を響かせ、レフトを軽く超えた。
「……あれ、公式戦じゃないんですか?」
「公式じゃないけど、“本気の非公式”っていうやつだと思います」
守備位置はぐちゃぐちゃ、送球は山なり、八木原はショートでボールを2回見失い、佐伯さんはバットにかすりもせず三振。
でも、笑っていた。
「八木原さん、ホームベース逆に走ってたんですけど!」
「いやだって……逆走しても1点でしょ?(しない)」
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◆ 試合終了/点差はお察しください
スコアボードには【1対15】の数字が並んでいた。
でも、ベンチの管理課メンバーには、それぞれ小さな達成感があった。
誰かがミスしても、みんなで笑っていた。
声をかけ合って、汗をふいて、水を分けて。
ふと、八木原は思った。
(あ、こういうのも“仕事の一部”なんだな)
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◆ 帰り道/夕焼けと、ほのかに筋肉痛の予感
「来年は……ないって言っても、出ることになるんですよね?」
「うん。でも、次はキャッチボールくらいしてから出よう」
「佐伯さん、バット振る方向は合ってましたよ。たぶん」
「たぶん、ってやめてくださいよ!」
汗のにおいと、疲れのなかに、どこか心地いい達成感があった。
今日は業務じゃないけど、“仲間としての時間”を積み上げた一日だった。
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◆ 夜/寮の部屋でアイスを食べながら
・勝ち負けより、同じフィールドに立ったという記憶が残る
・不器用でも、下手でも、誰かと一緒にやることに意味がある
・社内イベントは、たぶん“人をつなぐ装置”だ
あすからまた、書類と備品と稟議の毎日。
でも今日の笑顔は、たしかに明日を少しだけ軽くしてくれる気がした。